世界は変わった! 紙に印刷された文字の小説を読む時代から、VRでリアルに小説世界を体験できるようになったのだ。恋愛も冒険も、純文学的苦悩も目の前にリアルな動画として再現され、読者(視聴者)はそれを我がことのように体験できる! しかしいつの世の中でも悪いヤツが、秩序を乱す輩がいるもので・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、極めてリアルな近未来小説!
by 遠藤徹
二七、同時多発テロ?
「起きてよ、こら」
強烈な腕力で揺すぶり起こされたのは、いったいそれから何時間後のことだったか。まだまだ眠り足りなかった。俺の脳味噌は水分を失ったスポンジのようにからからだったからだ。眠りという水分補給が必要だった。できれば栄養ドリンク的な、艶のある夢をつけてほしいものだった。
「仕事よ。大変なんだから」
「なんだって」
また、やられたのか。反聖文がまた始動したのか? 俺は飛び起きた。同時多発テロ的に、新型ウイルス爆弾が、昭和文学の至る所にちりばめられたとか言わないよな? 俺はそんな恐怖を感じた。同時多発をやられたら、俺たちじゃあとてもカバーできないからだ。
「ちなみに、本社はあなたの今回の働きを」
「評価してただろ?」
う~ん、と首を傾げる高満寺。なに、それ? 発達した僧帽筋、斜角筋、肩甲挙筋、胸鎖乳突筋、二腹筋、咬筋を誇示してるわけ? それとも、ストレッチですか? きっとそうですよね。まかり間違ってもキュートなしぐさではありえない。断じてない。
「まあまあみたいよ」
「え、どうして」
そんな馬鹿な。軍隊だったら二階級昇進くらいの功績だと思うんだけど。
「だって俺はみごとに危機を回避したじゃないか」
「それはそうなんだけどね」
高満寺手弱女によると、なんでも、俺が泥に潜ったなまずのように眠っているあいだに、反聖文からのコメントが発表されたらしかった。それによると、今回の虚構パトロールによる解答は、反聖文が想定していた解答の中では、ランクの低いB級のものだったということだったそうだ。「呵呵大笑。この程度の読解力が、虚構パトロールの実力であると知ったことで、我々はさらなる自信を得た。おそらく、次にわれわれが仕掛ける問いには、諸君らは答えることはできないであろう。ビバ! 聖典文学の崩壊の日は近い。ビヴァーレ・エスト・ミリターレ!」とあったとか。知るか!少なくとも俺たちは、正解したのだ。ちなみに最後のカタカナは、ラテン語で「生きることは戦うことだ」とかいう意味だそうだ。まったく、インテリぶりやがって。犯罪者の癖に、この上から目線はいったいなんなんだ。くそっ、次だってきっと正解してみせる。絶対にな。きっとな。おそらくな。たぶん、・・・な。
「早くしてよ、出発よ」
高満寺手弱女は、すでに元気百倍的なあれだった。アンパンマン的な回復力の早さだ。きっと新しい顔をもらったのだ。脳をあまり使わないから、回復が早いのだろう。
「だから、何が起こったんだよ。それをまず言え」
そういいつつも、俺は答えを聞くのが怖かった。高満寺の深刻な表情が気になった。
「同時多発的な事件よ」
やはりか。俺のいやな予感が的中したようだ。
「やはりか、でどことどこがやられてるんだ」
「『細雪』と『たけくらべ』と『ビルマの竪琴』それに『雪国』よ」
「けっこう多様な作品チョイスだな。やっぱり時限式のウイルス爆弾が仕掛けられてるのか」
こんな宣言が出た後で、すぐにも同時多発を仕掛けて来るとは。かなり熟睡したとはいえ、果たして俺の頭脳で、そんな当時多発的問題をほんとうに解決できるのか? 俺は身震いする思いだった。
「いいえ」
高満寺がにやりと笑った。
「メロスが出たの」
「え、メロス」
拍子抜けした。そんな俺を、高満寺がいたずらっぽく見下ろした。
「ってことは?」
「そう、たぶん犯人は忍び笑いよ。だいぶおいたが過ぎるようになってきたから、今回こそは捕まえてお尻ぺんぺんしてやらなきゃね。
「いいこと、たとえば『細雪』では、ようやく結婚が決まって嫁入り道具に囲まれて安堵している雪子のところへ、奔放な妹妙子ではなく素っ裸のメロスが飛び込んできて、『セリヌンティウ~ス!』と叫びながら駆け抜けていくのよ。純情な雪子のたまげようったらなかったわ。『たけくらべ』では、美登利が、切れた下駄の鼻緒を、思いを寄せる正太郎に向かって投げたとき、それを踏みつけてやはり素っ裸のメロスが駆け抜けていくのよ。『セリヌンティウ~ス!』って叫びながらね。美登利と正太郎は呆気にとられて、メロスの尻を見送ることになる。それから、『ビルマの竪琴』では」
「もういいよ」
俺はあきれ果てた。
「これもウイルスなのか?」
「そう、いくつものテクストをメロスに駆け抜けさせるってやつ。命名、しのび笑いウイルスっ、ですってよ」
「同時多発テロならぬ、同時多発公然猥褻つまり同時多発エロだな。で、どうすればいい?」
「駆除するしかないわよ。つまり、捕まえるしかないってこと。『セリヌンティウ~ス!』ってさけぶ素っ裸の男どもを」
ってなわけで、これから汗まみれの素っ裸のメロスどもを、追いかけて捕まえねばならない。こんどは完全な体力勝負。肉弾戦である。高満寺の本領発揮のはずなのだが、「裸の殿方を捕まえるなんてわたしには無理ぃ!」、だなんて、ありえない駄々をこね始めるしまつだ。
あり得ない。だが、やむを得ない。
ここはこのへなちょこ男が、一肌脱ぐしかなさそうだ。戦闘力ゼロだけど。よし、走るぞ。待ってろよメロスども。この元祖ストーリーキングどもめ。ってなわけで、さあ、鬼ごっこの始まりです。
(第42回 了)
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* 『虚構探偵―『三四郎』殺人事件―』は毎月13日に更新されます。
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