世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
日
其方らは夜明けに目覚め
短い軀を起こす
水平線に光が漏れて
目を細め
川の流れをよむ
闇から浮かびあがる
最初のさざめきを
水面をよぎる
魚の影を
黙って腕を組み
耳を澄ましている
聞こえない囁きを
聞くふりをしていると
やがて聞こえてくる
声は空気のふるえ
微かな揺らぎが
肌を撫でる
風が匂う
これは記憶にある、と
思えば指が動く
水の中へ
つかんだエビを持ちあげて
光に透かす
すでに日は高く
其方らは歩きはじめる
岩を登り
川べりに下り
起伏のある場所から
ぬかるみを過ぎて
昼前には魚をつかむ
焼いて食べるぶんを
真上から射す
日で火を熾す
内なる炎はかき立てない
消えるにまかせて
見つめ続ける
午睡のあとは
また歩きはじめる
風向きが変わって
一瞬立ちどまる
別の記憶がよみがえり
後ずさりする
じりじりと
振り返らずに
流れに餌を投げてみる
ほんの少しずつ
食いつく魚をみて
じゃぶじゃぶと入る
辺りかまわず
水しぶきを上げて
草叢を蜥蜴が逃げる
木立に栗鼠が覗く
じゃぶじゃぶと渡る
川向うに
網に小物が幾匹か
検分するうち
日が陰る
傾いた陽に雲が
青味がかった薄い雲
ぶるっと震えて
歩きはじめる
濡れた両手を乾かしながら
もといた川向うを見る
ちらちらと
流れの後先をくらべて
ふたたび機会をうかがう
雲が晴れるときを
日は上がって
(影は横ばい
日は下がって
(影は横ばい
地べたに投げ出された
其方らの身長は
長く短くうねるよう
一日のうちに
童話の少女のように
言葉数が溢れてくる
水面に
エビと魚の代わりに
日暮れが近づくと
興奮と無念の
大波が盛りあがる
鳥の叫び声がする
其方らの叫び声も
声は空気のふるえ
風はもはや揺らぎ続ける
どちらにも
明日をも知れぬ
其方らであるが
すべてを見切ったように
天をあおぐ
流れを捨てて
いずれ闇に閉ざされる
湿地のジャングルの
落日は早く
てんでに抜けてゆく
其方らの足どりは
重くも軽くもない
ただ明日も夜明けに来る
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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