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 歌壇も俳壇と同様に結社中心です。ただ俳壇とは異なり現在では結社所属歌人と無所属歌人は数だけ見れば拮抗し始めています。俳壇でも同様の現象が起こっていますが俳壇は恐らく今のまま結社中心であり続けるでしょう。しかし歌壇はわかりません。もしかすると従来型結社主宰と無所属歌人が賞の選考委員などに典型的に表れる〝歌壇の顔〟として均衡するか逆転する可能性もあります。わたしたちは短歌・俳句と一口に言いますが似た点を持ちながら決定的に異なる文学形式です。

 

 短歌は季語こそ必須ではなくなりましたが五七五七七の定型文学です。しかし俳句ほど形式にうるさくありません。文語でも口語体でも字余りの破調でも鷹揚です。当たり前すぎて議論されない問題を掘り返してみると俳句から五七五定型や季語を除き文語表現(「けり」「かな」「や」など)を無くせば俳句の魅力は途端に色あせます。短歌より七七短いからそうなのだと言うのは何も言ったことにはなりません。これは俳句が成立した時に何が起こったのかという原理的問題を示しています。元々は短歌の中にあってその後短歌では必須ではなくなっていった古い要素が俳句の中に残り引き継がれていったということです。

 

 短歌(和歌)は古代古墳時代にはすでにその原初形態が成立していたと考えられます。『万葉集』を嚆矢として王朝時代の『古今和歌集』『新古今和歌集』にその全盛期を迎えるわけですが王朝後期まで美意識を含む人々の心の表現は短歌しかありませんでした。長歌が実際に朗唱される歌であったのは言うまでもありません。また『源氏物語』が歌物語の形式を採っていることかもわかるように物語文学の母胎です。俳句の母胎であるのも言うまでもありません。つまり日本文学の各ジャンルは短歌を土壌として成立してきたのです。

 

 いつの時代でも新しく成立した文化の方が斬新(現代的)に見え勢いが感じられるのは当然です。そういう意味では短歌はもはや遠い過去の文学でありほぼ可能性が尽きたと捉えられがちです。しかしそうでもないのです。短歌が日本文学の基礎であることはあらゆる可能性を包含した不定形の文学だということを意味します。短歌という日本文学の最も古く基層的文学から二十一世紀の新たな文学が出現する可能性は十分にあります。その最も端的な表れが現代の口語短歌運動です。

 

 口語短歌はその旗手である穂村弘さんが千四百年の重い短歌伝統を一手に担う大文字の歌人=私という枠組みを取り払いごく普通のどこにでもいる私を詠う極私的短歌だと総括しておられます。口語短歌は伝統的短歌と同様に私性を表現する短歌だということです。ただそれが〝極私〟であることで大きな変化が起こっています。口語短歌は私の思想や感情がストレートに表現された短歌ではないわけです。

 

 極私は私の自我意識が小さくなり希薄化した状態のことです。そのため「私はこう思う」「私はこう感じる」といった露骨な私的表現は少なくなり希薄な私の自我意識がふと捉えた写生表現が多くなります。希薄とはいえ私の自我意識のフィルターを通った写生ですからそれは少なくとも〝私のツボにはまる〟描写です。ただあまりに微細な表現になるとほとんどツイッターの呟きと変わらなくなってしまう。その手軽さが多くの若い歌人に口語短歌が支持されている理由でもあるわけですが年長歌人からの批判の的にもなっています。

 

 年長歌人は口語短歌について「短歌は私を詠うものだが私が見えない」といった批判を繰り返しています。図式的に言えば最も私らしい極私を表現しているはずの口語短歌歌人がそれに反発するのは当然です。ただ文学の世界ではいつもそうですがどちらかの主張が正しいとは言えません。新興口語短歌と伝統短歌は統合されてゆくはずです。今はその通路がまだはっきりしない時期だということです。

 

 口語短歌歌人の伝統歌人の批判に対する感情的反発はかえって短歌という狭い枠組みに精神を閉じ込められてしまう危険性を持っています。いささか意固地になって〝極私的ツボ〟を微細にすればするほど文学作品としての汎用性を失ってゆくのは当然のことです。極端にまで達した私は他者の共感を得られないからです。ですが伝統短歌にすり寄れば口語短歌の特質が失われてしまう。口語短歌の新しさをそこなわずにそれをどう新たな短歌文学として活かしてゆくのかが最も重要な問題です。

 

 口語短歌は私的表現であると同時に新たな写生表現でもあります。この写生は従来の写生短歌のように私が外界(世界)を客体的に捉えて描写するものではありません。すべて私の内面であるがゆえにかえって私性が客体化される。日常言語を使った表現ですから外界客観写生と紙一重に見えることもありますが本質的に違います。簡単に言えば人間の広大で無限の内面無意識領域を含めた表現になり得る可能性があります。

 

 ただこの口語短歌の可能性は大局的に言えば短歌文学の特徴に沿ったものでもあります。『万葉』から『古今』『新古今』への歌の変化は客観から主観(私的)表現の獲得だと捉えることができます。それが他者との衝突や齟齬に悩む人間の描写である物語文学を生んでいったわけです。鎌倉時代になると詳細な内面描写は物語の方が適しているので歌と物語との分かれがじょじょに進行してゆきます。

 

 一方で必ずしも私性表現に基づかない抽象観念を求める志向が生まれ禅的心性の普及とともに室町時代に入って短歌の七七を省いた俳句が成立します。子規-虚子の写生俳句が現在に至るまで俳句の基本であることからもわかるように俳句は純客観表現を基礎とします。短歌のように作家性を前面に押し出すことは本質的になく俳人集団つまり俳壇的総合努力によって理想の俳句を追い求めるのが俳句文学の特徴です。

 

 つまり短歌文学は物語(小説)と俳句(純客観表現)の両方をその基層に持っています。この短歌文学から自然発生的に口語短歌が生まれて来たのは興味深いことです。現代では人間の心理描写を中心とする小説文学も客観描写によって抽象観念を表現しようとする俳句文学も行き詰まりを見せています。そんな中で口語短歌が新たなムーブメントとして小説や俳句にも広汎な影響を与えてゆく可能性は十分にあります。

 

 俳壇と同様に歌壇には結社が出版する結社誌があります。商業出版は「角川短歌」「短歌研究」「NHK短歌」などが刊行されています。結社の多くは必ずしもその伝統(歌風)に忠実ではない口語短歌歌人を多く抱えています。商業歌誌は商業句誌と同様に初心者指導がメインではありますが美点は風通しがいいことです。自社雑誌いっぺんとうではなく他誌の動向に敏感です。それはベテラン歌人と若手歌人の関係でも言えます。無所属であろうと口語歌人であろうとベテラン歌人はその動向にアンテナを張り巡らせています。俳壇の結社主義的息苦しさや自由詩壇のほぼ完全に詩の実作者=読者になってしまった孤立集落的衰退と比べれば歌壇は活気があり風土的にも恵まれています。

 

 金魚屋の歌誌批評では詩の世界はもちろん文学界全体に影響を与えられる可能性のある口語短歌の動向を典型的な二十一世紀的文学アポリアとして注目します。またそれによって必然的に伝統短歌を含めた短歌全体の特質を探ることができると考えます。前衛俳人の高柳重信は「前衛俳句という俳句はないし伝統俳句という俳句はない。俳句は俳句だ」と書きました。同じことが短歌にも言えます。前衛運動は新しさを探究すると同時に伝統的基層につながっていなければならないということです。

 

 いずれにせよ短歌は久しぶりに文学界全体の注目を浴びることができる時期に差し掛かっていると思います。短歌界のリベラルな風土を存分に活かした大胆で繊細な実作と批評が成果を上げることを期待します。

高島秋穂

 

 

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