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 文学になぜジャンルがあるのかは真剣に考えてみた方がいいテーマでしょうね。作家はだいたい青春期くらいまでにあるジャンルに魅了されます。もちろん石川啄木のように新体詩(自由詩)から始まり小説家を志したにもかかわらず短歌でその歴史に不朽の名を残した作家もいます。志とは別に短歌が一番啄木の資質に合っていたのだとは言えるでしょうがマルチジャンル的に創作に手を染めたことがプラスに働いた面はあります。

 

 啄木短歌の特徴は私性と抒情ですがその露骨と言っていいほどのストレートな表現は同時代の人気作家・若山牧水や吉井勇らを遙かに超えます。啄木短歌は今で言う口語短歌に相当するような平明短歌だったわけですが必ずしもわかりやすいから人々に愛唱されたわけではなく短歌の本質がはっきり表現されている作品だから愛されたわけです。他ジャンルの創作経験から短歌の特徴をざっくり捉えていたとも言えます。

 

 どの文学ジャンルでも新しいムーブメントは必ず一種の掟破りから始まります。ただ単にルールを破るだけではダメなのです。アンチではなく新しい何かを肯定的に表現していなければムーブメントとして認められません。掟を破る時は掟の本質を重々理解した上で〝あえて〟それを無視してそんなものを重宝しなくても本質は表現できることを示さなければなりません。

 

 作家がある文学ジャンルに魅了されるのはそのジャンルに無限の表現可能性を感じたからだと言えます。若い作家がベテランたちが思いつかない作品を作ることができる理由もここにあります。ただある程度年齢を重ね作品でキャリアを積み重ねてゆけば相当に工夫を凝らさない限り一つのジャンルですべてを表現できないことに気づかなければなりません。

 

 この場合の選択肢は二つです。一つはもちろん他ジャンルの表現を試みてみることです。もう一つは若い頃とは質の違う前衛的冒険をすることです。若さゆえの表現は〝天才〟と賞賛されることもありますがそれはたまたまという意味でもあります。年を取ってからの冒険が成功すればいわゆる〝大家〟と呼ばれるでしょうね。

 

 こういった社会的評価はあるジャンルを本当に愛する作家にとってはどうでもいいことでしょうが同じことを繰り返す作家ほどつまらないものはありません。近視眼的にあるジャンルしか見ておらずどう考えても無理のある創作や読解を繰り返す作家も同じです。変化が重要になるわけですがそれは文学ジャンルを相対化して捉えることからしか始まりません。

 

小池 一人称っていうかね、ここにいる我。我って書いてなくても我が出て、その我が何をしたか、何を思ったか、こうなったかという構造を、どうしても。俺に言わせれば。前衛短歌だって、大きな構造は同じなんだな。みんな、私がこうしました、こうしましたって作ってる。

大木 俳句はそうじゃないですものね。

小池 俳句は言葉自身って感じがするからね。我があっても無くても、言葉の組み合わせでぽんと出てきちゃうでしょ。だから俳句は言葉自身だし、短歌はやっぱしわが人生というか、わたしはこうやって生きているというものと切り離せないし、それが大きな違いだと私は思ってきたんだけど、どうだろう。

(小池光×大木あまり「対談 31文字の扉――詩歌句の未来を語る」)

 

 今号の「対談 31文字の扉――詩歌句の未来を語る」は歌人の小池光さんと俳人の大木あまりさんです。短歌は私性表現であり俳句は言語自身の表現だという小池さんの指摘は両文学ジャンルの特徴を正確に捉えています。俳句は言語的抽象によって私性を超えた(無化)したある本質を表現する文学ジャンルだと言ってもいいかと思います。ちょっと冗談めいて聞こえるかもしれませんが短歌は『百人一首』でいいですが俳句だとなんだか据わりが悪い。たとえば『平成百句』(百人の俳人による)とした方がすんなり来るように思います。作家より俳句の方が優先されるのです。

 

 こんなことを言うと申し訳ないですが俳人は驚くほど俳句に熱心で結社や同人誌も星の数ほどありますが事実としてお互いに非常に仲が悪い。傍目にはどうしてこんなに俳句を愛している人たちがここまでいがみ合うのだろうかと思ってしまいます。その理由は作家同士の強い自我意識が衝突するからでは必ずしもありません。むしろその逆です。

 

 俳人にとっては常に私より俳句が優先されます。つまりまず理想と措定される俳句像がありそれに接近するために俳人は努力するわけです。多くの俳人が前衛俳句に反発した理由もここにあります。意味内容的な自我意識表現はもちろん多行という個性を前面に出した句形も本質的に無個性の理想俳句像に合致しないと捉えられたのです。

 

 すべての俳人は言語的抽象表現である理想俳句像を理解・共有しています。全俳人にとって(理想)俳句(像)は無条件の愛の対象です。だけどそこでは個性(自我意識)を存分に発揮できない。だから形而下の結社的つばぜり合いの形で俳人の自我意識がガス抜き解消されているとも言えます。そういう意味ではいわゆる俳壇政治は俳句固有の不可避のタックスかもしれません。ほかのどのジャンルでも俳壇のようなつばぜり合いはありません。

 

 本題に戻れば短歌文学は個性(私的表現)に寛容です。短歌にも結社ごとの歌風はありますが強い意志を持って一家を為している歌人を排除しようとすることはまずないです。それは現代の口語短歌に至るまでそうです。俳壇では結社無所属はほとんど致命的な足枷となりかねませんが歌壇ではそこまでのハンディではないですね。ただ個性=私性を重視すればするほど短歌という文学ジャンル――伝統的詩型の本質――をどう捉えているのかが問われることになります。短歌はまったく自由な表現形態ではないわけです。

 

ゑのころが揺れて忘れたのだらうといふおもはぬは同じことだが

坂下の雨をここまでもちあげてきた傘はもうのこしていかう

さつき降つてゐた雨のちかくまで来てゐたものに気がつかなかつた

やおらといふおもむきがいい鴉のことだといへば横をむいたが

三つあればひとつくらゐにはかかはつてゐるかうなるまでのながれ

なにもなあふなむしの食べるものなんかに数へなくてもよからうに

あけてしまつた穴は目にするとしてそのうへ口などとんでもない

さうかこの軍服がみえてゐないか王さまはうれしくなりました

あしひきの山鳥が踏んだのはまつぼつくりではなかつたのでした

ひとつひとつがすこしととのへあふだけの位置どりで鴉が降りる

沈んだところのふたつてまへまではみづ切り石もその気だつた

床に弾んだふうせんかづらの種のことでもうあたまはいつぱい

キスケおまへひとりでやつてみたら繋いでゐるから手はつかへない

なにも慌ててしんがりにつかなくてもわかつてゐるこのさきも雨

用のすんだものからゐなくなつて大きさでいへば雀の時間

どこまでがここなのだらうゑのころが笑つてゐて話はそこまで

平井弘「キスケ」連作より

 

 平井弘さんは昭和十一年(一九三六年)生まれのベテラン歌人です。処女歌集から独自の歌風で知られますがその作品は高く評価されています。上梓した歌集は少ないのですがその沈黙も含めて評価されている珍しい歌人でもあります。読めばすぐわかるように口語短歌に非常に近い作品です。違いは平井さんが歴史的仮名遣いを使っておられることです。それは恐らく作家の意志に基づく選択です。ただ口語短歌と同様に平井さんの作品が極私的短歌であるのは確かです。

 

 穂村弘さんが指摘されたように口語短歌は千四百年の伝統を担う大文字の歌=私という枠組みを外して現代の日常を生きる極私的な私を表現しようとする試みだと言えます。それは伝統的短歌と大きく異なって見えますが私性表現を中核にしているのは同じです。問題は極私と短歌形式とのバランスです。

 

 極私はつきつめれば他者には関わりのない本当に私的な呟きになってしまいます。そういった極端な試みもたくさん為されています。しかしそれでは短歌にならない。短歌の私性は抽象化されて人間全般の私性にまで昇華されなければなりません。だから作品としての社会的価値を持つ。図式化すれば極私から普遍的私性への昇華を可能にするのが短歌形式です。私的表現と短歌形式の関係は相関的であり両者は不可分です。

 

 平井さんはまず歴史的仮名遣いによって作家の意志として短歌伝統に繋がろうとしているのだと言えるでしょうね。また平井さん的な極私の表現方法は安定しています。〝私〟の表現であることがあまりにも大前提となりそれを突き抜けるような形で私性が希薄化しています。その希薄化した私性がそこに入り込んで来る様々な外界事象(世界の諸相)の中から普遍に連なるような瞬間を捉えています。考えさせられる優れた試みです。

高嶋秋穂

 

 

 

 

■ 小池光さんの本 ■

 

■ 大木あまりさんの本 ■

 

■ 平井弘さんの本 ■

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■