世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
洗
困難なものはクリーニングに出す
キュプラ
刺繍と金具つき
エルメスのスーツ
近所のクリーニング屋は
土地成金で
何を持っていっても
鼻で笑う
洗えないのか
しょうがないな
Tシャツ一着五千円
カーテンは三万円ぐらいか
誰も頼まないけど
それでもやる
趣味か
善意か
この世の汚れを断つ
セキヤは神である
白亜の豪邸に
クリーニングの幟がはためく
宅配の方がきれいになるが
セキヤは象徴である
清らかなるものの
清らかにすることの
尊さと高価さを
民は知るべきである
困難なものは過去の染み
二十数年も前に
歩道で声をかけられた
花屋とケーキ屋、惣菜屋
アレルギー科の名医のいる通りで
男は困ったふうに
この辺にクリーニング屋は、と
だったら高架下に
チェーン店の白洋舎が
男は振り返り
遠い、と言った
目の前ですよ、とわたしは言った
あなた駅から来たんじゃないの
言葉を飲み込んで
だったらこの路地の
住宅街にセキヤが
あなたを救う神が
腕をひろげている
お金さえあれば
男は首を傾げたまま
わたしはその場を離れた
男は何をしたかったのだろう
男は何を汚してしまったのだろう
見知らぬ土地でクリーニングに出して
取りにくるのも大変なのに
まあかわいそう
うちで洗ってあげましょう、と
言い出す奥さんを探していたのか
そんなに暇そうにみえたのか
困難なものはつけ置き洗い
動くもの
嫌がるもの
たとえば子猫は水音を聞かせず
滑らない手桶にじゃぶんとつける
大事なことは
温めること
確信をもつこと
顔を洗えば
世界が変わる
流れるものは時間である
外でくっつけてきた
ゴミと虫と
ちゃんとできない
うんちのかけらと
内で飲ませた
ミルクが乾いて
たとえば邪念は人の声を聞かせず
居場所を整えてじゃぶんとつける
大事なことは
温めること
確信をもつこと
顔を洗えば
世界が変わる
時間とともに波が打ち寄せ
ふやかされる不安
はがれおちる羨望
ながれてゆく焦燥
ちゃんとできない
うんちのかけら
困難なものは我々自身
来し方は難儀であり
行く末は洗浄にかかる
腕まくりして
水と時と資金を流す
心せよ
新たなものより
汚れたものは
本質を露わにする
暴れないように
本質をつまみ
洗剤まみれにする
距離をとりながら
オレンジの香りがする
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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