半沢直樹
TBS
日曜21:00~
日曜夜 9 時というのは、存外に観づらい時間帯である。にもかかわらず視聴率30%という驚くべき数字だ。確かに面白すぎる。原作があるドラマとして、あまり感心しても仕方がないのだが。
設えとしてはわりとパターンであって、銀行の冷たい仕打ちで父を失った男が、当の銀行に入って悪い上司を追い詰めるというもの。ここまでの数字を出した最大の魅力は、まず主人公・半沢直樹自身の追い詰められ方が尋常でない。それも刑事ドラマのように、どこかにいる犯人によってではなく、すべて目の前の人事抗争から、というのに切迫感がある。組織とりわけ銀行なんて多かれ少なかれ、そんなものだろう。行内抗争に勝つため、組織全体の利害など無視される。愚かしいが、それが人の世だ。
もちろん、これでもかと徹底して追い詰められる主人公の、胸のすくようなしっぺ返しが最大の見どころではある。そのクライマックスに向けて綿密に作りあげられているのは、リズミカルに緊張を高めてゆく脚本と、銀行組織や紡ぎ出された自然で無理のない設定の対決、それに渋すぎずハマりすぎない、それゆえにハマっているキャスティングだ。
主人公の半沢直樹は堺雅人。いつも薄っすらと笑みを浮かべている、あの優男が、精いっぱいのドスを利かせて「倍返しだ!」と怒鳴る。その線の細さ、ドンピシャのはまり役でないところが、判官びいきの心を逆に惹きつける。家庭でみせる、オロオロしたような頼りなさもいい。
その妻の上戸彩もはつらつとして可愛らしく、良妻賢母タイプにはまらない、ちょっと強気な理想の妻そのものだ。それよりハマっているのは、あまり出てこない子供。夫婦には男の子が一人いるが、ほとんど姿を見せない。これによって一瞬たりともホームドラマ風に弛緩することなく、新婚のように甘いフレッシュな画面を保つ。
すごい数字は置くとしても、このドラマに出演した俳優陣は皆、素晴らしく得をしたように思われる。上司たちは誰も彼も、まあ、呆れるほどワルく見える。これだけ悪く見えれば、当面は引っ張りだこではないか。とりわけ大和田常務役の香川照之は、他の悪者の憎々しさや苛立たしさがやや戯画的に誇張されているのに対し、微妙な表情を駆使した魅力的な悪党ぶりだ。
そして特筆すべきは壇蜜。女性の出番が少ないこのドラマで、ある種ステレオタイプの愛人、悪女を演じており、その意味では過剰な演技力はいらない。壇蜜は、壇蜜であればいいのである。そしてこのセクシーな才女は、そのことをよくわかっている。
ドラマ半沢直樹は、最も非情な世界を描き、そこにあるかもしれない、あってほしい正義や人情という見果てぬ夢を描いている。銀行の仕組みや慣例と、それほど取っつきやすい内容でなく、きれいどころも少ないこのドラマがここまでうけたのむしろ、それらの夢が実にささやかな、組織内のことに過ぎないからに違いあるまい。我々は社会的正義に共感はするが、踏みにじられて腸が煮えくり返るのは会社や近所での道理や筋なのだ。人情もまた、うるわしい美談でなく、人事闘争の中で風前の灯となりながら、辛うじて持ちこたえる友情といったものにしか涙をおぼえない。
山際恭子
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■