Interview:福島泰樹インタビュー

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福島泰樹:昭和18年(1943年)、東京御徒町のガード沿いの大原病院で生まれる。父・信一郎は東京市下谷区入谷感応寺の住職。一歳の時に母・道江が病死。駒込学園中等部・高等部を卒業し、早稲田大学第一文学部西洋哲学科に入学。早稲田短歌会に入会し短歌を作り始める。早大闘争真っ盛りの中、旺盛に短歌を詠み三枝昂之や伊藤一彦、佐佐木幸綱らと交流する。昭和四十四年(一九六九年)十月、処女歌集『バリケード・一九六六年二月』刊行。翌四十五年(七〇年)の出版記念会で初めて自作短歌を朗読する。東京台東区下谷の法華宗本門流法昌寺住職。『福島泰樹全歌集』を始め、歌集・歌論集・エッセイ集を旺盛に執筆中。歌誌「月光」主宰でライフワークの『短歌絶叫コンサート』も定期的に開催している。

 

福島泰樹氏は一九六〇年代から同時代を誠実に歌ってきた歌人である。福島氏の短歌を通読すれば、六〇年代から現代までの日本の状況を肉体感覚を持って共有することができる。福島氏の肉体感覚は、同時代だけでなく過去にも適用可能なものであり、中原中也や美空ひばり、宮沢賢治らを題材にした短歌に結実している。近年では『大正行進曲』という大正時代を総括するような短歌連作も生まれている。福島氏はまた前衛短歌全盛期の歌人であり、かつそのメインストリームとは一線を画する歌人でもある。短歌に限らず前衛の時代が過ぎ去った現在、一貫して変わらない福島氏の短歌はますます異彩を放っている。なおインタビューは鶴山裕司氏に行っていただいた。

文学金魚編集部

 

 

 

前衛短歌について

金魚屋 今日はこれから「短歌絶叫コンサート」ですね。お忙しいところありがとうございます。

 

福島  聞いていってくださるんでしょう。今日は車ですか? 僕はちょっと酒を垂らしますけど、あなたは水だけだな(笑)。

 

金魚屋 すいません(笑)。福島さんは挽歌をお書きになっていますが、前衛短歌の時代の歌人でもあります。あの時代は塚本邦雄、岡井隆さんが双璧と見なされていたと言っていいと思います。また文学金魚でインタビューさせていただいた馬場あき子さんは、古典の要素を作品に取り入れたりなさいました。僕は一九八〇年代に「現代詩手帖」の編集部にいて、その頃から福島さんを存じ上げていたんですが、あの頃はまだ前衛の風土が残っていましたね。

 

福島  そうですね。まだ前衛がしっかりしていた。僕自身はちっとも変わっていないんですが、あの頃の人たちは少しずつ変わっていきました。

 

金魚屋 一九八〇年代には岡井隆さんの分厚い全歌集上下巻が刊行されて、塚本さんから岡井さんにスポットが移った時代でもありました。前衛短歌はこのまま行くのかなという雰囲気があったわけですが、それがどんどん衰退していったように思います。

 

福島  岡井隆という人に、みんななびいていっちゃったところがありますね。彼の言動に引っ張られたというかね。岡井さんがやってるからいいんだといった、彼の言動を免罪符にするような風潮がありました。まったく主体性がないと言えばないんだけどね。また岡井さんという人は若い人を味方につけるのが上手でしょう(笑)。それは一貫してそうだな。もちろん僕も岡井さんの短歌の影響は受けているんだけど、彼がやっていることには影響を受けていません。

 

金魚屋 福島さんは一九六〇年代の早大短歌から出発されていますが、当時はいろんなものが解体されてゆく時期でした。それがだんだん元に戻ってきた。短歌・俳句の世界では、なんやかんや言って大結社の意向が大きな影響力を持つようになっています。そういう状況の中で、かつての前衛歌人たちの出処進退が、様々に試されるようになっているとも思います。もちろん福島さんがおっしゃっているように、短歌は連携・連帯の文学でもありますから、結社などで後進を指導するのはいいことだと思います。だけど〝前衛〟を核に考えると、やっていいこととやってはいけないことがあるような(笑)。

 

福島  表現とは何なのかということですよね。本当は前衛でない表現なんてないはずなんです。絶えず新しいことを試み続けなければならない。じゃあ新しとは何かと言うと、権威とか秩序だとかに対して常に揺さぶりをかけることです。それに連なって、安全な傘の下で生きていこうというふうになったのが、今の表現者の大半だと言っていいかもしれません。全部とは言わないけど、そういう人たちが非常に多くなっています。なんにも否定しようとしない。こっちに付いたら得か、あっちの方が得かといったことばかり考えている。僕にとってはどうでもいい話ですが、前衛について聞かれれば、こういう言い方になってしまう(笑)。

 

金魚屋 前衛的に見えても、腰の定まらない放言のような表現が多いですね。

 

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福島  なにかみんな秩序の中におさまりたがるね。その中で波風立てず、人に誉められながら生きていこうとする。生き様ではなく、ちょっと新しい方法を使い、ちょっと新しい言葉を使ってそれで満足してしまう。時代を揺るがしたり、戦ったり、そのために命を賭けたりということとは、およそほど遠いです。表現はいつも自分に返ってくるものです。自分の生き方を律してゆくものなんです。今は表現が作家個人の生活を豊かにしていっているような感じだな。でも表現はそういうものじゃないんだ。表現によって生かされてゆくのが本当です。

 

 

口語短歌について

金魚屋 最近は口語短歌全盛ですが、それについてはどうお考えですか。

 

福島  もちろんいい作品はあります。僕も口語が好きですからね。『バリケード・一九六六年二月』という処女歌集の中にもずいぶん口語の作品を入れました。下町っ子だし、今でも口語を使って作品を作っています。ただベタッとはしないわけです。具体的な例がないから、そのあたりのことは説明しにくいですが。口語も格調高くなくっちゃあ・・・・・・。

 

金魚屋 口語短歌の時代になって、確かに短歌人口は増えたと思います。しかし現代口語短歌の特徴は、今ひとつはっきり見えてこないように思います。若い口語短歌歌人でも、表現によっては文語表現を入れる方がいらっしゃる。福島さんの時代でも、ある断念を表現する時には「だ」とか「である」といった口語を使っておられたでしょう。そう考えてゆくと、現代口語短歌の特徴や本質は、〝口語〟という修辞の問題ではないと思うんですが。

 

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『福島泰樹全歌集』

福島泰樹著

定価:12,800円(税別)

発行:1999年6月

河出書房新社刊

 

福島  今の作品には決意、つまり述志がないですね。作家の志を述べるというところが見事にない。自分のささいな日常を肯定する歌が多いと思います。

 

金魚屋 述志を歌いにくい時代にはなっていますね。

 

福島  でも定型を選んでいるというのはどういうことなのか、という問題につながっていると思います。短歌は自由詩じゃないわけでね。歌人はこんな息苦しい時代の中で、さらに息苦しい定型を選んでいるわけでしょう。今の口語短歌というのは、五七五七七の垂れ流しであって、定型の解体とはほど遠い。定型の中に安穏としている。定型と対峙して戦おうという緊張感がない。

 

金魚屋 歌人や俳人にとっては、なぜ定型なのかという問いは最後まで重要でしょうね。

 

福島  すごく重要です。石川啄木に『悲しき玩具』という歌集があります。彼は本当は小説を書きたくて、でも書けなくて、一夜にして短歌に帰ってゆくわけです。敗北を慰謝するものとして短歌の定型があった。皮肉なことに啄木は短歌によってその名を残すことになるわけです。啄木のスタンスを受け継いだのが中城ふみ子です。彼女は癌に冒されたわけですが、なぜ病気で不自由な身体なのに、さらに不自由な短歌を選んだのかと言えば、定型があるからこそ、その中で自由になれるからだという意味のことを歌論で言っています。それを寺山修司は、こんなふうに置き換えてゆきます。「のびすぎた僕の身長がシャツのなかへかくれたがるように、若さが僕に様式という枷を必要とした」・・・。

 

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吉祥寺曼荼羅における「短歌絶叫コンサート」(二〇一六年八月十日)以下同

 

金魚屋 それはよくわかります。福島さんの短歌は、自由だけど苦しげなところがあります。限界まで定型の中に心情を封じ込めるから苦しげなのかもしれません。定型の中に、あるエッセンスが押し込められているような感じですね。それは初期から一貫しています。福島さんにはある時代とか出来事を、短歌作品の中に封じ込めようという意志があると思います。

 

福島  短歌の中に、時代時代の、その時その時の感情を封じ込めるから、絶叫コンサートなんかができるだろうなぁ。過去の作品を絶叫すると、その時代のさまざまなことが、ワーッと蘇ってくるようなところがあります。

 

 

 

前衛短歌の時代について

金魚屋 短歌絶叫を最初におやりになったのは、処女歌集の出版記念会ですね。

 

福島  そうです。一九七〇年の三月です。なにかやってやろうという気持ちもありましたが、歌集をまとめていって、自分が書いている短歌は、人々、読者に対する呼びかけだということに気づいたんです。そうであるならば、声に出して呼びかけてみようと思ったわけです。短歌は一首三十一音で、声に出しても五秒くらいで終わっちゃうんです。そこで音楽だとか、いろんな要素を取り入れてゆくようになりました。

 

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『歌人の死』

福島泰樹著

定価:1,944円(税込)

発行:2015年6月

東洋出版刊

 

金魚屋 こんなことを言うとちょっとお気を悪くされるかもしれませんが、前衛の時代に福島さんは、肉体派というか感情派のように見えました。でも一九九〇年代くらいから前衛的な修辞が見事なまでに色あせていきました。塚本邦雄さんの『玲瓏』は素晴らしい歌集ですが、それに続く歌人たちは塚本エピゴーネンになっていったでしょう。そういう意味で、九〇年代以降は前衛的修辞の堕落の時代とも言えるわけですが、福島さんはぜんぜん変わっていない。

 

福島  短歌は千三百年の伝統詩です。いろんな実験が行われてきました。この伝統をきちんと理解しないで、貧しい口語だけで済ましてしまっていいのかという思いはありますね。もったいないよ。すべて使えばいいんです。なんでも使っていいんですから。塚本さんに関して言えば、彼が作り出したものをみんな都合良く使ってはいますけど、その精神を受け継いではいない。前衛とは精神のことなんだよ。

 

金魚屋 福島さんは塚本さんとかなり交流がありましたね。

 

福島  大変大事にしていただきました。処女歌集の出版記念会に送られてきた「メッセージ」が忘れられません。塚本さんは情熱の人でした。

 

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金魚屋 福島さんは同人歌誌「律」にも参加しておられましたね。

 

福島  あれは参加ということではなく、原稿の依頼を受けただけです。

 

金魚屋 あの頃が、前衛歌人たちが大同団結できた時代ということになりますか。

 

福島  そうですね。一九七〇年代の半ばくらいまでは、そういう状態が続いていました。冨士田元彦や中井英夫らが中心でしたね。それに深作光貞がプロデューサーで、財源的にも雑誌なんかを支えていました。それで前衛短歌運動が続いたんですね。そこには反結社、反ジャーナリズムという気概がありました。僕はそういった前衛短歌運動の中から出てきたんです。

 

金魚屋 あの時代が戦後で一番面白い時代でしょうね。寺山修司さんなんかもいたわけです。寺山さんについてはどうお考えですか。俳人で歌人で天井桟敷主宰でもあるわけですが、どうも焦点がはっきりしない作家でもあります。

 

福島  寺山さんは映画を作ったり天井桟敷をやったりしたけど、僕が知っているのは歌人としての寺山さんだけだな。でも作れなくなってゆく。一九七〇年に刊行された『全歌集』で「歌の別れ」をしてます。彼の遺作になった『懐かしのわが家』は素晴らしい詩だったなぁ。死を前にして、虚構の「私」と現実の「私」とが出会い、溶解してゆく。

 

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『もっと電車よ、まじめに走れ』

福島泰樹著

定価:1,836円(税込)

発行:2013年7月

角川学芸出版刊

 

金魚屋 文学に限ると、寺山さんは俳句から始めて短歌、自由詩を書いていったわけですが、定型詩の資質を持っていたのかというと、そうとも言えないところがあると思います。自由詩の詩集はもちろん、句集や歌集をまとめるのに、ずいぶん苦労しているようなところがあります。

 

福島  寺山さんの短歌は、一九六〇年代の半ばくらいまでに完全に解体しましたね。ちょっと前に『寺山修司未発表歌集 月蝕書簡』が出ましたが、死をテーマに、死の世界から現世を見たような歌集です。ある可能性は感じられますが、全体としてあまりにも出来が悪い。ある時期以降の寺山さんは、短歌を書けない人間になっていたと思います。自己模倣になってしまっている。

 

 

創作の現場について

金魚屋 福島さんの創作の現場はどんな感じですか。

 

福島  僕は普段は一切短歌を書きません。短歌を書くのはすごくきついことなんです。若い頃は、ふと浮かんだ言葉をメモに書いて、それを机の上に拡げて作品に纏めていったこともありました。今はそんなことはほとんどしないです。

 

金魚屋 短歌を書こうと思って書くということですか。

 

福島  そう。相当に強い意志の力がないと、短歌を書けなくなっています。あ、意志と言っても、自分を解放しようとする意志のことです。どうやって書いているかと言うと、まだ暗いうちに起きて終い湯に浸りながら、画板に紙を挟んでそれに書くんです。ペンを使うとお湯で文字が消えちゃうから濃い鉛筆で書く。そういう方法でないと僕は心が自由にならないです。

 

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金魚屋 自由連想でお書きになるんでしょうか。

 

福島  自分の思念に集中してゆくんです。ただ僕はもう、テーマがないと書けない歌人になりました。だからテーマを決めて、そのテーマについてある程度調べごとをしてから、それに集中して書くことも多いです。今は『大正行進曲』という綜合タイトルで書いています。大正期の文人、画人、テロリストも含めた人間模様を書いています。それはテーマがあるからとても書きやすいです。北原白秋、室尾犀星、山村暮鳥、萩原恭次郎を追いかけたりしてね。それに大杉栄ね。やはり大正時代の一番のムーブメントは大逆事件から始まりますからね。

 

金魚屋 文学に視点を限定させないと、いろんなところに精神が拡がってゆきますね。

 

福島  そうです。じゃあ今日は、大逆事件から始まる『大正行進曲』をやることにします。どういうふうに拡がってゆくのか、聞いていってください。

 

金魚屋 福島さんは、膨大な思念を定型に絞り込んでいるようなところがありますね。絞り込んでそれを解放するような。

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『福島泰樹 第二十五歌集 無聊庵日誌』

福島泰樹著

定価:2,777円(税込)

発行:2008年11月

角川学芸出版刊

 

福島  そうかもしれません。ただ短歌を作っている時はすごく自由です。不思議なくらい自由を感じられる。僕は酒が好きだけど、酒の酩酊感以上だと思います。

 

金魚屋 それは福島さんが僧侶でもあるということと関係あるんでしょうか。

 

福島  それはわかんない(笑)。多分ないと思いますよ。高橋新吉さんなんかは、多分に仏教的な瞑想を重視していたでしょうけど、僕の場合はないな。

 

金魚屋 福島さんはずっともう、確信的に絶叫短歌コンサートを続けておられますが、自由詩の詩人の朗読についてはどうお感じになりますか。

 

福島  いくつか聞きましたけど、あまり上手い人はいないですね。やはり照れて読んでいるからダメなんだね。作品を書いた著者が読んでいるからみんなありがたがって聞くだけのことでね。朗読としてはちょっとお粗末ですね。上手かったのは、なんと言ったって吉原幸子さんです。いっしょに朗読したことがありますが、彼女のステージになっていたなぁ。目の位置が定まっていて、シュッと立って朗読して、それはそれは格好良かった。それに定型として詩を読んでいました。彼女の初期の詩なんかは定型詩でしょう。

 

 

処女歌集の頃

金魚屋 福島さんの処女歌集の出版には、ずいぶん馬場あき子さんが協力されたそうですね。

 

福島  馬場さんは昭和三年生まれで、僕は昭和十八年生まれだから十五歳も年上なんだけどね。でもあの頃は馬場さんもまだ三十代で若かったな。僕は二十歳そこそこでね。当時は馬場さんも処女歌集が出たばっかりの時期でした。僕の処女歌集『バリケード・一九六六年二月』は飛びっきり早かったんです。佐佐木幸綱さんの歌集もまだ出ていなかったし、岡野弘彦さんの処女歌集『冬の家族』が出たのも僕の歌集が出た時期とほとんど変わらない。小野茂樹さんも、歌集が出た時期で言えばほとんど僕と同期です。そのくらい『バリケード』という歌集は早かった。

 

金魚屋 福島さん自身、お書きになっていますが、あの歌集はあの時期に出しておかなければならない質のものですよね。

 

福島  そうなんです。若い人間たちが、自分の思想や情念を結集して行動するという時代は、もう今後、絶対起こらないだろうという思いであの歌集をまとめました。

 

金魚屋 もう二度と起こらないだろうという思いはあったわけですね。

 

福島  ありました。ただああいうふうに解体してゆくとは想像してなかったな。あの後に爆弾闘争の時代が来るでしょう。あんなふうにならなければ、また違う歴史の流れがあったんじゃないかと思います。

 

金魚屋 高橋和巳さんなんかとも、あの時代に知り合っておられるわけですね。

 

福島  知り合ったというか、講演をお願いしに行っただけですけどね。

 

金魚屋 高橋さんは、なぜこんなに読まれなくなったのか、不思議でしょうがないです。

 

福島  それは本当に悔しいです。

 

金魚屋 佐佐木幸綱さんは、早稲田で福島さんの三学年上ですか。

 

福島  僕が早稲田に入学した時に、彼は四年だったから、そうか、三学年上か。

 

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金魚屋 去年、幸綱さんの息子さんの定綱さんが、「角川短歌」新人賞の次席を受賞されましたね。幸綱さんバリの益荒男短歌でした。

 

福島  そうですか。僕はほとんど歌誌は読んでないからなぁ。僕のところには「すばる」とか「現代詩手帖」とかの文芸誌は送られてくるけど、歌誌は送られてこないですからね。短歌ジャーナリズムの世界で偉くないからかな(笑)。

 

金魚屋 歌壇に限りませんが、今の詩の世界には、詩人たちの関心が集中するような状況がないですからね。みんなてんでバラバラの方向を向いています。ただ福島さんは浮き上がっているような感じがします。前衛の時代には、失礼ですが福島さんは何をやってるかわかんないよねといった目で僕らは見ていたんですが、気がつくと、前衛が滅びようが何が起ころうが福島さんは変わらない。定点がしっかりしているんだと思います。時代に抗いながら、その時その時の情念をストレートに、でも強く凝縮して表現してゆく福島さんの歌は強いと思います。

 

福島  僕は一九七〇年代からずっと挽歌しか書いていないですからね。それしか書けない。

 

 

塚本邦雄について

金魚屋 決定的な影響を受けた歌人はいますか。

 

福島  塚本邦雄です。

 

金魚屋 ああ塚本さんですか。それはちょっと意外です。

 

福島  塚本邦雄の精神というかね。それはもう決定的です。塚本にすべて教わりました。アイロニーがいかなるものであるのかとかね。

 

金魚屋 塚本さんに限りませんが、表現は感情をストレートに表現してしまうと、白鳥の歌にはなるかもしれないけれど作品を量産することはできません。だからグツグツの感情を一回抑制して、それをある表現にまで高めてゆくことになる。それをわたしたちは修辞と言ったりするわけですが、なぜ修辞が生まれるのか、その精神を理解しないと正確な読解にはならないところがあります。今はインターネット時代で、過去情報を簡単に検索して抽出できるので、それが作品が生まれた前後の文脈を無視して、おいしいところだけ理解して活用しようという風潮を生んでいるように思います。塚本さんにしても、その特徴的な修辞だけを面白がっているようなところがありますね。

 

福島  塚本さんは、ずっと戦争をテーマにして書き続けた作家です。死ぬまで戦争について書きました。それはもう、恨み骨髄のように書きました。平和ボケしている人間たちを揶揄したりもしたわけです。そういう意味で彼は一貫していました。そういう人間が紫綬褒章とかもらって可笑しかったけどね(笑)。

 

金魚屋 短歌と言いますか、お歌の世界には歌会始なんかの役職があって、それを言っちゃおしめぇよと言ったところがありますけどね(笑)。まあどんな場合でも、作家なら聞かれればすべて答えるような筋の通し方は必要でしょうね。

 

福島  僕は歌人で飯が食えるとは思ってなかったからね。実際食ってないし。でも食えるんだよね(笑)。

 

金魚屋 ああ三大新聞の選者とかですか。

 

福島  最近まで知らなかった(笑)。

 

金魚屋 でも本の売上で食べていける詩人は、歌壇、俳壇、自由詩の世界でもほとんどいないでしょうね。でも歌壇は俳壇に比べれば風通しがいいと思います。大結社はありますが、新人や才能ある歌人を歌壇全体で盛り上げていこうという風土がありますね。結社とか結社誌を作るのは大変なんでしょうか。

 

福島  僕は「月光」という季刊文芸誌を刊行したことがあります。造本だけで一冊三百万円もかけてね。ただ長く続かなくて、商業誌としては九号で終わってしまいました。

 

金魚屋 「月光」の刊行目的はどういったものだったんでしょうか。

 

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福島泰樹主宰歌誌『月光』

定価:1,080円(税込)

発行:2016年8月

月光の会刊

 

福島  短歌はコラムではないということです。文芸誌にも短歌・俳句のコーナーはあるんですが、どこを見たってコラム扱いでしょう。そんな扱いではなく、短歌を中心にした文芸誌を作ろうとしたんです。評論、映画、芸術全般にわたって時評を充実させました。そのあとも「歌誌月光」として今も細々とやっています。ただ今の若い子たちは非常に打算的ですから、福島の歌誌に入っても偉くなれないと思って、入会して来ない(笑)。

 

金魚屋 偉くなるとはどういうことなんでしょう。

 

福島  歌人として世の中に名前が出てゆくってことじゃないでしょうか。

 

金魚屋 うーん、名前が出るねぇ(笑)。

 

福島  学生歌人も何人か知っていますが、僕らの頃とはぜんぜん違いますね。僕らはジャーナリズムを一切意識していなかった。今の子たちはそうじゃなくって、まず投稿から始まるんです。交流も盛んです。それによってジャーナリズムを動かして注目されようとしているところがありますね。

 

 

定型の中で自由であること

金魚屋 日本の詩は短歌、俳句、自由詩がありますが、俳句人口が一番多いですけど、今最も活況があるのは短歌界ではないでしょうか。でも若い歌人でも、きちんと結社に所属している人は比較的少ないようですね。まあどこまでを短歌人口に含めるのかという問題はありますが、ツイッターなんかで作品を発表して、ネット上で交流している人がかなり多いようです。一番作家たちが孤立しているのは自由詩の世界かな。いつの時代でも仲良しグループはありますが、本質的な意味で縦のつながりも横のつながりも薄いと思います。これだけ世の中全体の状況が把握しにくい時代だと、やっぱり定型という基盤がある短歌や俳句は強いです。福島さんが一番仲良くされていた詩人は清水昶さんとかですか。

 

福島  そうですね。じゃあ今日は清水昶もやりましょう。彼を追悼したいですね。

 

金魚屋 小説家で親しかったのは立松和平さんとかですね。

 

福島  立松が墓をいっしょに建てようって言い出してね。多分彼は、自分の方が長生きすると思ったからそんなことを言ったんだろうけどね(笑)。うちの寺にあいつの墓があります。

 

金魚屋 福島さんは短歌狂いですよね。その情熱はどこから湧いてくるんでしょうか。

 

福島  短歌の注文があるからですよ(笑)。注文がなければ、なかなか短歌を書けないというのは本当だなぁ。たまにですが、鈍行列車に乗って酒なんかを飲んでいると、急に歌を作りたくなる時があります。でもそういった精神状態を作り出すのが難しい。普段の日常生活の中では、そんな瞬間はほとんどないです。依頼されて作ろうと思って作らなければ、短歌は生まれないです。人工的に短歌を作る環境を作り出さなければならないんです。

 

金魚屋 福島さんの短歌は密教的な感じがしますね。つまり一方で、正岡子規から始まる写生短歌の伝統があるわけですが、あの方法では歌を作っておられない。

 

福島  写生は歌を量産するにはいい方法です。たとえばギターがあって、それをじっと見ていると別の形に見えてきて、そこからギターと自分との関係性が生まれて歌になってゆくというふうにね。僕はそういった歌の作り方は一切しないです。

 

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金魚屋 初期から写生短歌とは無縁ですね。それは誰かから学んだわけではないですよね。塚本さんから影響を受けられたとおっしゃいましたが、それはどういう種類の影響なんでしょうか。

 

福島  初期は塚本さんの短歌の技術的影響をたくさん受けました。やっぱりあの文体ね。

 

金魚屋 福島さんの文体は暴れているような感じで、塚本さんの文体はモダニズム的に見えたりするんですが。

 

福島  僕から言わせれば、塚本さんの短歌は下手ですね。ゴツゴツしている。ただあの奇形の文体はよく作ったなと思います。

 

金魚屋 初期は塚本さんの文体の影響を受けられたとしても、今はだいぶ変わっているでしょう。

 

福島  絶叫コンサートをやっていると変わってきます。どういうふうに変わってくるかっていうと、短歌は五七五七七の三十一文字じゃないってことに気づきます。歌が長くなってもちゃんと五七五七七になっている。実際に定型を破る歌でなくても、五音の中に十音くらい入っている、入れられるということがわかってきます。定型はそのくらい自由だってことがわかってくるんです。

 

金魚屋 定型の中で本当に自由を感じ取れるのは、歌人、俳人の特権かもしれませんね。絶叫コンサートでは、だいたいどのくらいの数を詠まれるんですか。

 

福島  いろんな台本があって、その日その日で組み合わせを変えてゆく感じです。これからリハーサルして本番ですから、聞いていってください。

 

金魚屋 はい是非。今日はお忙しい中、ありがとうございました。

(2016年8月10日)

 

 

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