『LOOPER/ルーパー』Looper 2013年(米)
監督・脚本:ライアン・ジョンソン
キャスト:
ジョセフ・ゴードン=レヴィット
ブルース・ウィリス
エミリー・ブラント
ポール・ダノ
上映時間:85分
人類の10%が突然変異で小さな念力を使えるようになった2044年。30年後の未来からは犯罪組織がタイムマシンを使用して邪魔者を処刑目的で過去に転送してくる。そのターゲットを抹殺するのがルーパーと呼ばれる暗殺者たち。凄腕ルーパーのジョー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、いつものように未来から転送されてくる標的を指定の場所と時間で待っていたが、そこに送られてきたのは30年後の自分だった。ジョーは現在の生活を守るために未来の自分(ブルース・ウィリス)を抹殺しようとする。
一見するとタイムトラベルをテーマにした純粋なるSF映画のように見えるし、広告も「タイムトラベル映画の常識を打ち破る革新的作品!」と豪語しているが、実のところ本作は驚嘆的な科学技術や超能力を見世物とする純粋なSF映画ではなかったように思える。むしろタイムトラベルや超能力という古典的な設定は、予告編で観客を映画館に足を運ばせ、入場料を払わせ、しばし観客を惹きつけるための呼び物に過ぎない。
事実、本作はほとんどSF映画というジャンルで強調される未来的な銃(例えばレーザー銃やスタイリッシュな空気銃など)を扱わず、中世および近代を彷彿とさせる拳銃を扱っているし、都市は極めて荒廃的で、科学技術が煌びやかに輝く理想郷的な未来は描かれていない。タイムマシンも非常にシンプルで粗末な外見をしており、従来のSF映画に見られる科学技術を強調してはいなかった。だがSF映画という側面を前面に押し出さない反面、本作は様々な表現によって、犯罪映画というジャンルに傾向していたように思える。その意味で本作はSF映画というよりも近未来を舞台にしたモダンな犯罪映画、すなわち従来の様々なジャンルを混合させたポスト・モダニズム的な犯罪映画と言えるだろう。
しかし犯罪映画にSF的要素を混合させたからと言っても、それは決して革新的でもないし斬新でもない。なぜならSF犯罪映画とも言うべき作品群において、既に近未来を舞台にしたネオ・ノワールないし犯罪映画は幾つか製作されているからだ。では00年代にいくつか登場したSF犯罪映画ないし近未来を舞台にした犯罪映画とはどのような作品なのだろうか。
■SF犯罪映画■
前述したように近未来を舞台にした犯罪映画は、『LOOPER/ルーパー』が初めてではない。SF犯罪映画は、ほとんどの場合、80年代以降のフィルム・ノワール(ネオ・ノワール)とSF映画の融合によって成立した作品群である。とりわけネオ・ノワールの金字塔『ブレード・ランナー』Blade Runner(82)がその発端であり、00年代初めにCGが新鮮味を失い始めてくることによって、このSF的な犯罪映画は幾つか創られ、興行的な成功を収めることになる。代表的な作品としてはスピルバーグ監督の『マイノリティ・リポート』Minority Report(02)やクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』Inception(10)、アンドリュー・ニコルの『TIME/タイム』In Time(11)が挙げられるだろう。
SFアクション映画とは異なり、近未来を舞台とする犯罪映画は、肉弾戦のアクションよりも近未来都市に蔓延る犯罪や裏社会を強調し、しばしばドラッグや崩壊した倫理観を魅惑的に描いて、主人公が抱える女性に対しての様々な問題をクロース・アップする。そして大抵の場合、劇中の主要な女性は、男性に力を与え家庭を守る献身的な女性像として描かれ、フィルム・ノワールの虚無的な終焉とは裏腹に希望的なエンディングが用意されているのがほとんどだ。
とりわけ本作『LOOPER/ルーパー』は、SF犯罪映画の中でもノワール的な、それでいて裏社会や犯罪を魅惑的に描くことに成功していたように思える。まず興味深いのは、ルーパーたちが使用するラッパ銃。銃身が短く射程距離も短いが極端に大きな銃声と肉を砕く力強さが誇張されており、これはしばしば『ダーティハリー』Dirty Harry(71)のマグナム銃がそうであるように、犯罪映画において観客を惹きつけ、犯罪および殺人という腐敗的世界を体現するのに効果的な演出だったように思える。又、ルーパーを管理し仕事を与える闇組織の一員が所持し、見せびらかすリボルバー式の拳銃は、近未来とは思えぬほど古典的な雰囲気を漂わせており、しばしばギャング映画を彷彿とさせてくれる。とりわけ腰元のホルダーに拳銃を収めるキッド・ブルーは、まるで西部劇に登場するガンマンのようだ。
他にも点眼式のドラッグやディスコで乱舞する若者たち、売春婦の裸やセックスが入り乱れる光景は、犯罪と退廃の世界を謳歌する犯罪映画およびギャング映画の世界観を表象していたように見える。主人公が金を貯めて国外に脱出しようとする願望(国外脱出願望)や愛する女性を失い、彼女を取り戻そうとする旅路など、本作のあらゆる要素がSF犯罪映画の魅力を引き立たせることに貢献していた。さらに本作ではしばしば光と影を強調したキアロスクーロ(明暗法)を確認することができる。光と共に輝く闇は、裏社会ないし闇社会の世界を表現するという意味で効果的であったし、前述したリボルバーを見せびらかす犯罪組織の居住区を表現するうえでも適切であった。またそこにはフィルム・ノワールに頻繁に見られる裏社会から抜け出すことのできない主人公の憂鬱と葛藤が雰囲気として醸し出されていたように思えてならない。
このようにリボルバー(回転銃)やラッパ銃などのショッキングな銃声、血しぶき、ノワール的なキアルスクーロ(明暗法)、退廃的な都市、殺人の横行とドラッグの乱舞、暗殺者と闇組織、大金、床下金庫、国外脱出願望といった、ありとあらゆる要素が本作を非SF映画的な方向へと導き、80年代以降のフィルム・ノワール(ネオ・ノワール)の約束事を誇張していたことは構造的にも視覚的にも明らかである。それらの表現が観客に一体何を喚起させるかは曖昧であるが、少なくともこれらの要素が一般的に犯罪映画によく見られる素材であり、しばしば犯罪を魅惑的に描くのに効果的と言われている要素であることは確かだろう。
その意味で本作は、タイムトラベルという観客を動員する要素を有しながらも、実際のところ描いているのは、ネオ・ノワール的な犯罪の美学だと考えられる。言い換えれば『LOOPER/ルーパー』は、近未来を舞台にした犯罪映画の中でもとりわけネオ・ノワールの雰囲気を前面に押し出した作品と言える。だがその一方で『LOOPER/ルーパー』は子供が超能力を身につけて男たちを血祭りにあげるなど、『フューリー』The Fury(78)や『キャリー』Carrie(76)『未知空間の恐怖 光る眼』Village of the Damned(60)などに見られる「悪魔的な子供」を描いているという点において混合的な作品である、という事実にも注目しなければならない。というのもネオ・ノワールな犯罪映画を基調としながらファミリー・ホラーやタイムトラベルを描くSF映画など、様々なジャンルを横断しているという点で本作は混同と形式への反発を謳歌するポスト・モダニズム的な犯罪映画と位置付けられるからである。
だからSF映画において斬新というよりも、近未来を舞台にした犯罪映画の中でも特殊な作品と指摘する方が正しいかもしれない。それは新たなネオ・ノワールの誕生を示唆している一方で、(混合は一種の飽和状態を意味していることから)ハリウッド映画のネタ不足と指摘することもできる。しかし本作が真に映画として魅力があるとすれば、恐らくその魅力と価値は「ジャンルの革新」という側面よりも、ストーリーテリングの巧妙さにあると言えるだろう。
■視覚的に説明すること■
先に述べた通り細かな美術や小道具によって世界観を構築するミザンセーヌの表現性も評価に値するが、監督・脚本を務めるライアン・ジョンソンが演出したストーリーテリングもずば抜けて巧妙である。
ライアン・ジョンソン監督が「すべてを言葉で説明するのではなく、そのルールをキャラクターの行動で見せるようにしたんだよ。観客がライドを楽しんでくれることを願っているよ」と述べているように、本作ではしばしば視覚的なストーリーテリングが確認できる。例えば未来から転送されてきた男(主人公の親友にとっては未来の自分)が手首に文字が書かれていることに気付くシーン。腕には次々と文字が浮かび上がってくる。そして指が一本、また一本と消えていき、暗黒の夜の中、指示された場所へと向かう男の足がアップで映されると彼の両足が消えていく。そしていつの間にか両腕までも消え、男の顔には鼻がなく、皮膚は焼け爛れている。彼が必死に叩いている扉が開くとそこには生命維持装置がつけられた主人公の親友が両足両腕のない状態で横たわっていた。この間に台詞はないわけだが、我々は2044年現在の身体に傷がつくと30年後の未来の自分にも傷がつくというタイムトラベルのルールを視覚的なレベルで理解することができる。こうした視覚的ストーリーテリング以外にもいくつか視覚的表現の巧妙さが伺える。
主人公が未来の自分を暗殺することに失敗して気絶した際に、再び同じ場面が映し出されるシーンがそれだ。同じ場面に見えるが、こちらの場面では、未来の自分の暗殺に成功している。そして主人公は大金を手に入れて香港で余生を暮そうとするが、金が底をつき、新たに犯罪に手を染め、ドラッグまみれの時を過ごす。そこで運命の女性に出会い、彼は真っ当な人生を過ごしていくわけだが、突然、組織が現れタイムマシンによって抹殺されそうになるが、隙を見て逆に彼らを殺し、自らタイムマシンで過去に遡ったことが明かされる。そして時は再び主人公が未来の自分に気絶させられた場面へと帰結するのだ。このシークエンスには一切台詞がなく、ただ視覚的にブルース・ウィリス演じる未来から来た男の過去が明かされていく。それは台詞でストーリーを語るよりも刺激的であり、映画ならではの表現と言えるだろう。
他にもブルース・ウィリス演じるオールド・ジョーが妻との思い出を忘れないように無理矢理出会いの場面を思い出そうとしたり、時折フラッシュ・バック映像を挿入したりするなど、極力明示的な説明を排除して視覚的で示唆的な説明をしていくストーリーテリングが見受けられる。これは本作がジャンルの枠に止まらない作品そのものとしての評価を明らかにしてくれるという意味で重要ではないだろうか。
その意味で本作は、SF映画というジャンルを呼び物にすることができる格好の宣伝要素を持ち合わせながらも、ノワール的な犯罪映画に傾向するポスト・モダニズム的構成をした作品、ならびにハリウッド映画が得意とする視覚的ストーリーテリングに富んだ刺激的なSF犯罪映画と言ってよいだろう。今後も恐らく近未来を舞台にした犯罪映画が製作されていくことだろうが、その際に『LOOPER/ルーパー』は、その作品と比較検証するに相応しい代表的なSF犯罪映画として名を連ねる作品の一つとなるに違いない。本作のような作品を見ると近未来を舞台にしたネオ・ノワールの今後が愉しみになってくる。
後藤弘毅
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■