オール讀物_No.013_01

 

 

 今月号のオール様の特集は「小説家になる方法」ですわ。オール様の場合、純文学誌のように過去に新人賞を受賞はしたけど作家としては半人前で、新人賞の下読みをしている作家様たちによる匿名新人賞受賞ノウハウ座談会ではなくって、過去にオール新人賞を受賞した作家様たちが作品を書いておられます。楽しみで大衆小説を読んでる読者が多い雑誌だから当たり前よね。でもオール様ですら、〝あなたも作家になれるかも〟という特集で読者を増やさなければならないのかしら。そういえば60歳以下の作家の応募は不可っていう小説賞もあったわねぇ。だけど作家様って、そんなになりたいあこがれの仕事なのかしら。

 

 少し前に谷輪洋一様が文学金魚で「デビューならデビューという取引きについて明文化する、その役割を文芸誌の文芸評論が担わされる」書いておられました。文芸誌が〝あなたも作家になれるかも〟と作家志望の方々を誘惑するなら、谷輪様がおっしゃるのは一つの筋道よね。新人発掘といっても正社員雇用して毎月お給料出すわけじゃなくて、完全出来高制のフリーランス契約ですわね。スキルを持つ外注スタッフを募集する場合、ビジネス界では書類審査とインタビューを行いますわ。どんな組織でも合否の内幕を全部公開することはできないですが、クライアント側は応募者様に、どういった職能(才能)を求めているのか伝達するのが普通よ。その点、文芸誌のリクルート基準はまだちょっと曖昧ね。

 

 ただ文学の世界がアテクシのいるビジネス界と同じ仕組みになれば話は簡単ね。文学作品(商品)の取引というビジネスですから、フランチャイズと同じで商品が売れなければ赤字分は当然作家様(自営業者)の債務よ。作家様は他人の労力とお金をあてにして、自分を長い目で育ててほしいなんて甘いことを言ってられなくなりますわね。結果を出せないで何度もチャンスを求めても、世の中そう甘くございませんことよ。そのかわりちょー売れっ子作家になれば、ビジネス界のヘッドハンティングと同じように次に本を出す契約を結ぶ際に、出版社様からインセンティブをいただきたいですわね。商取引ってそういうことよ。アメリカの出版エージェント制などはだいぶそれに近いわね。

 

 アテクシ、大衆小説誌に限りませんけど、新人作家様のお作品が大好きなのよ。まっさらな新人作家様もいらっしゃるし、何度も応募してようやく受賞された新人の方もいらっしゃるってことは、お作品と選評を読んでいればわかりますわ。でも芸能人といっしょでニューフェースには魅力があるの。もちろん作家様の場合、年齢や容姿は関係なくて、作品がすべてですけど。

 

 大衆作家様の場合、デビューしてしまうと時間をかけていい作品を一つ書くよりも、とにかく作品を次々量産して、その中から売れる本を生み出す筆力が求められますわ。だけどやっぱりデビュー作は特別ですの。とても強い圧がかかっていますわ。それが魅力なの。文芸誌が作家志望の方々に〝作家にしてあげる〟的な身振りするなら、〝月刊新人小説〟とかを創刊して欲しいわぁ。ほぼ全員新人の作品の雑誌よ。文学をビジネスと捉えるなら、もっと間口を広くして多彩な才能を求めなきゃダメよ。アテクシ、定期購読しますわ。

 

 ミシンを考え出したのは男かもしれないが、性根は女に違いない。

 そんなことを思ったのは、ミシンがつんのめるように急停止したときである。

 カレンダーに空白が目立つようになって、静子は内職を増やした。初めは単調さをやり過ごせればよかっただけなのだが、気づけば無心になってワイシャツを仕立てていた。

 日中、このところずっと内職一本である。(中略)

 ミシンは布を食んでいた。端を噛み、生地を三角に突っ張らせている。

 いかにも女の仕草だった。

(「花村凛子の傘」 榛野文美)

 

 今号は第94回オール讀物新人賞の発表があり、榛野文美先生の「花村凛子の傘」が受賞されました。時代設定はテレビがモノクロからカラーに切り替わる1970年代頃で、主人公の静子は30代後半の女優です。といっても売れっ子だったことはなく、元々は劇団の衣装係でした。公演直前に女優の一人が倒れ、ピンチヒッターで舞台に立ったのがきっかけで今も細々と女優業を続けています。静子に女優になりたいという秘めた思いがあったからですが、たまさか出た舞台の演技が好評だったからでもあります。ある意味運のいい女性ですわね。ただもう若くはない年齢に差しかかって、静子の女優業も転機をむかえています。このところは女優の仕事が入らず内職の毎日です。

 

 「ミシンを考え出したのは男かもしれないが、性根は女に違いない」という書き出しは、「花村凛子の傘」が女の物語であると同時に、男との関わりがテーマになることを鮮やかに示しておりますわ。静子には映画制作スタッフの年上の恋人・秀雄がいます。不倫関係ですから秀雄の妻のことも気になりますし、芸能界ではよくあることなのでしょうが、静子は秀雄が目をかけている若い女優との仲も疑っています。しかし静子は若い女のように騒ぎ立てたりしません。ミシンが布を噛んで止まってしまったように、静子もまた若さと中年の手前で立ち止まっています。仕事も恋愛も中途半端で、いずれなんらかの決断を迫られることがわかっているからです。静子にとって今は雨降りの時期で、雨宿りするための傘が必要なのです。もちろん雨はいつかあがります。

 

 どうすべきか迷った。しばらくのあいだ、傘を見つめていたのだと思う。沈黙のあと、花村凛子が先にあっと口を開いた。

 「もしかして、あなたの?」

 静子は迷いながらも頷いた。花村凛子は眉を八の字にした。

 「ごめんなさい」

 差し出された傘を静子が受け取ると、花村凛子は傘立てからもう一本、ベージュの傘を引き抜く。

 「駄目ね。疲れが目に出る歳になっちゃった」

(同)

 

 静子は女優業を始めた頃に、撮影所で大スターの花村凛子にばったり会います。雨の日で凛子は傘立ての前にいて、静子の傘を手にしていました。軽く挨拶した瞬間、静子の表情から凛子は傘を間違えてしまったことに気づきます。そこからたった一度の静子と凛子の短い立ち話しが始まります。凛子は静子が同じ女優業の女だと見抜き、「大事に、(女優を)お続けになるのよ」と言って去って行ったのでした。それ以来、静子は凛子が間違えた自分の傘を大事にしてきました。同じベージュ色ですが、凛子の傘は縁に刺繍がある外国製の高級傘のようでした。静子はもし女優として生きていくことができる日が来たら、凛子と同じような傘を買おうと思っていたのでした、しかしその大事な傘をなくしてしまいます。

 

 静子が傘をなくしたことを知った恋人の秀雄は、自分の傘を使えと言います。きちんと畳まれた折りたたみ傘で、静子はそこに妻の存在を感じます。静子の心はざわつきます。新しい傘を買うからと秀雄の傘を断りますが、デパートに行っても好みの傘は見つかりません。本当は買う気がないのです。ただ静子の中で急に存在感を増した雨傘が、意外な幸運を彼女にもたらします。

 

 「それより、噂になってるぞ」

 「噂?」

 秀雄がまた、頭をよぎる。当然、ずっと隠してきたことだった。(中略)

 「三晩連続、死んでる」

 「まさか」

 半笑いの静子に、監督は「嘘ついてどうするんだよ」と大仰に溜息をつく。

 「もちろん全部の局ってわけじゃないし、同じ時間に出てるわけじゃないがな。でも毎日どっかしらに顔を出してる。さすがにこれだけ続くと、一般視聴者も気づくもんさ。ほら駅前の居酒屋なんか、テレビ好きが多いだろう。昨日顔を出してたんだが、『雨傘女優』なんてあだ名までつけてたよ。今週のあの時間帯、番組の数だけ言えば一番出てることになるんじゃないか」(中略)

 監督は自分の手柄のように胸を張り、静子の肩を軽く叩いた。

 「こりゃ方々からお呼びがかかるようになるぞ。やったな」

(同)

 

 プロ野球が雨で中止になったときに、急きょ放送されるプログラムを業界では「雨傘番組」と呼んでいました。撮影所の監督は、その雨傘番組に静子が三日連続で出演していて、それが話題になっていると言ったのでした。静子の出番は端役の死体役だったのですが、死体役ばかりやる女優というのがかえって視聴者の興味をかき立てたようなのです。このささやかな偶然をきっかけに静子の身辺がざわつき始めます。監督が言ったように静子に女優の声がかかります。やはり端役ですが今度は生きているシーンもあります。また同時期に恋人・秀雄の妻が亡くなります。もちろん会ったことのない女ですが、秀雄の様子から、静子は妻が彼をどこかで庇護している雨傘のような存在だったと気づきます。

 

 ここから静子と秀雄の関係がどう変化したのかは、実際に「花村凛子の傘」をお読みになってからのお楽しみですわ。また静子が探し求めている花村凛子の傘が、実際にはどういった物であったのかもお作品中でちゃんと説明されています。そういうオチってエンターテイメント小説ではとっても重要な要素ですわね。でもアテクシが「花村凛子の傘」というお作品に感じた魅力は、そういったオチにはございません。エンターテイメント小説にオチは必須ですが、このお作品では付け足しのようなものに過ぎないと思いますの。

 

 帰りのバスに乗っていると、とうとう雨が降り始めた。雨は急に激しくなり、外の人たちが一斉に傘を差し始める。雨がガラスを流れ、その向こうには、黒や紺、赤やピンク、黄色に水色、ベージュに菫色、それぞれの色が流れていく。

 なのに静子は、自分の傘を持っていなかった。

 新しいのを買わないでいたいと思うくせに、どこかで、買ってしまったあとを期待していたのだろう。嫌だ嫌だと言いながら、買ったことで変わる自分を待っていた。そのくせ、傘は見つけられず、買えもせず、変化のないままである。

(同)

 

 こういった心理描写が「花村凛子の傘」というお作品の要だと思いますの。自分だけ持っているべきものを持っていない、居るべき場所に居ないというのは、誰もがしばしば抱く感情ですわ。現状を変えたいと望みながら、相変わらず昨日と同じ今日を生きているというのもわたしたちの日常ですわね。そういった普遍的で細やかな感情をベースにしながら物語が進むから「花村凛子の傘」は面白いのよ。事件が起こったとしても、このような心性を持った人の精神や生活は劇的には変わらないわね。事件が通り過ぎれば、また同じような逡巡の日々が戻ってきますの。でもその繰り返しの中で人は本質的に変化してゆくんだわ。

 

 大衆エンターテイメント小説という点から言えば、もしかすると「花村凛子の傘」のプロットの立て方には問題があるかもしれません。心理描写に力を入れるのではなく、もっと事件を起こさなければ長い作品は書けない、作品を量産できないのかもしれません。でも作家様の才能は作品が発表される器(雑誌)によって決められるべきではないわね。アテクシ大衆小説好きですけど、優れた作品に大衆小説も純文学もないと思いますの。ジャンル分けは殿方作家先生にお任せして、女性作家の先生にはむしろ、殿方作家先生方の社会コードを打ち壊すような作品を書いていただきたいと思いますわぁ。

佐藤知恵子