鶴山裕司 連作詩篇『聖遠耳 日日新』No.026『明け方に』、No.027『アメリカ』をアップしましたぁ。第三詩集『おこりんぼうの王様』から鶴山さんは意識的に抒情詩を書くようになりましたが、『聖遠耳 日日新』でその意図がより明確になったと思います。『日日新』はお母様が亡くなった直後に書かれた詩から始まりそれが主調低音になっています。ただ当初の衝撃はじょじょに薄れてゆきまた蘇る。それが〝日日新〟ということだと思います。
また鶴山さんは現代詩(戦後に生まれた戦後詩と対を為す詩の潮流のことです)の詩人たちは実人生での出来事や苦悩を、ほぼ書くことができなかったと何度も書いておられる。彼らは一つの書法を発見すると生涯それに囚われた。鶴山さんは詩は原理的に自由詩だと定義していますが、抒情詩は〝全てを書くことができる書法〟の試みでしょうね。
『日日新』の詩の長さも大きな特徴です。一篇は80~100行。モヤっとした〝詩的な詩(詩のような詩)〟は40行くらいだと思います。その倍くらいの長さの詩を書くには新たな書き方(書法)が必要です。『日日新』にはアメリカがよく登場しますがそれがヒントでしょうね。即物的で人やモノの輪郭がハッキリしている。読みやすいのですがどこに連れてゆかれるのか最後までわからない。散文に近づくのですが詩になっている箇所が必ずある。奇を衒わない攻撃的で斬新な書き方だと思います。
■鶴山裕司 連作詩篇『聖遠耳 日日新』No.026『明け方に』縦書版■
■鶴山裕司 連作詩篇『聖遠耳 日日新』No.026『明け方に』横書版■
■鶴山裕司 連作詩篇『聖遠耳 日日新』No.027『アメリカ』縦書版■
■鶴山裕司 連作詩篇『聖遠耳 日日新』No.027『アメリカ』横書版■
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