オール讀物_No.018_01

 

 

 四月号の巻頭は、「オール」様初登場の柳広司先生よ。『挙匪(ボクサーズ)』や『ジョーカー・ゲーム』などで有名な売れっ子作家先生ですわ。「オール」様にはそこはかとなく作家様の序列がござーますの。やっぱり浅田次郎先生や平岩弓枝先生、夢枕獏先生といった実績ある大先生は、巻頭か巻末ということがおおございますわね。「オール」様から活躍を期待されている新人作家先生も巻頭にお作品が置かれたりしますの。

 

 作家様って、朝起きて会社に行かなくていいお気楽な商売に見えますけど、そんなことはございませんわね。売れる作品を書けなければ、本が出なくなるのはもちろん、原稿依頼もなくなります。ある意味サラリーマンの方が安定しているかもしれませんわよ。さらにそこそこ売れる、かなり売れる、ちょ~売れる作家様という序列が付きまとうわけね。人間の世界、甘くございませんことよ。どこまで行っても競争よ。

 

 嘘だろう・・・・・・。

 新開純平(しんかいじゅんぺい)は自分の目が信じられなかった。

 巨大な原発建屋(たてや)の上半分が吹き飛んでいた。(中略)

 頭の中で女の声が聞こえた。

 

 するとオオカミがやってきて、こう言いました。

 「子ブタくん、子ブタくん、おれを入れておくれ」

 「いやだよ、いやだよ。そんなこと、とん、とん、とんでもないよ」

 「そんなら、おれは、フッとふいて、プッとふいて、この家、ふきたおしちゃうぞ!」

 そういって、オオカミはフッとふいて、プッとふき、ワラでつくった家をふきたおして、子ブタを食べてしまいました。

 

 童話を読む女の声に聞き入っていた純平は、脇をつつかれてはっと我に返った。

 振り向くと、白い防護服姿の男がすぐそばに立っていた。

 全身を覆う白い防護服。頭からフードをすっぽりとかぶり、巨大なゴーグルと防毒マスク。背中には酸素ボンベを背負っている。まるでSF映画に出てくる宇宙服のようだ。

 相手のゴーグルの表面に純平の姿が映っていた。相手とそっくりそのまま、同じ恰好をした純平の姿が。

(『道成寺』柳広司)

 

 柳先生の「オール様」初登場作品は、読み切り短篇という制約もあるのでしょうが、先生お得意のミステリー仕立てではございません。福島第一原発事故をテーマとしています。原発の下請け会社で働く新開純平(しんかいじゅんぺい)という青年が主人公です。震災当日も原発で働いていたのですが、いったん待避した後、親方の頼みで原発に戻ります。状況は刻々と悪くなり、ついに圧力開放弁を手動で開ける決死隊が組まれます。純平はその一人に選ばれたのでした。

 

 「子ブタくん、子ブタくん、おれを入れておくれ」という童話を読む女の声を思い出したのは、純平が錯乱したからではありません。純平は地元のスナックで奈美子という女性と知り合い、半同棲生活を送っていました。奈美子は読書好きで、本棚にはたくさんの本がありました。その中に童話があり、知り合って間もない純平は、これ声に出して読んでと言って一冊の童話を差し出したのです。言うまでもなく『三匹の子豚』です。原発事故と関係あるような、ないような挿話ですが、絶対安全だと言われていた原発は、オオカミの一息(津波)で脆くも破壊されてしまったということを表現なさりたかったのでしょうね。

 

 ただ決死隊に選ばれた時点での純平は、奈美子と別れてしまっています。奈美子は純平と深い仲になるにつれ、原発は本当に安全なのかとしつこく言いつのり、それに我慢できなくなった純平が、つい手をあげてしまったのです。愛情ゆえの心配ですから、単なる痴話喧嘩で済むだろうと思い、純平は連絡しませんでした。しかし三日ほど経って純平がアパートを訪ねると、奈美子は転居した後でした。もちろん行き先は誰にもわかりません。「強い地震が東北地方を襲ったのは、奈美子が姿を消して二週間後のことだった」とあります。ある意味勘のいい女性ですね。

 

 「奈美子、最近お前変だよ」

 純平は顔をしかめ、思い切って切り出した。

 「いい加減、やめろよな。なんでいつも、そんな辛気臭(しんきくさ)い話ばっかするかな。あーあ。これだから、よその人間はやっぱり付き合いづれえよな」

 「よその人間? 付き合いづらいって、あたしのこと?」

 奈美子が疑わしげに目を細め、純平をまっすぐに見つめて尋ねた。

 純平は迷ったものの、この際はっきり言っておこうと思った。

 「あのさ、この町に長く住むつもりなら、冗談でも、酒の上の話でも、原発が危険なんて話はしないの。事故が起きたら、なんて。頼むよ。そんなくだらないこと、間違ってもよそで言うなよな」

 「なによ、くだらないことって!」

 奈美子が急に血相を変えて詰め寄ってきた。

(同)

 

 このあたりのくだりが、柳先生の『道成寺』のクライマックスかもしれませんわ。原発の安全性については、八〇年代後半にかなり白熱した議論が交わされたことがあります。〝原発は絶対安全である〟という政府と東電の見解に対して、その理由を求める反原発側の識者たちがいたのです。政治家と官僚が答えられるはずもなく、東電の技術者の解答は「わたしたちの設計では絶対安全です」というものでした。だから安全設計基準を超えた災害が起こると「想定外だった」ということになるわけです。善し悪しは別として、技術的な見解としては筋が通っています。

 

 また原発のある地域が、原発によって生計を支えていたのも事実です。原発で働く以上、会社(技術者)が言う〝安全設計基準〟を信じなければ仕事になりません。原発で働いて長年給与をもらっているのだから、事故が起こっても、作業員の一人として職務をまっとうしようとした人が大勢いたのも確かです。それは知り合いに原発関係者がいればすぐにわかりますよね。自分の責任では必ずしもないのに、原発事故で責任を感じて沈黙している人々は多いのです。そういう人が身内に一人でもいると、なかなか声高に原発反対とは言えない。彼らの背後には家族があり、明日も続けなければならない生活があるからです。それが現実です。

 

 どうでもいいことですが、アテクシは原発反対です。でもアテクシが万が一日本のリーダーだったら、原発すべてを即時廃止するとは言わないでしょうね。事はそんなに簡単ではありません。何万人もの人が職を失い、破綻する自治体も出てきます。電力会社の株券が紙切れになれば、関連会社、持ち株会社の株も暴落します。原発政策は継続すると言いながら、じょじょに減らしてゆき、事態をソフトランディングさせる道を模索するでしょうね。現実は様々な要素が複雑に絡み合っています。常に確固たる未来のヴィジョンに立脚し続ける必要がありますが、一気に現実を変えるのは不可能です。

 

 純平は相変わらずベッドの上でテレビを見続けている。

 医師や看護師が代わる代わる病室に来て色々と検査をしていくが、それが現実のことなのかどうかさえ判然としなかった。

 

 「子ブタくん、子ブタくん、おれを入れておくれ」

 「いやだよ、いやだよ。そんなこと、とん、とん、とんでもないよ」

 

 耳元でまた、童話を読む女の声が聞こえる。

 何が現実なのか、何が嘘なのか、純平にはもはやわからなかった。

 ただ、波頭の上で踊る奈美子の姿だけがやけにリアルに感じられるばかりだ。

(同)

 

 ベント作業中に原子力建屋が吹き飛び、気がつくと純平は病院に収容されています。どうやら高濃度の放射能を浴びたようです。言いにくいですが柳先生の『道成寺』には、わたしたちが知らない情報は一切書かれていません。関連本やネットなどで調べれば入手できる情報ばかりです。ただ純平が、原発作業員として決死の覚悟で〝決死隊〟に参加したわけではないのは柳先生の見解でしょうね。もし純平に強い職業倫理があると描いたら、それは原発を巡るヒロイズム物語になってしまうからです。柳先生の見解は「何が現実なのか、何が嘘なのか、純平にはもはやわからなかった」という叙述にあると思います。要するにわからない。原発事故に対してなんらかの判断を下すことはできないということです。

 

 東日本大震災と原発事故から年月が経ち、その間にかなりの本数の関連小説を読んできました。でも納得できる、腑に落ちる作品にはまだ出会っていません。その間にも現実は容赦なく動いています。ビジネスのお話しになりますが、原発周辺地域でパチンコ屋や風俗業が空前の好景気になったことがあります。補償金が出たからです。またハイリスクですが、東電関連の宿泊施設として、原発周辺のホテルなどが利回り百パーセント以上で売りに出されたこともあります。もちろん東電との契約が終わればお仕舞いです。でもサブプライムローンと同じように、少しずつ値を上げながら、誰かがババを引くまで物件は転売されるのです。それが現実です。アテクシは個々の人間の倫理や友愛を深く信じますが、人間が束になり、マスとなって叫ぶ大文字の、非の打ち所のない主張は信用しませんわ。

佐藤知恵子

 

 

 

 

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