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『Robert Coutelas 1930-1985』(エクリ)より

 

 

 ちょうど去年の今頃ロベール・クートラスについて書いた。というかクートラスについて書くのは今回で三度目だ。最初に見た渋谷の松濤美術館での展覧会は衝撃的だった。大学生の頃から美術館には通っているが、あんなにはっきり魅了された美術家はクートラスが初めてだった。どうしてもこの作家の作品を手元に置きたいと思った。もう半世紀以上も生きていてそんな体験は初めてだったから、今後もそうは起こらないだろう。

 

 もちろん絵と音楽は感覚的な要素が多いので、好みは人それぞれである。少し暗めの照明の松濤美術館でクートラス作品に接した時、僕は彼のアトリエの中にいるような気がした。その空間はものすごく居心地がよかった。クートラスは作品を作りそれを売ることを職業としたプロの画家である。しかし彼は人に作品を見せたい、見られたいというごく普通の欲望を抱きながら、どうしようもなく内側に閉じていった画家だ。

 

 クートラスにはそうしなければならない必然性があったわけだが、その理由を僕たちがおぼろげに理解した時、彼はもうこの世にいなかった。五十五歳で亡くなったので現代の感覚では若死にかもしれないが、長生きしても同じだったろう。生きている間にクートラスの絵の評価は上がっただろうが、彼は相変わらず不可解で理不尽な駄々をこね、周囲の人たちを困らせながらその内向の必然性を守り抜こうとしたと思う。

 

 クートラスは魔法使いだ。手に触れるものすべてを魅力ある美術作品に変えてしまう。ヨーロッパの魔女はたいてい黒ずくめである。その力を利用すれば誰もが羨む富貴になれるのに、人目を避け、質素な暮らしをしている。その力は神に近いが、神と違うのは人間の中にある聖性だけでなく、暗黒面をも炙り出してしまうことにある。魔女が好むのはガラクタ、そうでなければ美と権力の象徴だ。木の葉を金貨に変え、美青年の王子様を醜い蛙に変えてしまう。

 

 ただ魔法が解けるのは物語の付け足しに過ぎない。無価値な木の葉が本物の金貨になり、美男の王子様が決して触れたくない本物のグロテスクな蛙になってしまうから人は驚き、怖れるのだそして魔女は人間たちに懇願されるまで、たいていは自分がかけた魔法のことを忘れている。なぜか。貧と富貴、美と醜が魔女にとっては等価だからだ。それが世界の本質である。『マクベス』の冒頭で魔女たちは「きれいはきたない、きたないはきれい」と歌うように言う。

 

 現世的絶対規範が崩壊してしまったことで、あわてふためく人間たちを魔女は嗤っている。しかしその姿にショックを受けてもいるだろう。魔女はこの世に居場所がない。秩序の攪乱者として現世から追放される。だが子どもたちだけはいつも魔女の仲間だ。子どもたちはいずれ人間世界に戻らなければならないと知りながら、消えゆく魔女の姿を振り返り魔力の本質をおぼろに心に刻みつける。

 

 クートラスの包括受遺者の岸真理子・モリア氏と関係者の尽力で、この一年に限ってもクートラスを巡る動きは活発だった。現段階でのクートラスの総作品目録(レゾネ)である二巻本の分厚い『Robert Coutelas 1930-1985』(エクリ)が刊行された。序文で岸氏は「画家は生前、散逸させたくない自らの作品を集めて「リザーブ」と称し、自分のためのコレクションとしていた。本書は、カルト、グァッシュ、油彩画のリザーブ作品を全て収録した」と書いておられる。レゾネは順次増補されてゆくだろうが、わたしたちはようやくクートラスの全貌を一覧できるようになったのである。

 

 このレゾネの刊行に合わせてベルナール・ビュッフェ美術館で『ロベール・クートラス 僕は小さな黄金の手を探す』展が開催された(二〇一六年三月十二日から八月三十日)。展覧会は好評で会期が延長されたようだ。現在は京都の大山崎山荘美術館に場所を移して同じ内容の展覧会が開催されている(二〇一六年十二月十七日から二〇一七年三月十二日)。この展覧会の内容はレゾネよりハンディな『ロベール・クートラス Robert Coutelas 僕は小さな黄金の手を探す』(NOHARA)として刊行されている。また今年の九月十七日から十月二日まで、東京麻布台の画廊Gallery SUで『ロベール・クートラスの屋根裏展覧会』が開催され、同名タイトルの小冊子も刊行された(エクリ刊)。

 

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『無題』

縦五〇・五×横三〇・五センチ 紙にグァッシュ 一九八〇年代か

 

 『ロベール・クートラスの屋根裏展覧会』に出品されていた一枚の絵に強い衝撃を受けた。この作品を見て、「これは絵ではない。文字が書いてあるじゃないか」と言う人もいるだろう。しかしこれは絵なのである。最もクートラスらしい絵画作品の一つだと言っていい。なぜならこの作品に書かれている文字は読めないからだ。いわゆるミミズ文字である。クートラスは蚤の市などで出回っている古文書を見てこの絵を〝描いた〟。「古文書を買うお金がないから作ったんだ」と画家は言うだろうが、この絵は模倣を超えている。

 

 どうしても平凡な言い方になってしまうが、この絵は世の中に溢れている古文書の極度の抽象だ。古文書はハンドライティングで古語で書かれている。ほとんど読み解けないのは日本でもフランスでも同じである。もちろん多くの人は文字の意味を知りたいと思う。しかしたいていは借金の証文や会計報告などのつまらない文章である。だが人は必ず読めない文字を読もうと一度は試みる。もしかすると自分が知らない世界の神秘や真理がそこに書かれているのではないかと期待するからである。

 

 クートラスの古文書絵画は、こうあって欲しい、こうあるべきだと画家が願った理想の古文書の絵画イメージである。卑俗から聖に至るまでの何かが書かれている古文書の美しさが、極度に抽象化されて表現されている。それは画家という、線と色と形で自らを表現する創作者独自の思想を表している。こういった形で文字表現を超えた画家の作品を僕は初めて見た。

 

 またこの古文書絵画が美しいのは、クートラスと作品との間に距離があるからだ。それは中途半端な思考によって生み出された絵ではない。これも平凡な言い方になってしまうが何かが〝降りて〟来なければこういう作品は描けない。それが感受できればクートラスの魔術の一端がよく理解できるはずである。

 

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『ロベール・クートラスの屋根裏展覧会』(エクリ)より

 

 『ロベール・クートラスの屋根裏展覧会』に展示されていた、ワインのコルク栓を使った彫刻と、錆びた空き缶を切って作った彫刻である。缶の方は口を開けて笑う悪魔の姿かもしれない。クートラスはゴミを美術に変える。いったんクートラスが手を加えたゴミは強い魅力を放って、もうずっと前から世の中に存在していたかのような存在感を放つ。これらの小品が机の上に乗っていて、何気なく目に入るとクートラスでなくても嬉しい。物と美の本質がなんとなくわかるからだ。

 

 ただそれを仕事とし、現世のアート界の掟に従って換金しようとすれば様々な困難が待ち受ける。このような作品が〝売れる〟のはよほどの大家になった時だけである。また大家と認知されれば、アート界はこのような細々とした手仕事の時間を画家に与えてくれないだろう。クートラスの古文書絵画も、友人が拾ってきたパリの街角に捨てられていたポスターの束をもらい受け、その裏側に描かれている。

 

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『無題』

縦六五×横九二センチ 油彩 一九六九年頃か

『Robert Coutelas 1930-1985』(エクリ)より

 

 クートラスは一九五九年から六二年、六八年から七二年の七年間だけ画廊と契約して仕事をした。画廊は「現代のユトリロ」や「第二のベルナール・ビュッフェ」というキャッチ・フレーズでクートラスを売り出したのだった。風景画が多いがそれらは〝ハレー彗星のように美しい〟と賞賛された。実際クートラスは売れっ子画家だった。岸氏が書いておられるようにこの時代の作品の多くはまだコレクターの手元にあり、すべてがレゾネに収録されているわけではない。ただこれらの風景画は確かに美しいが、無難な絵である。クートラスの最良の部分が表現された作品ではない。

 

 わたしたちは美術館で奇妙と言えば奇妙な前衛系の絵画を、各時代を代表する美術として鑑賞する。印象派だって発表当時は前衛だったのだ。しかしいつの時代でも一般に好まれるのは同時代で最も普通の絵だ。文学の世界ではいわゆる純文学が各時代を代表する作品になるが、現実にはどの時代でも大衆小説が圧倒的売上を誇っているのと同じである。

 

 画廊時代、絵のプロフェッショナルも含めて、多くの人がクートラスが後年明らかになるような実に奇妙な画家だとは気づいていなかった。またコレクターが好む絵を描けと言われれば、クートラスは簡単に描くことができた。しかしそれは彼の本意ではなかった。彼は自ら画廊との契約を打ち切ってしまう。生きていかなければならないから、金などいらないなどとは思っていなかっただろう。どうしても売り絵仕事が嫌で、自分の思うような絵を描きたいという無謀で意固地な決断だったのだと思う。

 

 画廊との契約を打ち切ってから、クートラスは少数のコレクターに絵を売りながら極貧の中で創作を続けてゆくことになった。クートラスほど優れた画家の作品が、ニューヨークと並ぶアートの中心であるパリで、多くの画商やコレクターの目をすり抜けてしまったのは不思議だが、必然でもあると思う。入り口が決定的に間違っていたのだ。

 

 クートラスは本質的に特殊な画家だ。最も先鋭な現代画家だと言っていい。しかしいわば大衆風景画家としてデビューして世に認められた。また彼の特殊さは一般的な現代アートとも質の違うものだった。クートラス作品には、現代絵画には多かれ少なかれあるコンセプチュアルな側面がひとかけらもない。前衛的に見えるかもしれないが、それはほとんど例のない古典的前衛だ。同時代の最も先鋭な美術を探している画商やコレクターでも、クートラス作品を理解するには時間がかかるだろう。(後半に続く)

鶴山裕司

 

 

 

 

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