宋(ソン)美雨(メイユー)は民主派雑誌を刊行する両親に育てられた。祖国の民主化に貢献するため民主派のサラブレッドとして日本に留学するはずだった。しかし母親は美雨を空港ではなく高い壁に囲まれた学校に連れていった。そこには美雨と同じ顔をしたクローン少女たちがいた。両親は当局のスパイだったのか、クローンスクールを運営する当局の目的は何か。人間の個性と自由を問いかける問題作!
by 金魚屋編集部
13
時間との戦いだ。通路には業者が列を成している。彼らの頭のなかにあるのは、22が起こした騒動ではない。矯正手術の予定を顧客に伝えることだけだ。
64は意識不明の状態で運びこまれた。一時は心停止したが、懸命の処置で蘇生できた。その一報が通路に伝えられると、業者から拍手が起こった。ただ、この状態では手術をおこなえない。容体を安定させてからだ。
患者を快癒させる、医学に貢献する、人類の未来を輝かしいものにする。そんな信念があれば血生臭いオペレーションにも毅然と立ち向かえる。気概があるからこそ場数を踏めば慣れる。一方、クローン計画に携われば、自分の分身を生み出し、後処理しなくてはならない現実が立ちはだかる。それを異常だと皮肉りたい気持ちはわからないでもないが、同僚たちは本質的に何も理解していない。目のまえに横たわっているのが「自分」だからできる。曾薇というオリジナルから派生した複製だからこそ冷徹を貫けるのだ。
患者という他人を作り替え、その人生を根こそぎ転変させてしまうなら罪悪感も覚えるだろう。しかし、彼女たちは自分であり、彼女たちの人生は自分の人生そのものなのだ。曾薇が辿れなかった、もういくつかの人生を歩んできた者たちだった。それを自分の責任においてシフトさせるだけのことである。愛おしいからこそ完全に矯正させてやれる。ただそれだけのことだ。センチメンタリズムに縋りたくなるのは、罪悪感を持っているからだ。使命感に動かされている自分にはまったく無縁だった。
手指の消毒を済ませ、曾はインターフォンに呼びかけた。64の手術より先に、22の狩りを再開する。指令を受けた警備員の鼻息は荒かった。名誉挽回に向けて気を引き締めた顔がモニターに映っていた。もっとも、さほど難しいハンティングにはならないだろう。
22がエレベーターに乗りこむときの表情は不安よりも気概が勝っていた。奥の手があるということだ。ここから抜け出せるキーを手に入れていると考えていい。事実、居室から脱出できたのだ。どうやって入手したのかは不明だが、64を運ぶ途中でカラクリがわかった。助手が22の部屋に閉じこめられていた。下半身をはだけた状態で昏倒していた。22が誘ったか、それ以外のことが起こったのか。いずれにせよ出入り口のリモコンキーが奪われていることは確実だった。曾は警備員に命じ、認証を変更させた。
捕縛の一報が入るまで、業者は通路に足止めされた。64を届けるまでの時間を逆算し、先方に連絡し続けている。彼らの隣には、つぎの手術のために集まる者たちもいた。22の出番を待つ業者である。
22は「工場」から脱出を試みた。考えうるすべての手を尽くして、あと一歩のところまで行き着いた。第一世代から第三世代の全生徒のなかで、これほどの反逆者はいなかった。そのことが彼女の価値を高めたのだ。
22は決して「いい」性格の持ち主とは言えない。が、突出した言動で驚かせた。「突出」は「いい」よりも上位にあると見なされたのだ。彼女の謀反を目の当たりにした業者は、取り引き先と再交渉しはじめた。交渉に成功すると、業者は22を提供するよう曾に迫った。精密検査をおこなっていない。そう告げても聞き耳を持たない。高濃度のアドレナリンが残っているうちに、と譲らなかった。
袋のネズミだ。すぐ手術台に乗せられる。その事実も交渉を勢いづかせた。警備員からもたらされる吉報は、この「工場」開設以来の高額取引をスタートさせる号砲だった。
出入り口のドアが完全に破壊されていた。警備員の話では、トレーラーが盗まれているという。学園仕様の車がそばにあり、乗り換えられたのはあきらかだ。協力者がいたことになる。22が逃亡することを知っていて、ここで待機していたのだろうか。それにしてはトレーラーでドアを破壊するという場当たり的な方法だった。
学園仕様の車で逃げなかったのは、位置情報を知らせる機能が備え付けられているからだろう。しかし、トレーラーには高額取引される商品が積まれるのだ。空港に運ばれるまで厳重に管理される代物である。盗難に備えた機能なら、どの車種にも勝った。すでに警備員がモニターで追尾している。二度も22を逃し、忸怩たる思いがあるはずだ。しかし、その表情が困惑を深めた。
22はどこへ。
曾は自分でも素っ頓狂だと思う声を出していた。百キロほど先には内陸部の街がある。しかし、22は一本道を引き返したのだ。
学園へ? どうして。工場の正体に気づいたいま、一番帰りたくない場所ではないか。
曾は学園の事務局に連絡を入れた。しかし、繋がらない。
22はC班の生徒である。担任の黄に連絡を試みたが同じだった。
学園で何かが起こっている。だから22は帰ろうとしている。そういうことか。
副担の周を呼び出そうと操作したときだ。警備員が顔を上げた。両手で庇をつくり、目を細めている。微かに聞こえていた音が、やがて大気を割るほどの音量に変わった。
ヘリだ。
軍服が降りてきた。そのうちのひとりが誰なのかはすぐにわかった。恩師、王である。軍人たちがボディーガードのように神経を尖らせている。
王と握手を交わしたが、怪訝を取り外せずにいた。ここは軍の管轄ではないのだ。クローン計画の全権は中南海にある。砕いて言うなら、中央政治局の直下に設けられたチームに託されている。学園と工場建設の発案者が王であり、当時のチーフだった。曾は、彼が仕切るチームで研究を続けていた。発案が草案となり、政治局からゴーサインが出たとき、オリジナル作成の担当者として声をかけられた。辞退する者ばかりだったが、曾はふたつ返事で受けた。世界の隅々を見回してもこれほど画期的な計画はない。他国なら人倫云々で一蹴されてしまう。この国が誇る密閉性や秘匿性が味方しなければ進められない。そもそも科学者として断る理由が見つからなかった。すでに第一、第二世代を扱う研究者は決定されていたため、第三世代を担当することになった。しかし王は、曾のオリジナルを指導する立場から外されてしまった。体制転換による政治局員の総入れ替えが起こり、その影響をまともに食らった結果だった。
太鼓腹は一変し、十歳以上も若返ったように見えた。軍人が敬礼するのは任務からではなく、王に心酔しているからではないか。クローン計画を発案した頃の脂ぎった瞳に、より良質のエンジンオイルを加えた。そんな瑞々しさを取りもどした眼差しが曾を射抜いた。
「警告したことが起こってしまった」
校長に就いたとき、王は政治局に進言していたという。有能さを競う教育方針から外れれば、校内は荒廃し、悪徳教師の跋扈を許すことになる。砂粒ほどの天才児を見つけ出すことに意欲を燃やしてこそ、教師の倫理観と品位は保たれ、世代を重ねるごとに計画は高質化し、問題点の改善を早めるのだと。
現校長、胡の方針は真逆だった。
「今度こそは上も認めた。全面的に」続く言葉が内耳を抉った。「計画は失敗だ」
プロペラの音、エンジン音、とぐろを巻く砂塵、王の瞳、そのすべてが一直線に何かを伝えてきた。
王を解放軍に異動させたのは旧体制の残滓を排除するためではなかった。表向きはそう見えるように取り繕ったのだ。
教育畑しか耕したことのない胡を校長にし、研究者である王をラボに閉じこめる策をとった。体制転換に伴う当然の措置。誰もが納得するような巧みな配置に見せかけた。
内実は違った。
王は体制転換に合わせて進言した。学園が荒廃する確率の高さを訓辞していた。政治局員で構成される代表部の面々は、いわば政経の科学者である。研究者による直訴がいかに意義深いかは、同じ科学者だからこそ理解できるのだ。率先して取り入れるだけの度量を持ち合わせているからこそ、中央には数多の第三者機関が存在し、党と政府に分析結果を答申し続けてきた。
代表部は王の進言を聞き入れた。胡を校長に据えても、実質的な監視役として王を置くことに決めたのである。軍に留め置いたのは、学園や工場には直接関われないと思わせるためだった。初代校長である王の睨みを感じなければ、馬脚をあらわす者たちが出てくるかもしれない。出てこなければ体制の強靭さを誇れる。出てきたとしても、王の直言に耳を貸していたという言い訳が立つ。どちらに転がってもメンツは保たれるというわけだ。まして、平素は学園や工場の運営にタッチできないとしても、有事になれば話は違う。軍だからこそ、何かが起こったときには様々な措置が許される。国家転覆の芽を摘み取るという大義があれば、完膚なきまでに制圧できる権限を持つのだから。
「時代が逆戻りしたようなものだ。まるで文革だよ」
曾は言葉を失っていた。文化大革命の猿真似が校内で遂行中だという。22は加わるために引き返したのか。
「こちらも問題山積という状態だな」王が破壊されたドアを見やった。「脱走か」
曾は重い首を縦に動かした。「共犯がいたようです」
王はさほど興味を見せなかった。学園の状態に比べれば、ということなのだろう。
「外組の多くが紅衛兵を買って出たようだ。首謀者は張」
王の崇拝者であることを隠さない男だ。
「胡に楯突くのは理解できるとしても、どうしていまになって」
「いくら張でも、文革まがいの行動には二の足を踏んでいたはずだ。リスクが大きすぎる」
半端に終わったときは矢が跳ね返ってくる。単なる反逆者として潰される。
「引き金を引いた者がいたようだ。卒業生が校内に侵入し、胡を軟禁したらしい」
立てこもり、胡に白状するよう迫った。これまでの悪事を校内放送で流した。
「外組の生徒は、トップ5に入れず、悶々としていたでしょう。張を支持しても不思議ではありません。でも培養組は」
「胡を人質にして立てこもった卒業生は培養組だったようだ」
培養組が反乱のきっかけをつくった。
「1―30だ。初仕事で行方知れずになっていた。よく憶えているよ。学園が創設されて初めての事態だったからね。まさか逃亡していたとは思わなかった。殺害された可能性が高いという報告を受けていたからね」
胡が愛人として囲うために逃がしていた。同じ事件が3―19にも起きた。愛人を取り換えるため、胡が情報をタレこんだ。それに気づいた1―30が復讐を企てた。
「1―30は、任務遂行中に拉致され、殺害された可能性が高い。そう報告したのも胡だ。当時は彼女の担任だった」
「まさに馬脚をあらわした、ということになりますね」
「すべての原因をつくったのは胡であり、1―30だ。第三世代に罪はないが、上はそう考えていない。張を支える暴力装置だと思っている。革命はマズい」
王が愛弟子の肩に手を置いた。無念だと呟いて。曾はその指先に嘘を感じ取った。哀れみが感じられなかった。伝わったのは、一刻も早く汚点を消し去りたいという拍動だけだ。
王は、現体制の意図で軍の研究施設へ異動させられた。ここで上が望む結果を出せば、旧体制下で認められた人材でありながら、新体制下でも重用されるという歴史的な扱いを受けることになる。第三世代は失敗だった。なかったことにしたいのだ。消去の対象には担当した曾も含まれるのだろう。
説いているのはメンツのためだ。相手を納得させられたと自認したいのだ。そのうえで殺めるなら「合法」になる。この国だけで通じる伝統的で合理的なセオリーだった。
王の指示で業者が連れ出された。退去命令だ。彼らは口を曲げていたが、異を唱えれば二度と仕事は回ってこない。彼らの交渉相手は、突き詰めれば故国そのものなのだ。
業者が去るのを確認した上で、ようやく生徒たちが連れてこられた。64の生命維持装置は外され、ただひとり施設の奥底で眠りに就いた。
生徒たちは夢にまで見たはずの景色を眺めている。しかし、薬を打たれた状態ではなんの感情も湧き上がらないようだ。考えようによっては幸運かもしれない。死に際にあるということも理解できないのだから。
どこへ連れ去り、どう処分するつもりなのか。軍用ヘリは一台だけだ。装甲車も到着していたが、遺体を運ぶには不適当だろう。ダンプカーの一台でも用意すべきところだ。
王が北を指した。
工場の北側には実験場があったという。放射線を扱う施設だったと聞いている。何年もまえに取り壊され、均され、当時の面影は感じられない。
ひたすらに続く岩石砂漠だが、砂丘のように盛り上がっている一角が見えた。歳月のせいではなさそうだ。かき分けながら登っていくと、眼下にビニールシートがあった。雨水が流れこんだせいで深くたわんでいる。王の指示で兵士がいっせいに剥がしにかかった。
穴が現れた。目と鼻の先に、こんな場所が用意されているとは。
王が代表部に進言したあと、中央の肝いりでつくられたものだという。水を溜めれば、飛込競技用のプールになるほどの深さと広さを誇っていた。垂直に切りこんだ側面はてらてらと光って見える。油膜か。
生徒たちが放りこまれた。落下の衝撃で手足が信じられない方向へ曲がってしまう者が続発した。奇跡的にうまく着地できた者も、自分の身に何が起こっているのかを理解できない。遮蔽された世界から抜け出そうと足掻くのは本能だろう。不気味なほどに輝く壁を撫で、においを嗅ぎ、爪を立てる。動ける者たちが動けない者たちを踏み台にする。
這い上がろうとするたびに転げ落ちた。すでに体は油塗れだ。まともに立つことさえ難しい有様だった。壁まで辿り着けない者たちは自動的に踏み潰された。
突き刺さる陽射しがせせら笑う。動けば動くほど体力が奪い取られる。電解質の消失が手に取るようにわかった。生き残りをかけた阿鼻叫喚は、一時間もしないうちに鎮まってしまった。すすり泣く力さえ残っていない。
一思いに殺さないのか。銃で撃つほうが人道的だろう。曾は振り返った。王と目が合った。そういうことか。自分が最後に蹴りこまれ、ようやく実行に移されるのだ。生き埋めか、火だるまか、ハチの巣が。この人の役に立ちたい一心で走ってきたというのに。
曾は高級党員の子として生を受け、祖父母は抗日に命を捧げた戦士だった。愛国心という言葉の意味を習うまえから、その香しさに包まれて幼少期を過ごしてきた。しかし、生育環境が育んだのは誉れだけではなかった。王にはそれを見極める力があった。
王は、立ちはだかる障害に嬉々として立ち向かえる鋼鉄の人材を探していた。自分の複製を造形するばかりか、みずからの手で駄作を破棄しなければならない。自負と責任感はもちろん、覚悟と同じだけの渇望が求められる。その意味で曾は理想的な弟子と言えた。
王は曾を個別に呼び出し、この国の未来を語った。
国の富を支えている一部の階層は確実に数を減らし、先進主義諸国と同じように萎みはじめる。労働力として扱える人口は豊かだったが、外資の投入によって西側の価値観も持ちこまれてしまった。結果、労働者が権利を訴えることに躊躇わなくなった。権利意識が肥大化することで、数の上での潤沢さが諸刃の剣となって襲いかかっている。これまでどおりの方針で国を動かすことはあまりに無策であり、無謀だ。知能で劣り、道義に通じず、権利ばかりを訴える国民など、人口として認めるわけにはいかない。彼らはいまや、国力を減退させる害毒でしかないのだ。彼らに代わる実働部隊の創出を急がなければならないということになる。天才児を発掘し、次世代のリーダーとして養う。それこそがクローン計画の究極目的だった。しかも、矯正手術を施すことで、有能かつ従順な労働力を自前で産生できるのだ。公表は時期尚早だが、いずれ踏み切らなければならない。数年のうちに。国力の鈍化が表に出るまえに。無論、世界はバッシングの雨を降らせるだろう。人権問題以上に騒ぎ立て、ありとあらゆる方法で研究を阻止しようとするに違いない。この国に頼りっぱなしの輸出入を犠牲にしてまでも対抗措置を講じるかもしれない。が、それもいつまで続くのかは疑問だ。我が国の生長が鈍化するころ、他国の惨状は極みに近いレベルまで悪化しているからだ。彼らは認めざるを得ない。クローンの創出がスタンダードになるという新世紀がついに到来したことを。道義や人倫を持ち出しつつも、各国の政府が陰で何を話し合っているのか、国民は知る由もないのだから。我が国の先見性と勇敢さを羨ましがっているに違いないのだ。政治家はリアリストの集まりだ。それが時代の要請なら、石のような古い認識を捨てなければならないことをよく知っている。世界を牽引してきた国々が衰滅の危機に瀕していることも理解している。あとは我が国のやり方に反対するポーズを取りながら、徐々に世論を融解していく方法を採るだろう。クローンには問題が少ない。各地で勃発する移民問題や労働不足問題を同時に解決できる画期性を備えている。そうした実証データを示しながら、国民の大多数を占めている情報に流されやすい層を陥落していく。国を挙げた啓蒙活動で思考力を奪う。それしか問題の解決はないと煽り、消去法的な選択だと感情に訴えていく。いつの時代でもパイオニアへのバッシングは苛烈を極める。我が国への批判もそれと変わりない。時間と事実認識がすべてを解決する――。
王が予見した新時代は、曾の心に彫りこまれた。疑問の余地はなかった。あるのは王が自分を選んでくれたという優越感だった。優秀な弟子は大勢いた。天才肌も、秀才肌も、同じ数だけ揃っていた。彼らに比べれば曾の成績は中程度で、将来を約束された研究者とは言えなかった。恵まれた環境で育ったことへの嫉妬からか、曾への陰口は聞こえるように囁かれた。曾のような研究者が周りからなんと言われるか。いつの世も同じだ。
不名誉な符丁は、幼少期の記憶を呼び起こした。両親は秀逸で、誇り高き血統の継承者に相応しい実績を残してきた。イデオロギー研究の旗手として、中央党員として、輝かしい未来を手にすることが確実視されていた。「理系学者は党の方針に従って身をやつす哀れな僕でしかない」というのが彼らの口癖だった。
王は曾の挫折感を見抜き、秘めた気骨さも言い当てたのだ。ほかの誰にもできないことをやる。できなかったことをやる。心を串刺しにされるような批判を浴びてもなお、正道を歩いていると信じられる頑なさが要る。そのためには巷で評される優秀さは通用しない。そう断言して曾を昂らせた。誰かのために真に役立ちたいと思ったのは初めてだった。
外組の生育環境に意外性がなかった第一世代、意外性に拘り過ぎた第二世代、そうしたフィードバックから造形されたのが第三世代である。
期待に応える世代をつくり上げたつもりでいた。それなのに第一世代が起こした逃亡事件がいまになって災いした。きっかけをつくったのも第一世代の培養組だったが、文革紛いの行動をサポートしているという廉で第三世代が責任を負わされることになった。
「あの者たちにとって、これが最後の仕事になる。まあ、使命と言ってもいい」
王が砂を手に取り、さらさらと落とした。地面に触れる間際に風がさらっていく。
「あれを観察して、報告書をつくりたまえ。クローンは死の間際にあっても個性を求めるのか。自己犠牲は。協力は。裏切りは。想像した範囲のものなのか。生に執着する者が多いのか、諦める者が多いのか。能動的に死を選ぶ者の比率はどうか。絶望に負けて自分を見失う者は、気が触れる者は、自殺を選ぶ者は何割か。彼らは命が尽きるまで被験者なのだ。命はつぎの命が産み落とされるために燃やされてこそ価値がある」
彼女たちを別人に作り替えることさえ躊躇わなかった。それなのに、いまは胸が痛む。
彼女たちが何を思い、自分と同じ顔を殺めようとしているのか。想像すると堪らなかった。これまで、競合することはあっても、命のやり取りは皆無だった。彼女たちを関係させたのはポイント制という成績であり、感情の濃淡でもなければ、生死の境界線でもなかった。こうして真の意味でのデスゲームに強制参加させられた結果、彼女たちは一様に均されてしまった。個性は欠片もなくなった。クローンとして生まれついた運命に抗おうとする、唯一無二の拘りを完全に失ったのだ。
丁重に教化し、高みを目指させる。そうした学園生活こそが、眠っている天才を開花させるというのが王の持論だった。いま目にしている光景は、胡の方針をジオラマ化したものだ。彼は不安要素で生徒を縛り、煽り、疲弊させた。結果、相手を引き摺り落すための悪知恵だけが働くようになり、浅はかさばかりが磨かれてしまった。質のいい生徒は生まれなくなり、天才児の創出など夢のまた夢になった。
「お言葉ですが、彼女たちは資料になり得ません」
王の目が尖った。
「校内で反旗を翻した生徒こそ、フィードバック用のサンプルに値します」
王は「ほう」と呟き、腕を組んだ。短い間だったが、曾には永遠のように感じられた。
「君の件はそれからだな」
曾の最後の仕事が決まった。
プロペラの轟音に向かって手を伸ばす姿が真下に見えた。兵士たちは装甲車に乗りこみ、穴を後にした。残された生徒たちの末路は衰弱死だ。
サンプルの最期はさらに悲惨だろう。充分に精神を解体された挙句に始末される。彼女たちが跡形もなくこの世から消え去ったとき、自分も処分されるのだ。
ヘリに乗せられる間際、曾は足を止めた。
「助手をひとり、同伴させたいのですが」
サンプル採取の作業を手早く進めるために。
王が頷いた。愛弟子の瞳の奥など興味もないという顔だった。
(第13回 了)
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