世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
男
自分は国債しか買わないけど
五千万
証券会社の担当の
上司が飯食おうって
でもさそういうのは
どうかなあ
長椅子の後ろで
並んだ長椅子から声がする
よく響くのは
腹の出た
出た腹を震わせる
男は隣りに話しかける
アキヒコもさ
もう五十だろ
今稼がなきゃ
減るいっぽうだよ
会社はクビにしたいんだ
高給取りをさ
定年なんて
そうだみずほと
三井住友合併だって
一万二千人からリストラだって
もう男なんかいやしないよ
女の人ばかりだよ
目医者の待合室では
散瞳で靄がかかり
それで誰もが饒舌になる
うまい話なんかありゃしない
銀行預金があんな利息で
銀行員が食うや食わずで
俺も日丸金属にもちっといたらな
月百六十万からもらってたよ
住居費もかからず
月百万も貯金できたよ
年に一千万も
あそこにまだいたらなあ
アキヒコは生活費いくらなんだ
いや食費じゃなくて
水道光熱費とか全部で
今しかないんだが
あんな動物なんか飼ってないでさ
そうか動物はもう飼ってないのか
それでなんだ
こんだ羽のあるやつを
それを仕込んでどうするんだ
アキヒコは五十いくつだ
五千万円
国債買ったって
金利二十万だよ
だけど減らないからね
羽のあるやつを
飛ばして競争させるのか
勝てば百万ドルって
餌代は月いくらだ
別の銀行は三つ一度に合併するって
うん、それは誰か言ってた
空港だったな
待合室で
ほら、台湾行ったろ
あんときに
静かなもんでさ
皆黙りこくって
隣りは誰か
外国人かもしれねえから
言葉がわかっても
わかんなくても
間が悪いだろ
それだけが聞こえてさ
横の長椅子の男がさ
別にいいんだろ
噂話なんて
羽が生えて飛び立っていく
あそこにまだいたらなあ
あの頃は二十万、三十万
平気で突っ込んでたよ
ハイセイコーってのがいたろ
遊んでたなあ
今はそんなこと
地に足つけてさ
でも走ってたんだ
飛ばしたりはしてねえ
アキヒコは考えねえと
俺だってもっと
もっともっと
貯えがあったはずなんだ
空に飛ばすって
なんなんだ
資金をか
帰って来るのか
オスは行方不明になるって
メスの跡追っかけて
いつだってそうだな
六千万も
かけたやつがいなくなったら
そいつがたまんねえ
水平線の向こうに
何か走ってく
なんだっていいよな
俺も飛んでく
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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