『まんじりともしない夜でございました。こうも手酷い遇(あしら)いを受ける日が来ようとはなあ。世の憂き目というのはこんなものか。ぶつぶつと呟く源氏の隣で、小君は寝息を立てておりました』とあるように、光源氏は紀伊守の妻にいたく御執心です。紀伊守の妻が『空蝉=美し蝉』です。
光源氏は、まあ言ってみれば女たらしのモテ男のイメージですが、んなことはありません。手当たり次第に口説いているわけではない。理想の女性のイメージの核には桐壺更衣がいるわけですが、自己を相対化するような女性が好みでもある。それがときに高位の女性に向かし、時に身分違いの女性に向かう。そして拒絶されるとますます執心が募ってしまう。またあっさり契りを結んだ女性でも、内面に魅力がないとすぐ醒める。あやにくな性格と呼ばれる由縁です。
空蝉は光源氏より身分が下の女性です。しかし手が届かない。物語が始まって間もなく稀代の貴公子はフラれてしまいます。ただそれが光源氏の女性遍歴の始まりでもある。男を中心に考えれば女たらし物語ですが、女性百科の始まりでもある。平安時代の男女関係や身分差を考えれば後者が女性作家・紫式部の基本的意図です。
■星隆弘 連載評論『翻訳の中間溝――末松謙澄英訳『源氏物語』戻し訳』(第21回)縦書版■
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