一.筒美京平
西洋音楽の三大要素といえば、メロディ(旋律)・リズム(律動)・ハーモニー(和声)。厳密に定義してしまうと、とても話しづらいことになる。ので、ざっくりと。
ランドセルを背負い始めた頃から、美しい旋律には耳、もとい目がなかった。田原俊彦=トシちゃんなら「ラブ・シュプール」(’82)が一番だったし、斉藤由貴にはデビュー曲「卒業」(’85)でコロッとやられたし、チェッカーズも好きだったけど、レコードを買い揃えていたのはC-C-Bだった。共通するのは作曲家・筒美京平。気付けば好みの曲は大体彼の作品だった。
そのうち聴くだけでは飽き足らず、自分で試すようになる。歌本片手にピアノの前で実験開始。基本的に右手で歌メロ(旋律)、左手でコード(和音≒和声)を奏でる。曲によってはコードの一部、ベースの音だけ動く瞬間もある。試行錯誤の末、好きな響きが再現できた時の歓びといったら! そんな経験を幾度も積み重ねて出た結論はシンプル。楽譜(スコア)って大事。
美しい曲は魔法や奇跡に喩えられる。楽譜は云わばタネ。そのとおり奏でれば耳、もとい目の前でミラクルが起きる。造りは粗く、輝きは足りないかもしれないが、その美しさは正規品、本物だ。
筒美作品は1960年代から2010年代まで、ずっとチャートインしている。これぞ信頼のブランドたる所以。最近の楽曲で断トツに良かったのは、中川翔子=しょこたんの「綺麗ア・ラ・モード」(’08)。筒美節の魅力である繊細さ/切なさが散りばめられている。
ここ数年、立ち呑み、ちょい飲みの店が増えた。千円でべろべろ、を意味する「せんべろ」。それを冠したセットメニューもよく見かける。チェーン店系だと以前も記した「B」は企業買収を経た結果、国内五百店舗を目指すらしい。いいじゃないの、という気持ちが九割。残り一割は「へえ、買収ってえのは何だい?」とむずかっている。まあ、庶民の悪い癖。
あとはスタンド代わりのドラム缶が目印の、その名も「D」。現在は都内だけでなく、関西や九州、沖縄にも店舗がある。こちらは良い意味で粗い造り。チューハイ150円の短冊には「センパイたすかる」と書き添えてある(神田店)。そんなムードのせいか、見かけるととりあえず入って一杯。信頼のブランドです。
【綺麗ア・ラ・モード / 中川翔子】
二.ザ・ムーヴ
旅先で買ったアルバムは忘れづらい。今なら深夜に酔った勢いでポチれば済むが、数十年前は然に非ず。欲しい物を見つけたら覚悟を決めなければ。特に中古屋はそう。次はない。そうやって一期一会を学んでいた。
ザ・ムーヴのアルバムは、義務教育終了直後の大阪旅行で入手。一枚目『ザ・ムーヴ』(’68)と二枚目『シャザム』(’70)のカップリングだった。ヴァン・モリソン『ムーンダンス』(’70)と13thフロア・エレベーターズの編集盤も同時購入。年齢を考えると背伸びがエグい。アキレス腱切れちゃいそう。ただ、ザ・ムーヴは一発で気に入った。キース・ムーン的な手数の多いドラミングと甘い旋律の組合せがツボ。平たく言えば、二つの好きな味を同時に食べたら旨くてラッキー。
彼等は解散後、ヴァイオリンとホルンを各一名ずつ加えてエレクトリック・ライト・オーケストラ=ELOに。その後変遷を経て世界的な大成功を収める。もちろんELOの旋律の甘さも好み。でも粗さを残したグルーヴと一緒に味わいたいならザ・ムーヴ。口、もとい耳の中で心地良く混ざり合う。
自力で見つけた蕎麦屋も忘れづらい。行きづらい場所でも、何とか頑張って通おうとする。中野から少々歩く「A」に初めて入ったのは数年前。粗い造りの外観に惹かれフラフラと。店内も良い感じに粗く、自分の嗅覚に自信を持った。味も抜群、特にパンチ満点の粗挽き蕎麦が絶品。蕎麦湯もドロドロのワイルドタイプ。お酒も肴もある。カウンターの椅子が高すぎること以外は全部好み。ところがある日、修行に出る旨の貼紙を残して暫く休みに。そこから何となくタイミングが合わなくなり、年に一度顔を出すくらいまでペースダウン。ここ最近は落ち着いているようなので、近々機会を作らなければ。あのカウンターの椅子も改善済み。
【(Here We Go Round) The Lemon Tree / The Move】
三.ダストボックス
ふた昔程前、メロディック・ハードコアを意味する「メロコア」は、国内でも大きなムーブメントに。漠然とハイ・スタンダード(以下ハイスタ)の二枚目『グローイング・アップ』(’95)発売から2000年の活動休止までが一山、と異論反論多そうな見立てをしている。
メロコア勢、「メロディック」と銘打っているだけあって退屈な作品は少ない。でも何度も聴くかというと難しい。その中である種の到達点と思えるバンドは一組だけ。それがダストボックス。とにかく楽曲が素晴らしい。前述の筒美先生のカバーと騙されればあっさり納得できる繊細な「メロ」。それを支えるのは、絶妙の粗さ/キレの良さに顕著なバンドの地力。特に三枚目『13 Brilliant Leaves』(’06)以降は、ハイスタの名曲「stay gold」(’99)と比肩し得る楽曲がどのアルバムにも複数収録。個人的最高峰は七枚目『Care Package』(’13)。最新作『The Awakening』(’19)も一切失速ナシ。
今年の夏も暑い。汗をかけば喉が渇く。水分補給にならないと分かっていても、ちょっとコンビニでアルコールを入れたくなる。百人町の個人経営コンビニ「P」は小型カウンター設置の角打ち仕様。手造りおにぎりに代表される絶妙なDIYテイストがツボ。肴の最安値は名菓「うまい棒」10円。煙草を買いに来た外国人客に日本語をレクチャーしているのは、店主の上品なおばあちゃま。此方はコンビニ型角打ちの到達点。
先日も缶発泡酒+うまい棒で計170円の涼をとる、つもりがエアコン故障。入店と同時に汗が噴き出る。早めの退散を目論むが、うっかりおばあちゃまと話し込み、世間話から昔話へ移る頃には缶を追加。酷暑を我慢できるほど話が面白かった。本当、人に歴史アリ。
【1 + 1 = ∞ / dustbox】
寅間心閑
■ 筒美京平のCD ■
■ ザ・ムーヴのCD ■
■ ダストボックスのCD ■
■ 金魚屋の本 ■