一.カルリーニョス・ブラウン

友達が亡くなってしまった。
夜、いつものようにだらしなく呑んでいる時に届いた訃報。まさかと思ったが、嘘か本当かは送ってきた相手で分かってしまう。伝えてくれたのは道端でよく出会うご近所さん。呑み仲間では珍しく信頼に足る女性から。つまり本当だった。
ヤツと知り合ったのは二十数年前。ミレニアム前、90年代からの付き合いになる。年上ばかりと遊んできた中で出会った一歳年下の馬鹿野郎。つまり同類。でもタイプは正反対。ヤツはアクティヴで面倒見がよく、顔が広くてガッツがあり、遅くまで呑んでも乱れなかった。少々褒めすぎだな。声が大きくズケズケと物を言い、不謹慎なことが大好きで……。いや、これは私もだ。まあとにかく、いい感じで呑める男だった。社会人になってから知り合い、しかも年下で「お前」呼ばわりできたのはヤツだけ。いやホントにお前、何やってんだよ。
知り合った時はデザイナーで、数年前に東京を離れて小さなペンションのオーナーに。最後に会ったのは二年前、木山捷平短編小説賞をいただいた時、何なら受賞を知らされたその日のこと。結果発表直後の電話インタビューに応じた数分後に立ち飲み屋で乾杯をした。実は受賞作の登場人物にヤツの名前を付けていたので、偶然東京に来ていたタイミングと重なってラッキーだった。そう、ヤツは少々ガラの悪い勝利の女神。これからも名前、使わせてもらうからな。
出会った時期をミレニアム前だと断言できるのはカルリーニョス・ブラウンのおかげ。まだそんなに打ち解けていない頃、いつもの店で隣り合ったヤツの口から出たのがブラジル音楽、ブラウンのセカンド『オムレツマン』(’98)だった。当時はザ・ブームの『極東サンバ』(’94)をきっかけにその辺りを集中して聴いていた時期。数十年前の名盤に数多く触れる中、意識的にオンタイムの音楽を聴こうと選んだ一枚だった。ブラジルのポピュラー音楽、MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)には大きく注目を集める時期が数度あり、最初はボサノヴァがジャズに愛された60年代前半、次は地続きとも言えるが70年代半ばを中心としたフュージョン/AORの流行への貢献期。その後アフリカン・ミュージックをベースとした所謂ワールドミュージックが盛り上がる中、太く強靭なグルーヴが再発見され、そのままストリート感覚をルールとしたジャンルの掛け合わせ、つまりミクスチャー大流行の時期を駆け抜ける。その全てに併走していた最重要人物が御存知、セルジオ・メンデス。代表曲は「マシュケナダ」(‘66)。今思えばブラウンはメンデスの名盤『ブラジレイロ』(’92)に参加し大活躍をしている。
予定が動かせず斎場に行けなかったので弔電を手配した。人生初の弔電がお前かよ、とボヤきながら。こんな時、呑み仲間というのは頼りない。幼馴染みや同級生とは違って連絡先が曖昧。それどころか名前さえ怪しかったりする。ならば確実なのはアナログな手法。実際行ってみるのが一番早い。何処へ? 勿論呑み屋に。気付けの一杯が欲しくて、きっと伝わっているであろう店からスタート。途中覗いた立飲み屋で意外な顔を発見したので急遽入店し、そのまま人間関係のもつれから伝わってなさそうなアチラの店に顔を出し、連絡がつかないと言われたコチラの店にも滑り込み……。フラフラ移動しながら思っていた。こんなことは最後だろうな、と。そして同時に自分の記憶とも向き合えた。それはヤツのおかげ。無論どの店も伝えるだけで帰れるはずはなく、久々に結構呑んだけどちっとも効きやしなかった。
【 Omelete Man / Carlinhos Brown 】
二.ザ・ブルーハーツ

数日経ち、落ち着かない気持ちのまま近所のワインショップ「C」へ。ガラス張りなので呑ませることは承知済み。こういう時は高めの酒で背筋を伸ばすに限る。涼しい店内には詮索しないマスターと音量デカめのラテンジャズ。そこでいただくのはお勧めのスパークリング。当然洒落たグラス。当然値札ナシ。ままよ、と頼めばそりゃ美味い。見慣れた風景を眺めながら贅沢な時間。絶対にヤツとは来ないような店でヤツのことを考える。無論ヤツの分も頼む。たっぷり堪能して、いざ会計。結果、家呑み用泡ボトルの倍額×2杯。そこでも密かに背筋が伸びた。
私のバンドも元々は呑み仲間のお遊びから。そのバンドがヤツのバックバンドを務めた瞬間もあった。二曲のうち最初に決まったのは確かブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」(’88)。普段プレイしている曲とそんなに違わないはずだったが妙に疲れる。メンバー全員同じ意見だったが、間違いなくヤツのせいに非ず。なぜなら結局一度しか練習に来なかったから。まあ、それも甘えてくれたと思えば腹も立たない。本番、クソ度胸でどうにかしてくれたしな。
【 TRAIN-TRAIN / THE BLUE HEARTS 】
三.クイーン

もう一曲はクイーンの「ドント・ストップ・ミー・ナウ」(’78)。難しい、というかギタリストとして荷が重いので即座に断った記憶がある。どういう了見で一度しか練習に来なかったのかは永遠の謎になってしまったが、やってみれば結果オーライ。爪の垢、貰っておくべきだったな。お前の隣であの有名なソロを弾けてよかったよ。ちなみにこの曲、スタジオ録音ではソロに入るまでギターの音が一切ない。
今は更に数日経ち、こうして文章にできる程度には落ち着いた。ヤツの話をする為の酒の予定も入っている。昨日は上野の立飲み「T」で普通に呑んだ。そう、普通に。これが大事。こうやって徐々に日常へと切り替わる。でも前と同じではない。だってヤツがいない日常は初めてだ。
――忘れないけれど、忘れていくんだろう。
そんな大好きな歌のフレーズをヤツに捧げよう。
【 Don’t Stop Me Now / Queen 】
寅間心閑
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