一.じゃがたら
猛暑。外出て二分でダレる。立ち寄るなら涼しい店。あまり粋じゃない選び方。まあ仕方ない。開店したての店って生温い時もあるし、焼き場の近くだと目もあてられないし、涼やかなのは懐具合だけだし。なんてブツブツ歩きつつ水でも買うかとコンビニへ。お、涼しい。イートインコーナーの学生たちを横目に水、水……。ん? 一瞬見慣れた模様が視界に。数歩戻ってキョロキョロ。なるほど、こりゃ目につきやすい。赤い北極星、通称「赤星」。正式名称・サッポロラガービール。通常瓶のみだが一昨年から数量限定で時々缶でも販売。そうか、今年もか。指先で確認。よく冷えている。ならばと、水はやめてロング缶を購入。店を出たらプシュッでゴクゴクでプハーッ。
若い舌には難解だったビールが少し前から旨くなり、生よりも瓶が好きだと気付き、周りの諸先輩がたを真似するうち「赤星」がお気に入りに。熱処理の効果云々は分からないが、選ぶ理由は分かってる。変な個性と後味がないのがいい。我ながら相当粗い判断。でも、この程度ならようやく分かるようになった。頑張ったな、バカ舌。
瓶なら通年売っている。キーケースに栓抜きを忍ばせているので、いつでもいける……はず。でもねえ、大瓶片手に歩くのはねえ、ちょっと目立っちゃう。私なりの、はじらい。あと久々に職質受けそうだしねえ。だから缶の発売は有難い。さあ、涼しい地下街でもう一本プシュッ。
若い耳にじゃがたらは難解だった。高評価が解せなかった。いっそ嫌いならよかったが、そこまでもいかない。聴いているうちは気持ちいい。でもグリッと抉られはしなかった。ヴォーカル・江戸アケミの強烈な存在感。彼の溺死と、それを新聞によって知ったという経験。いくつかの歌詞の断片や、三軒茶屋のレコードショップ「フジヤマ」の看板に記された彼のメッセージ、「やっぱ自分の踊り方でおどればいいんだよ」ーー。等々チクリと刺された場所は点在していて、なかなか繋がらない。それがようやく変わってきた。音楽がすうっと入ってくる。気持ちいい。時間かかったけど頑張ったな、バカ耳。
平成元年のメジャーデビュー後の楽曲は、言語先行型と誤解されやすいかもしれない。個人的には長尺かつ混沌かつ生々しい昭和期の楽曲が好み。
【ゴーグル、それをしろ/じゃがたら】
二.アネクドテン
底なしなのは人の欲望。人ほど怖いものはない。あんなに缶で喜んでたのに、やっぱり瓶で呑みたくなっちゃった。まだ暑いけど、まだ明るいけど、時間的には夕暮れ時。足が向くのは初台の酒屋「N」。九時まで「立ち飲み部」と称して店前の駐車スペースを開放中。所謂角打ち。先日まで大瓶は都内最安値だった筈。今も390円、冷えたコップ10円と懐に優しい。「おひとり様」用卓にドンと瓶を置いて手酌。周りの諸先輩がたの話に感心したり呆れたり。そうこうしているうちに、もう一本。再びドンと瓶を置き、2つ並んだ北極星。コップ代は免除、肴も頼まず星を呑む。欲しいものだけ。バランスが悪い、という背徳。
此方にはネコちゃんもいるが、あまりお会いできない。今日もご挨拶できず。二つの赤星片付け、コップを返却するまでが部活動。
アルバム一枚、マルで気に入るのは相当レアケース。大抵ダレる瞬間が混じってる。中盤越した辺りのかったるいバラード的なヤツ。不純物というか必要悪というか。そんなハードルを複数回飛び越えるバンド、ミュージシャンは稀。スウェーデンのプログレバンド、アネクドテンはそんな貴重/稀少な存在。まどろっこしく言えば、帝王キング・クリムゾンの名盤二枚(『クリムゾン・キングの宮殿』(‘69)と『レッド』(‘74))を配合を変えつつミックスし、九十年代以降のラウド感を纏った音像。ざっくり言えば、「旋律」と「音色」の二本柱がドン、ドンと立っている。特に初期の二枚『暗鬱』(‘93)と『ニュークリアス』(‘95)はダレる瞬間がない。正に欲しい音だけ。
【Nucleus / Anekdoten】
三.矢野顕子
でもまあ、たまにはダレないと肩こっちゃうよね。なんて欲望はやはり底なし。あっちいったり、こっちいったり。まあ罪深い。ダレちゃいけないが、風通しは良くしたい。ちゃんと換気してる?
矢野顕子の才能はスタジオ録音盤だけに収まりきれない。ライヴ盤ならではの弛みにも、彼女独自の才気が宿る。数枚あるが、パッと浮かぶのは『東京は夜の7時』(‘79)。バックはYMO、コーラスは吉田美奈子と山下達郎。ええ、悪くなりようがない。ちなみにパーカッションを叩くのは大作曲家・浜口庫之助の御子息。
こんな豪華な布陣を従えつつも、弾き語りをする贅沢。誰もが知る童謡の解釈に、彼女の凄みが垣間見える。何度聴いても、豊潤な才能が自由に跳ねる姿にうっとり。音を楽しむというのは、こういうことなんだなあ、と感心。誰にでも出来ることじゃないなあ、と絶望。YMOのリズム隊の魅力も再発見できる一枚。
元々ビールが苦手だったけど、それは国産モノの話。海外モノは昔から好きだった。ジャケ買いならぬパッケージ買いで、当たった外れたと一喜一憂。好みは薄味か甘いヤツ。
各国のビールが各種冷えていて、店内広々としていて、昼から呑めて、地下には音楽スタジオがあって。そんな夢のような角打ちがある。恵比寿の「J」。豊かな品揃えを眺めつつ、次は何呑もうかなと企む自由な瞬間。
直感で選んだのは「アミーゴス」from UK。味は……ライムジュース入りで爽やか。アタリ。さあ、これを呑んだら行かなくちゃ。外は多分まだ暑い。二分できっとダレちまう。
【Walk on the Way of Life/矢野顕子】
寅間心閑
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■