偏態パズル_第68回_cover_01偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。

論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。

by 三浦俊彦

 

 

 

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■  顔振峠というこの場所は偶然にも(と言っておくべきだろう)、あの超正統ビジュアル体質・袖村茂明の中学一年の時の遠足と同じ場所なのだった。ここにもまたおろち文化に対する「確率的・反人間原理的反論」がしばしば唱えられたが、これに対しては一言、首都圏日帰りに適した国立公園コースとして顔振峠はありふれた遠足スポットだったことを指摘すれば足りる。いずれにしても桑田康介のビジュアル体験はここに記述されたものに限られており、その豊富さにおいて袖村茂明とは比べるべくもない。桑田康介のビジュアル体験に先立つこと十何年前になるだろうか、袖村茂明の顔振峠遠足体験視覚編を記しておこう。むろん袖村であるから、顔振峠遠足においてもそれなりの袖村性を当然のように軽々表現しているのである【袖村の日記、および後年の印南哲治への「懺悔録」より再構成】。

 

 休憩の時間になにげなくみんなと離れて草むらっぽいところで寝そべっていると、足音がしました。もうこの頃にはこういう足音を聞いただけで「もしかして、またかよ……」的予感がありました。体質にはとっくに気づいていましたからね、15歳の時点での僕は。

 国語の白川ほなみ先生でした。ほなみは漢字思い出せないんですけどね、休み時間に教室でよく女子生徒と輪になって談笑している、男子から見ても性格よさそうな二十代の美人先生でした。細身のわりに頭が大きい、まあはっきりデカ顔なんですが、顔自体かなりレベル高いのでコミカルな感じもしない先生でした。

 それにしてもストレートが来てしまった、と思いました。

 このあたりですかね、「体質」を単に自覚するだけでなく運命的重荷に感じ始めたのは。

 案の定僕のほとんど鼻先で先生は立ち止まり、ああまたかよ感にエコーが被さりました。

 スカート姿以外見たことないほなみ先生が登山用トレッキングズボンなのがなんだか過剰防衛気味で萌えました。運命の重荷感を宥めるかのように場違いな萌え感覚がしゃしゃり出てきました。

 

偏態パズル_第68回_01

 

 ほなみ先生は遠くで騒いでいる生徒たちの方を伺いながら、茂みに腰を突っ込むように屈みました。ズボンを膝まで下ろしたほなみ先生の真っ白なパンツがなぜかうっすらと透かし模様になっていてそれがミッキーマウスなのがまた萌えてしまいました。萌えたがゆえにこそ僕はその場をなんとか離れたかったのですが、そう、わが体質の厭わしさは一時的例外的な萌えなどで買収できるものでないとわかっていたからで、そっと後ずさろうとする間もなくミッキーマウスのちょうど鼻から――ちょうど鼻がその位置ピンポイントなのがなかなかマニアックな既製品だな、まさかほなみ先生の手作りじゃないよなとつい見惚れたのを覚えていますが――ぶりりっ、ぶりりりっ、びりりりっと布が裂けたかと思うようなオナラ音が連射されました。

 結構鋭い音なのに妙にくぐもった、煮え切らないオナラばかりで、どうもほなみ先生がわざと体をひねって、不自然な格好でオナラをしているからなのでした。先生はずっと中腰のまま、半身を左右にねじっていたり、片足を高く上げていたり、横向きに空を仰いだり等々、思いっきりオナラをするには悪条件な恰好ばかりしているのです。わざと直腸を圧迫して、肛門も狭めて、小出し放出に努めているかのようでした。

 この自己妨害的な姿勢は謎でした。いま思えば、この謎に惹かれてつい見入ってしまったのが大失敗だったのです。

 悪姿勢ながらかなりのガス量が放出されたことは間違いない音量と継続時間だったため、少しずつ後ずさりながらも僕はそこそこの距離で止まってミッキーマウスの鼻がびりびり震えるのをますます真剣に見つめてしまいました。ガスいっぱい溜まってる感まんまんなのに、どうしてほなみ先生はいつまでたってもねじり姿勢で小出しにしているんだろう、と僕はちょっとイライラし始めました。蛇の生殺しっぽい、直腸蛇を締め上げてるっぽい、自己SMっぽい。スッキリ出してよ。もう軽く三十発以上はビーッ、ビリッ、プルルルッ、を続けていながら煮え切らない、決定打がない、数と量ばかり増えていって質的レベルが上がらない、僕はかなりかなーりフラストレーションに苛まれ始めました。

 我が体質を持て余していた僕がなぜこのとき「もっともっと」と催促したくなったのかは、三つ理由があります。

 ひとつは、やはりなんといっても腸内膨満度・腸内気圧のものすごさを暗示して余りあるガス腹ぶりにもかかわらずあえて小出し小出し小出しという生殺し方式はなぜだろうという好奇心。ふたつめは、小出し放屁が重なるにつれミッキーマウスの純白の丸鼻が少しずつクリーム色に染まりつつあるのが今や中距離視界においてもはっきり見て取れたこと。一発ごとにほんのわずかに色が濃くなってゆく有様が、純粋に視覚的に興味深かったのです。ただしその変色具合は、三十発以上塗り重ねてもまだ黄色というには程遠いほんの象牙色のシミ程度のもの、まったくわずかな変色なので、その微妙さがまことにデリケートで美しく、まばたきもできなかった次第なのです。はっきり覚えていますがその変色は、純粋にガスが染み付いたことによる変色に間違いなく、ミが出てしまったつまり液状便漏出によるものではありませんでした。なぜそんなことがわかるかというと、これは印南先生には釈迦に説法で恐縮ですが「ただわかる」ものなんですね。15歳時点で僕はこれ系ビジュアル体験を幾度となく被っていましたから、白布に固体付着した変色と気体性染色との違いは一目でわかりました。ただ「わかる」じゃなくて言葉でどう説明すればいいのかは印南先生にゆっくりご教示いただかねばならないところですが、「わかる」ことについてはおわかりいただけるかと。それにしてもあのときほなみ先生はけっこう派手に体をよじって動いていましたから、にもかかわらず僕の視界の中心にずっとミッキーマウスの口が見え続け純白の象牙色化がはっきり認識できたということは、覚えてませんが僕が無意識に自ら体を速やかに移動させて先生の動きについていったという証拠でしょう。

 

偏態パズル_第68回_02

 

 そうなのです。このときばかりは僕は自分の体質に乗ろうと思ったのです。乗ってやろうと思ったのです。これが三つめの、最も重要な理由と言うべきで、そうなんです、このとき僕はこう思ったんですね。

 「そうか、徹底的にガス色だし、さっきからガスばかりだし、こんだけ時間かけてガスだけなんだ。これはいい兆候かもしれない」と。つまりこういうことです、今日のビジュアル体験はちょっと違う。これだけ大掛かりになるともうとっくに現物がどさどさ出てくるのが常だがこれだけ手間暇かけてその気配なし。今日はオナラだけで済みそうだ。この不釣り合い、これはなにかある。これをじっくり浴びていれば、もうああいう現物ビジュアル体験は被らずにすむようになり、せいぜいガスどまりとなり、やがてうっとうしい目撃経験も薄れ消えてゆくに違いない、と。

 それで意識して腰を据えじっと見ることにしたのです。

 ほなみ先生は体をねじったり反ったりひとしきり高難度放屁絞り出しを続け焦らしてくれたあげく、体勢を立て直して、今度はまっすぐに腰を下ろす気配でした。

 (あ、普通に出しそうだ……)

 これで今までのフラストレーションが一気に解消される。気ッ持ちいいぞ……、僕は今までにない期待に胸躍らせました。

 ほなみ先生は腰を下ろしかけてちょっと静止し、きょろきょろ周りを見て、足場を探しているようでした。僕も、忌々しい目撃体質を今日限りで払拭するためだとばかり、匍匐前進でこっそりほなみ先生についていきました。

 先生は、岩石っぽい塊が二つちょうど跨げる間隔で並ぶ安息空間を見つけ、片足ずつ乗っけてしゃがみました。ほなみ先生の股関節の柔らかさのデモンストレーションであるかのようにお尻が足場より下に沈み、理想的なウンチングスタイルになっていました。ほなみ先生はいつのまにかミッキー透かしパンツは手に持って丸出し素尻を地面すれすれに、

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 いきむ声の直後にたっぷり十秒以上豪快に続く、期待に違わぬ大音量屁の連発でした。

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 「ふっ」ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 

偏態パズル_第68回_03

 

 いままでの無理姿勢から一転、理想的体勢を得た直腸と肛門が欣喜雀躍さぞ存分に開き、開きまくり、リラックス感の後光を背負ってありったけガスを放出しているほなみ先生の後ろ姿は超なごみました。今までセーブしていたタガが外れて、障害のなくなった直腸がガス全放出の快感に震えまくっているのが先生の肩の激しい上下を通じて見て取れました。

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ほなみ先生は途中から没入したようでいきみ声も発しなくなり、放屁に専念している感倍増、放屁音だけが規則的に同じ音程同じ持続時間で続くようになりました。見事なまでに一律な音響なので、僕はほれぼれと眺めていましたが、

 (あ、そうか)

 先ほどまでの執拗な小出し絞り出しの意味がこれでわかったのです。

 この音量です。

 あらかじめガス抜きせずに一気出ししていたら、草むらに隠れようがどうしようが生徒たちに聞かれずに済んだはずがありません。事実、後でクラスのみんなが「休憩時間のときイノシシが何度も吼えていたっぽい」と言い合っていたのですから。ガス抜き助走なしの「いきなり放屁」だったら、もろオナラであることがわかってしまうでしょう。その種の事案については中学生は犯人探しに熱心ですから、校内治安維持上、教師としていささか面倒なことになったに違いありません。その種中学生の琴線に触れるオナラ事件のタネを教師自らが蒔くわけにいかないというのはよくわかります。僕はそれを理解して、小出しフラストレーションの解除+小出しそのものの謎の解決というダブル解決状態に浸って(ああ……)目前のほなみ先生の生理的解放感に劣らずスッキリ体験、すっきりの共鳴感覚で昇天状態でした。(注)

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ブゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 ほなみ先生の尻直下の草がはじけ飛び、土肌がドリルで抉ったような穴になっていました。それほどの烈風だったのです。

 ほなみ先生のオナラは止まる気配がなく、さすがに僕も何か解釈をせずにはいられなくなりました。

 (ほなみ先生は、もしかしたら……ウンコしない体質ではないだろうか。食べたものは全部、ガス化して排泄する体質ではないか。きっとそうだ。そう考えないことにはこの常識外れのガス量は説明がつかない……)

 自分の目撃体質は、ほなみ先生という「ウンコレス・全ガス状排泄体質」という異次元レベルの超絶体質によって凌駕され、つぶされ、今日限り消えてなくなるのだ。

 

偏態パズル_第68回_04

 

 15歳にしては幼稚な妄想ですが、幻想的草むらの中でその時は本気でそう思ったのです。

 すごい。体質が体質によって圧倒され解除解放される。なにせウンコレスだ。この全編オナラ編をシメにようやく僕は忌まわしいウンコ目撃体質から脱却できるのだ、救われるのだと、転校間際のいじめられッ子のような解放感をも合わせてうっとりうっとり眺めていました。

 怒涛のスッキリ感覚の中でうっとり眺めていたのですが、

 (?)

 僕は硬直しました。

 ほなみ先生の――

 

 (注)あらかじめリアルタイムでフラストレーションが与えられて後に解放されるこの種のカタルシス効果は、おろち生理学で「ジュニア袖村効果」と呼ばれるが、フラストレーションが事後的に構成される逆向きカタルシス効果「袖村ジュニア効果」は意外と知られていない。この効果を見るにはDVD作品『エロい女のものすごい屁』(1113工房、KOBP-12)が最適である。多屁体質の田舎顔の24歳設定女がひたすら轟音放屁しまくるだけだが、スタッフの指示に従って横座り体勢やもたれかかり姿勢などの「一般にエロい」ポーズでの放屁シーンが続いたあげく、後半でようやくスタンダードな「正常位放屁」が出現する。ソファ二つにアーチまたがりをして尻を落とした和式ウンチング放屁。これが今までから一段アップした超轟音放屁なのであり、鑑賞者は「ああ、今までの放屁もスゴイと思って見ていたが、作為的姿勢をやめるとこうなるのか。直腸深奥部からストレートに出てくるのか。ナチュラル姿勢の放屁はすごいんだなあ……」改めて感動するという仕組みである。「ジュニア袖村効果」「袖村ジュニア効果」それぞれの用語の由来は、中学生袖村、および後に1113工房系映像監督の多くが当袖村発言の金妙塾記録に事後的に心酔した旨を語り「精神的子孫」を遡行自称したという経緯によっている。

(第68回 了)

 

* 『偏態パズル』は毎月16日と29日に更新されます。

 

 

 

 

 

 

 

天才児のための論理思考入門  下半身の論理学