今月号には「60歳からの短歌――それぞれの60代を歌い残す」という特集が組まれています。日本の労働人口の過半数はサラリーマンを中心とした勤め人で、身体は元気でもいつか停年の日がやってきます。男女とも平均寿命が伸びているので六十五歳に停年を延ばす企業もありますが、実際には高度経済成長期に比べ、現在の雇用環境はとても不安定です。高度情報化社会の影響で業態が大きく変わってしまった企業では、五十五歳くらいで早期退職を迫られるケースも多いようです。五十代も半ばを過ぎればよほどの職能を持っていない限り転職は難しいわけですから、一昔前と質は違いますが、やはり五十代後半から六十代半ばが現代人の転機の時期になっているのでしょうね。
六十代を「第二マージナルマン」と私は呼んだことがある。マージナルマン(境界人)とは心理学者レヴィンの用語で、子供から大人への境界期にある青年のことである。子供の世界からは除外され、また大人の世界から疎外される。周りから「もう子どもではないのだから」と言われる。(中略)
六十代は中年の世界にも老年の世界にも属さない境界人という意味で(中略)心身が不安定である。だが、不安定さはまた自由さでもある。その不安定さと自由さこそ六十代の作家の意義であると言えよう。
(伊藤一彦「歌の機縁と素質」)
伊藤一彦さんが特集の総論を書いておられます。社会人となる青年期が最初の境界期だとすれば、停年を意識する六十代が第二境界期だというのは的確な指摘だと思います。もちろん「60歳からの短歌」という特集には――俳句雑誌でも同様の特集がしばしば組まれていますが――停年で時間ができ、新しい生きがいを探している人たちを短歌の世界に導こうという意図があります。ただ文学の世界では、物心ついた時から文学修行を始める人はほとんどいません。早い人は十代から文学に目覚めますが、三十代四十代、あるいは六十代になって始めても決して遅くはありません。文学には基本的に年齢制限はないと思います。
でも文学に適した素質や資質はあるでしょうね。伊藤さんの言葉をお借りすれば、自己存在に関する「不安定さと自由さ」の感性をお持ちの方は、年齢に関わらず優れた作家になり得るのではないでしょうか。人間は肉体が老いてゆくだけではありません。精神もまた老いてゆきます。肉体より精神の老いの方が早い人もいます。精神の老化とは簡単に言えば固定化――俗な言葉で言えば頑固・頑迷ということになるでしょうね。信念を持って創作するのは大事なことですが、優れた作家は周囲(社会)を見まわし、「これでいいんだよね」と自問自答しながらある道を突き進んでゆくものです。しかし自己の方法や嗜好が固着化してしまうと危ない。早い方は四十代くらいから精神の老いが現れ始めます。文学では年齢に関わらず、「不安定」で「自由」な精神を保つことが重要なのです。
前衛の時代は、人間性というものより、いかに表現するかという、「何を」より「いかに」の問題がクローズアップされてきた。(中略)今はどうでしょう。潮流としては、穂村さんより下の世代はちょっと違うけど、現代短歌の主流はやけにわかりやすくなってきているでしょう。(中略)
定家が『新古今』の後、老年になって『新勅撰』を選んだがずいぶんと普通であることを見直しわかりやすい歌になっている。『拾遺愚草』なんかを見てもね。読者としては、定家の晩年はおもしろくない、平明な歌になった。でも、それでいいんだという、どこかに納得があるとすれば、物言いの伝統は和歌の一つの大きな本筋であって、晩年の定家は、実朝に『万葉集』を贈るなどをみても、関東の武士たちの直接的な物言いに、新鮮さを感じていたかもしれない。(中略)今日の歌の一つの傾向の中に安らかにうたうという方向がある。それは前衛を通ってきた物言いだから、近代短歌、あるいは戦中戦後の、叙述的な物言いともちがい、もうちょっと詩歌であることを意識した、味のある物言いというか、そうなってきている。
(『連載 馬場あき子 自伝 表現との格闘 第十二回 現代短歌の主流は』聞き手 穂村弘より 馬場あき子の発言)
「短歌」には穂村弘さんが聞き手になった『馬場あき子 自伝』が連載されています。馬場さんは短歌結社「かりん」の主宰で、短歌界の超大物と言って良いお方です。昭和三年(一九二八年)生まれですから今年で満八十七歳におなりです。
『馬場あき子 自伝』は初回から読ませていただいていますが、とても刺激的です。話し言葉によって馬場文学の変遷や機微を知ることができるからですが、それだけではありません。『自伝』の最も面白い点は、馬場さんの柔らかい思考と感性が伝わってくるところにあります。馬場さんには「わたし(僕)が誉めたんだからこの作品(作家)はいいに決まっている」といった権威主義的なところが一切ありません。むしろ現在進行形で起こりつつある短歌の変化を敏感に捉え、そこから未来の短歌を模索されている気配があります。
馬場さんが指摘されたように戦後は「前衛の時代」でした。自由詩や小説、絵画の世界ではその萌芽は戦前からありましたが、戦争によって中断し、戦後の一九五〇年代以降に前衛文学運動が花開いたのです。詩歌を含む文学の基本は抒情にあると言っていいですから、前衛は文学表現の基盤である「抒情」以外の領域を広げることを目指しました。馬場さんが「人間性というものより、いかに表現するかという、「何を」より「いかに」の問題がクローズアップされてきた」時代とおっしゃっている通りです。ジャーナリスティックな話題を提供し続けたという意味でも、戦後一貫して前衛が表現の花形でした。しかし前衛の時代は終わりました。短歌・俳句の世界はもちろん、前衛(現代詩)をその中心に据えた自由詩の世界でも前衛文学の時代は終焉しています。前衛以後の表現は、むしろ「やけにわかりやすくなってきている」(馬場氏)のです。
馬場さんはこの変化を、藤原定家の文学の変遷になぞらえて考察しておられます。『新古今』時代の定家の和歌は「達磨歌」と批判されました。相聞歌中心だった和歌を、今の言い方をすれば独立した文学作品にまで高めようとしたわけです。しかし晩年の『新勅撰』や『拾遺愚草』の時代になると、定家の表現はじょじょに平明になってゆきます。挨拶や相聞歌に回帰したわけではないですが、そこには「それでいいんだという、どこかに納得がある」わけです。この定家的な平明さは源実朝によって言語的な高みにまで昇華されますから、正しかったと言えるでしょう。つまり前衛運動の後には、それを踏まえた上での平明な表現の時代が来るかもしれないわけです。
馬場さんは戦後から現代に至る前衛運動を、定家文学の変遷(平安末から鎌倉初期の和歌の質的変化)になぞらえることで、二つの事柄を考察しようとなさっていると思います。一つは言うまでもなく前衛以降の短歌の行く末です。前衛は未踏の表現を求める文学運動であり一種の言語革命です。前衛芸術家の中には永久革命を模索する者もいますが、それはほとんど不可能です。革命が終わった後には革命前とは質の異なる秩序世界が自ずから構築されるのが普通です。二つ目は前衛の時代を経験した作家の晩年に関する考察でしょうね。
作家は若い頃に前衛芸術運動に夢中になったとしても、年を取るにつれて、単に新しい表現を見出すための前衛には魅力を感じなくなってゆくのが普通です。表面的には相変わらず前衛に見えたとしても、前衛表現を消化した上で表現内容に興味を集中させてゆくことが多い。文学が言語である以上、前衛を含む技巧などの枝葉を取り払ってしまえば、表現としては魅力のないものになってしまうのは言うまでもありません。しかし作家の成熟期には、若い頃のような未踏の表現を求める意欲は薄れてゆきます。問題はその平明さの質です。
馬場さんは「今日の歌の一つの傾向の中に安らかにうたうという方向がある。それは前衛を通ってきた物言いだから、(中略)詩歌であることを意識した、味のある物言いというか、そうなってきている」とおっしゃっています。平明な短歌をある程度肯定しておられるわけです。しかし短歌界は全体的に、馬場さんが想定しておられる以上に恐ろしく平明な表現に傾いています。焦点となるのは穂村氏を旗手とする口語短歌です。穂村氏を聞き手とする『自伝』で馬場さんは、驚くべき柔軟さで現在大きな潮流となっている口語短歌ブームと前衛以降の短歌、あるいは作家の晩年の平明指向を統合的に考察しようとなさっているように思います。
もちろんアイディアは大切よ。だけど、アイディアだけでは自己表現としては物たりない。短歌は抒情詩だもの。ただ、私たちの世代はその気分というものを助詞や動詞で表現することを知っているんです。(中略)それが、われわれの武器だけど、でも、今の人はそれができないから、と言っては悪いけど、多くの人はそれをやらないで、アイディアで勝負をするということになっていますね。
*
(前略)様式のある文学って、日本語を研ぐ砥石なのよ。だから、五七五七七の砥石にかけて日本語を工夫していくわけなので、日本語はそこに乗ったとき、どの程度美しさが出せるかということも、一つのわれわれのテーマだと思う。口語の時代でもそれは同じよ。
それを崩していって、散文に近くなっていくと、詩性を保つため、名詞切れにしてつづける。助詞、動詞が抜けていくのね。イメージだけになっていくわけで、日本語の綴りの部分が消えていくかな。そういう魅力もないわけじゃないけど、つなぐところのおもしろ味と、間があるおもしろ味とは一つのものなのよ。助詞や助動詞でニュアンスを出すという高度なテクニック、そこが抜けていくのが残念だなぁ。
(同)
馬場さんは口語短歌の現代性や面白さを認めながら、それが「アイディア」――つまり従来の前衛と質は異なりますが、一時的な突飛な思いつきで終わるのではないかと危惧されています。またアイディア重視の口語短歌は必然的に散文に近づくのであり、「助詞、動詞が抜けて」ゆき「イメージだけ」になって「日本語の綴りの部分が消えていく」傾向があるだろうと指摘しておられます。このような馬場さんの考察が正鵠を得たものであるのかどうかわかるのは、もう少し時間がかかるでしょうね。しかし「穂村さんもあと十年もすれば違ったアイディアと違った日常を詠むようになる」(馬場氏)のも確かだと思います。
いずれにせよ、短歌界の碩学と呼んで差し支えない馬場さんの言葉はとても示唆的です。僕も口語短歌に対する評価がはっきりするのはまだ先のことだと思いますが、ここでは作家として〝現役〟であるということは、馬場さんのように柔軟な思考と感性を持ち続けることだと確認するだけに留めておきたいと思います。また馬場さんのような思考と感性が必要なのはベテラン作家に限りません。口語短歌に打ち込んでおられる若い作家にも、若くても口語短歌に異和感を覚えておられる作家にも、馬場さん的柔軟さは必要だと思います。
高嶋秋穂