侠飯〜おとこめし〜

テレビ東京

金曜 0:12

No.134_TVドラマ批評_01

 

 

 テレビ東京の十八番、B級グルメ情報番組である。今回は設定がちょっと凝っていて、ダメ男な大学生がヤクザの抗争に巻き込まれ、彼をかばった任侠の一人を自分の部屋に匿うはめになる。その弟分に、しゃべったら殺すと脅され、仕方なく同居生活を続けるうち、清潔で栄養豊かな暮らしを強いられる、というストーリーだ。

 

 ヒット作『孤独のグルメ』の路線ではあるが、そのためか予算がついた感じで、冒頭のヤクザの銃での抗争シーンなど、車同士ぶつけたりしているのでびっくりした。予算がつくととたんにダメになる映像作品もあるが、これはそうではなかった。冒頭で予算は全部、使い果たしたのかもしれないが、それも賢明なことだ。

 

 そして多少の予算のあるなしにかかわらず、ようはタイトルとコンセプトを見ただけで、テレビ東京のカタにハマってるかどうか、すぐわかるのである。これは微妙なもので、あの『なんでも鑑定団』的なものがが他局だとやっぱり、というのと同じだ。たぶん、そこに追加するちょっと余分な調味料がすべてを台無しにするのだろうが、それが必ずしも予算というわけではない、とはっきりした。

 

 つまり予算は結果に過ぎず、それを与えられるのに何と引き換えにしているか、ということかもしれない。任侠というのは、後ろ暗いものである。「あなたはいいヤクザなんですよね。だって僕をかばってくれた」という大学生に、「いいヤクザなんているものか」と兄キは答える。しかしたとえば日テレのゴールデンに流すのに、実質的な主人公は少なくともいいヤクザでなくてはなるまい。

 

 それを欺瞞だと感じる正気があるなら、その企画は中止するしかないのだ。任侠は陽のあたるところへは出られない。それは掟だ。承知で引き受ける覚悟がなければ、手を出すべきではない。このドラマはコメディだけれど、任侠の後ろ暗さをおちゃらかして無視しようとしてはいない。だから観るに耐える。この認識ゆえに、この路線はテレビ東京の独壇場になるわけである。

 

 『孤独のグルメ』のヒットも、何ら係累を持たない男が、ただ自分のエゴと食欲にまかせてものを食らうという後ろ暗さを、いっさいエクスキューズを付けずに晒したというところにある。恋愛や友情、社会的なストーリーは前振りで、実生活でも強いられる付き合いにすぎない。

 

 これらに漫画の原作があることは、何も気にならない。オリジナリティの幻想もそこにはないからで、ゴールデンのラブストーリーのように漫画のキャラとの比較だの、漫画をなぞる演技の可否だのは意識にのぼらない。ただ、大学生の醜いダメ男ぶりがあっぱれで、この思い切りのよさはなかなか、他局のゴールデンなどでは難しい。テレビ映えのする救いを付け足しでもすれば、本当に“ドラマ”になってしまう。

 

 ヤクザ屋さんの作る残り物料理のレシピは繊細で、とても美味しそうで、一番の目的にはなるわけだが、それ以外に視聴者が見ているのは、後ろ暗い愉しみをそのままにする、というコンセンサスである気がする。そこにはハンパなオリジナリティの代わりに、ドラマ制作者の批判意識と知性があるからだ。

田山了一

 

 

 

 

■ 原作者・福澤徹三さんの本 ■

侠飯 (文春文庫) 死に金 侠飯 (文春文庫)

 

 

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