世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
衝
じっとしている
手を伸ばして
指先だけ震えている
ときどき足が沈み
ふと浮かぶ
また抑えられて
じっとしている
そのときが来るまで
眼差しだけをめぐらせて
隅に木製の箱がある
外国製の年代物で
重量をみつもる
反対の隅にも箱がある
隙間だらけの林檎箱と
蓋の付いたバスケット
本が詰まって持ち上がらない
部屋は傾いている
あるいは傾いていない
肩を揺らすと
床も揺れる それでも
じっとしている
一日を通して
二週間を過ぎて
そのときが来る
三月ぶりに踊る
花のように指がひらき
足はリズムをきざむ
黒白白黒白白白
音楽は重奏され
低音から高音まで
それぞれの思惑が
あるような あるいは
すべてが
連なるだけのような
五線譜の間を
踊る
ときどき抜けては
戻る
月へ向かい
地へ落ちる
限界は欲望にあり
怖れにあり
肉体に留まる
我々は物理的には
立体構造物であり
精神もまた
それをなぞる
あらゆる存在に質量があり
質量があれば重心がある
年月につれ
重心はゆっくり移動する
あちらの部屋の隅には
スペインの鳥籠がある
十八世紀に放たれて
鳥は飛んでいる
壁紙の中を
木のかたちの照明に止まり
黄色い線の下を
こちらの隅まで
三百年かけて
眺める我々は
じっとしている
ときに踊りながら
舞い上がり
地団駄を踏み
ときに眠りながら
呼吸して
静止している
我々の姿もまた
洞窟に描かれるのか
天を仰ぎ
地を這い
右往左往する
ありさまが永遠に
神の目を喜ばせる
太鼓が響いている
闇に閉ざされた空間に
九色の声音が
五色の譜が
我々の存在は
にぎやかし
さわがせし
岩戸がひらくまで
光がもれるまで
そのとき我々は
じっとしている
見てはならぬものを
欲望しては怖れて
じっとしている
我々の重心こそ
見てはならぬ
見られてはならぬと
薄々気づいて
息を殺している
息をひそめている
来し方ずっと
行く末もきっと
じっとしている
鏡の前で
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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