一.UA

 

 寒い日には熱燗。肉体は、何て云うか、月並みだ。

 着膨れた人いきれで蒸し暑い電車内。溜まる憤懣。さっきから汗ばんでいる。寒い日なのに、疲れてるのに、ちょっと呑みたいだけなのに。

 やっと降りたら今度は寒い。汗ばんだから尚更。猫背で歩きながら思うことはひとつ。「熱燗いこうかな」

 繊細を気取るつもりはないけれど、熱燗、ぬる燗は肴を選ぶ。量は要らない。あと温かくなくていい。究極、塩でも。ほら、やっぱり繊細ではない。

 

 だから荻窪の「M」では、まず赤星を頼む。正式名称サッポロラガー。で、看板にもその名が入る「煮込み」を。一緒に供される葱&数種の七味の薬味セットが嬉しい。落ち着いた空間で煮込み鍋と燗銅壺(かんどうこ)を眺め、御品書きの酒をチラチラ。銘柄には女優の名前が添えてある。吉永小百合、市原悦子、樹木希林……。知らない味ならガイドに、知ってる味ならジョークになる。さあ、決めた。燗をつけてもらおう。肴は温かくないもの。まずは塩辛かおしんこ。

 人気店ゆえ混んではいるが、うるさくない。女性も多い。女主人の笑い声が空気を和らげる。居心地の良さにかまけ過ぎ、おかわりを断られた夜もある。うん、ここだけの話。

 

 燗酒で面白いのは、やはり味の変化。熱が引き出す別の顔。多彩な顔を見せやすいのはソロ・ミュージシャン、中でもシンガー。バンドは難しい。アクセルもハンドルもブレーキも複数あるから、なかなか移動できない。そして、それこそがバンドの魅力。

 

 UAのデビューシングルは藤原ヒロシのプロデュース。だから興味を持った。元ブランキー・ジェット・シティの浅井健一と組んだバンドAJICOや、サックスプレイヤー・菊地成孔とのコラボレーション等々、彼女は様々な環境下で歌を響かせる。どれも素晴らしい。そう思う理由は簡単。彼女の声が好きだから。どんな熱を加えても、芯の部分は変わらない。そんな印象。

 最も刺激的な環境は「歌のお姉さん」。NHK教育の「ドレミノテレビ」(2003~06)で、彼女は童謡を歌っていた。やはり芯の部分は変わらない。童謡を子ども扱いしない歌声は、非常に感動的。

 

【もりのくまさん / ううあ】

 

 

 

二.ニール・ヤング

 

 

 半世紀(!)のキャリアの中、予測不能で居続けるニール・ヤング。言い換えれば「気まぐれ」。

 70年代後半、パンクに触発されて以降、80年代はテクノ=「Trans」(’82)、ロカビリー=「Everybody’s Rockin」(’83)、カントリー=「Old Ways」(’85)、ブルース=「This Note’s For You」(’88)と目まぐるしい。言い換えれば「試行錯誤」。

 そして90年代は轟音ギターと共に暴走。極まるのは「Arc」(’91)。リズムのない一曲35分間のノイズに断片的な声。ルー・リードにおける「Metal Machine Music」(邦題:無限大の幻覚)だ。ただし「Arc」に邦題はない。邦題どころか彼の作品中、唯一日本盤がない。

 基本的に物悲しい彼の歌声は、周囲の音が無秩序に暴れ回るほど、不思議と青白く輝く。

 

 夏はまったく行かないのに、冬が近づくと通いだす。森下「U」はそんな店。早い時間は人生の大先輩方が、大型コの字カウンター二台にズラリ。一時間もすれば、ほぼ満杯。うん、見習わなければ。

 まず熱燗。でもここはフロアのオネエサンが絶対君主。早い時間は一人。大変だ。無理に呼び止めても無駄。「順番ね」で終わり。近くに来たら視線が合うまで待って「熱燗」。肴の注文はまだ。焦らない。熱々の大徳利で注ぎに来たら、好みの刺身を告げる。なければ待つ。焦らない。すぐ駅弁さながら売りに来てくれる。

 「貝の盛り合わせ、食べない?」「はまち、どうする?」「いわし、誰だっけ? いわし!」。頼んだばかりなのに、周りでナマコだ白子だを注文してると「じゃあ、こっちも」なんて乗っかっちゃう。

 それにしても諸先輩方、よく食べる。フライも天ぷらも大ぶりだけど、まあバクバクいく。感心を通り越して心配だ。段々と店に酔いが回る。目の前の先輩は、絶対君主に「鯛のかぶと煮!」と叫ぶ度、「待って!」と一喝喰らってる。ただただ壮観。大箱特有のざわめきの中、若輩者は二百円に満たない燗酒をぐっと呑む。

 

【Hey Hey, My My / Neil Young & Crazy Horse

 

 

 

三.泉谷しげる

 

 朝から熱燗。そいつは少々敷居が高い。一杯目なら尚更。そもそも朝から呑ます店がそんなに都合よく……あった。思い出しちゃった。朝十時半開店、赤羽の立呑みおでん種屋「M」。ハンペン、牛スジ、しょうが天。酒はマルカップ、23区内唯一の酒蔵が造る丸眞正宗を燗で。旨い。グッと呑みほしたいけど我慢。50ccだけ残してカウンターへ。七味を振り、おでん汁を注げば「だし割り」完成。具材の旨味たっぷり。追加料金五十円。笑っちゃうほど力業。ねじ伏せてる。ルックスもラフ。でも旨い。

 

 ラフで口の悪いおじいちゃん。泉谷しげるはすっかり愛されキャラだ。でも彼の本領はラフにはない。疑うなら思い出そう、看板代わりの名曲「春夏秋冬」を。あの朴訥と含羞に満ちた、そっと囁くような歌声を。

 80年代後半からの数年は凄まじかった。バッグバンドは辣腕揃いのLOSER。才能が染み出したその音は、本人曰く「鉄とか金」。即ちヘヴィーなメタル。全盛期と呼ぶ向きも多い。しかし彼は当時、冷静だった。最高のバックバンドと引き換えに、曲作りを怠ける危険性にも言及。で、実際に緩くなる。

 力業の轟音に塗れる前、例えば「光と影」(’73)や「’80のバラッド」(’78)。斬新かつ的確な歌詞と、天才・加藤和彦による隙間ある音作り。この組合せこそ、彼の芯を味わう御誂え向きの環境。さあさあ、一献。

 

【里帰り / 泉谷しげる】

 

 

寅間心閑

 

* 『寅間心閑の肴的音楽評』は毎月10日掲載です。

 

 

 

 

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