99.9 刑事専門弁護士

TBS

日曜 21:00

No.118_TVドラマ批評_01

 

 

 数字が高いようだ。フジの「OUR HOUSE」苦戦の原因のひとつとされている。あちらは W 主演が空振りしたかたちだが、魅力が複数用意されているのは決して悪いことではない。それがうまく機能するときとしないときというのに、どんな相違があるのか、考えてしまう。

 

 高視聴率に寄与したのが主演とされる松潤なのか、主役殺しと呼ばれる香川照之なのか、双方のファンが互いに譲らないわけだが、当然のことながら、その双方が同等に寄与している。なぜなら、松潤のファンでも香川照之のファンでもない視聴者を取り込まなければ、高い数字は出ないのだ。どんな出演者にも熱心なファンはいて、それをかき集めたものが最低の数字となる。

 

 松潤が誰か、香川照之が誰かすら知らない視聴者が最後まで観るに耐える、そして来週も観ようと思い、実際に観る。そこまでの動機付けをさせるものは、つまり脚本である。どんな素晴らしい役者も、退屈な脚本を救えるのは一瞬の表情くらいだし、どんな大根役者だって、面白い脚本に一切感応せず、めちゃくちゃにしてしまうほどの破壊力は持ち得ない。

 

 言ってみれば大根役者とは、役者を大根にしてしまう脚本にしか出会ってこなかった役者、とも言える。役者本人がどのように感応するかを見込んでゆくのがキャスティングというものだし、それを考えればキャスティングも含めての脚本の良し悪しがドラマの趨勢を決める。

 

 にもかかわらず、我々は何かというとその功罪を役者に負わせたがる。それは一種の、我々の趣味なのだ、と思う。戦犯として責め立てているときでさえ、我々はあなたに注目している、あなたは華そのもので、我々はあなたのファンなのだ、と言っているに過ぎない。「OUR HOUSE」の数字低迷にしても、「たった11歳の芦田愛菜のせいなわけないだろう」などと言われるよりずっといいはずだ。

 

 そして華そのものという意味で、松潤はいつも決して悪くない。たとえば同じジャニーズの岡田准一の演技力は素晴らしくて、おそらくその副産物として奇妙に華がない。松潤は大根なんだか何なんだかよくわからないけれど、いつも本当に華がある。華見てりゃいいか、と思わせる。

 

 だから、松潤を素晴らしい演技力のある役者と組ませるというのは、大正解なのだ。松潤は食われない。松潤を見るとき、我々は演技力を見ているのではない。華を見ている。そこにそういうものがいる限り、リアリティがないとも言わせない。そして素晴らしい役者の演技もまた、ひどく映える。

 

 そしてこのドラマに、特に誰のファンでもない我々がつい観入るのは、華と演技派という分業化されたようでもある役割に、それだけではない、はみ出しと感応が見い出せるからだ。香川照之の演技は紋切り型の悪役のときと違い、自らこそが主役であるかのような伸びやかさ、自然さが見られるし、松潤の表情はその雰囲気を受けてか、確かに繊細さを加えている。ストーリー以上に、そこがスリリングである。

田山了一

 

 

 

 

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