「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに その意味を理解したため」
by 小原眞紀子
華
まるい頭をみっしり並べ
あんぐり口あけて
見上げている
宇宙の鍋底
焦げついて真っ黒である
ときどき火花が散る
わぁとどよめく
色のちがう火花が奔る
わぁとどよめく
飽かず見つめている
瞳に華をうつす
自分たちも
明日を待たず
闇に身を投げる
滔々と流れる大川は
天の川がいっぽん抜けた
ところで流れつく先は
鍋底である
憂き世に焦げついて
真っ黒になりながら
わぁとどよめく
もうひとつ火花が散る
宇宙のかぎりなさに
気づいた瞬間に果てる
まるで自分たちみたいだと
わぁとどよめく
そのとき鍋底が抜けて
どしゃぶりになる
踏みにじられる散華である
氷
僕は極北をめざす
空気が震えるところ
風が鳴るところ
水が青くなるところへ
どこまでも歩く
実りの田や
看板のある店先を抜けて
人に訊ねられれば
真っ直ぐに指差す
磁石の北は
じっと見つめると
平面の宙に浮く
さまよう世に
神の視線もおよぐ
北の海では
波が線をえがく
太くうねりながら
じょじょに細くなり
魚たちを釣り上げて
腕に抱える
神のことを考えると
僕は苦笑を禁じ得ない
白鬚とともに
鼻水が凍っている
くしゃみが出るくらいだから
ここはまだ世のなか
僕は極北をめざす
ひと掬いの水が立ち上がり
時がとまる場所へ
窓
君の瞳は雲を浮かべ
僕を見る
木の影のように
棚の隅のインク壺のように
その姿は映らない
僕は透きとおった闇であり
それゆえ辛うじて
意味の痕跡がある
ここに、と背中を指差すと
君は目を凝らし
同じね、と呟く
この世のすべての事物と
そうして本を読みはじめる
闇の奥で眼を見開いて
僕はそっと足を踏み出す
出て行ったところで
誰も気づきはしない
この世からいなくなっても
誰も咎めはしない
ただの暗い部屋だから
窓の外で声がする
僕を呼ぶのは
波うつ光が描く
たったひとつの文字
耳もとで囁かれる意味
ちょっと振り返ると
君は話している
闇のなかで
僕と見分けのつかない誰かさんと
写真 星隆弘
* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月05日に更新されます。
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