月まで_07_cover_01「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに  その意味を理解したため」

「僕」は観念として世界に対峙する。孤独から滲む透明な抒情──。「僕」とは切り取られた世界そのものでもある。画像によって喚起されたペルソナ手法による、小原眞紀子の連作詩篇。 

by 小原眞紀子

 

 

 

 

 

吾輩は虎であるから

甲斐性がある

したがって本宅と妾宅をもつ

餌は二倍で

青年の憧れの的

ほら、あすこで

カメラを構える長髪の兄ちゃんだって

どちらが本宅かといえば

吾輩をトラちゃんと呼ぶ方である

先頃、夫を亡くした

美しい未亡人は最高級の肉缶を出す

通りを挟み

もう一方はブラウンシュガーなどと呼ぶ

(それはいったいいかなる味か)

若いが色黒のおかちめんこは

割引きの缶詰と食い残しを出す

そんなところに行かねばよいが

吾輩はトラである

イエネコとはわけが違う

こんな陽のあたる通りが

吾輩のほんとうの場所である

走り廻って寝そべると

とろとろ溶けてバターになる

(それはいったいいかなる味か)

ひどい雨の降る朝

不本意にも妾宅に留まり

おかちめんこがバタートーストに

吾輩を振ってかぶりつく

食べ残さないかと願うのである。

月まで_07_01

 

 

 

 

手先が器用だから

あなたに贈るブローチをつくろう

一枚ずつの白い空に

あなたのかなしみを凝らせて

花をひらく

手先が器用だから

芯にたいせつなものを埋め込む

口に出せない(観念)と

長い歳月を経た(情念)とで

迷ったら空けておく

手先が器用だから

あなたの渡る橋をつくろう

ミルクの入ったコップと

ブローチを持って

僕はあっちで待ってる

広がる野原の草の葉を

エメラルドに変えておく

一個ずつ金具を締めて

あなたの踏む足の一歩ずつが輝くように

手先が器用だから

いろいろな家をつくろう

青い丸屋根とか

苔むしたレンガの壁とか

ノッカーのある扉とか

僕はあなたを探してあるく

あなたがどこに暮らしているのか

僕にはわからないから

他の誰かが咲かせた

足もとの白い花を摘む

月まで_07_02

 

 

 

 

らんらんらん

僕は小部屋に独りぼっち

らんらんらん

ヘットフォンして口ずさむ

らんらんらん

頭を振って打ちつける

柱の角に☆が飛ぶ

僕は漫画の一コマで

吹き出しの中に独り言

それがどうにも思いつかない

あーあ

痛いッ

ひらめいた

どれもこれもが凡庸で

僕は頭を掻きむしる

昔むかしの文豪みたいに

らんらんらん

BGMが流れてくる

フィルムの上で

僕はあらゆるものになる

僕は何にもなりたくない

らんらんらん

そうやって指なんか差すなって

名前なんかないんだし

卵の殻をかぶって

ここで唄ってるだけ

とっくに割れて流れ出ている

白い透明な液体なだけ

でも君だって黄身にすぎないし

月まで_07_03

写真 星隆弘

 

* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月05日に更新されます。

 

 

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■ 小原眞紀子さんの本 ■

水の領分 メアリアンとマックイン

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■