女子高生のミクはふとしたきっかけで社会人サークルに参加することになった。一足先に大人の世界の仲間入りするつもりで。満たされているはずなのに満たされない、思春期の女の子の心を描く辻原登奨励小説賞佳作の新鮮なビルドゥングスロマン!
by 金魚屋編集部
5
「懐かしいわね。どこも変わってないわ。あのベンチも、私が通っていた頃のまま」
ママと並びながら、キャンパスを歩く。外の空気はもう、だいぶ冬に近づいている。足元で、乾いた落ち葉が音を立てる。
「狭いよね」
共学に比べたら、とてもこぢんまりとしているように感じる。
「あら。お父さん、いまさらお弁当忘れたってメールしてきたわ。お母さんは先に帰るから、終わったら知らせて」
「うん。またね」
大学までついてくる親なんてうちくらいだと思っていたけれど、あちこちで同じやりとりがされていた。教室の中は、人がいないかのように静まり返っている。お互いに観察しあっていて、視線がぶつかると目をそらす。コンサバな服装にブランド物。
「制服で来てるの、私たちだけじゃない?」
「もういいよ。今さらどうにもならないし」
大声で話す声が聞こえてきた。今時めずらしいセーラー服。校章からして付属高からの子たちらしい。
「この前軽井沢で占ってもらったら、今つき合ってる人と結婚するって言われた」
「えー。それすごい良くない?」
「お隣、いいですか?」
首にスカーフをした、ワンレングスの人に話しかけられる。黙って頷いた。
「そのジャケット、よく似合ってますね。着る人を選びそう」
「スクーリングがあるので、慌てて買ったんですよ。褒めてもらえてよかった。スカーフ、可愛いですね」
同年代同士なのに敬語。初日だからかもしれないけど、距離を感じる。
「私、神戸出身なので東京って馴染みがなくて。この服、変じゃないですか?」
そう言いながら、スカーフを撫でている。
「上品ですよ。本当に。素敵です」
「ありがとう」
ピタッと会話が止まったかと思うと、先生が入ってきた。課題が回収され、自己紹介の時間があった。「服装の乱れは心の乱れ」という典型的な説教があったあと、春休みの過ごし方というプリントを配られた。来たときと同じように、各々が別々の場所に帰って行った。
終わったから、買い物してから帰るね
ママにメールし、家とは別方向の電車に乗る。電車内で、リオナさんからもらった本を開いた。原宿で降り、竹下通りを歩く。クレープ屋さんを通り過ぎて、さらに奥に進むとラフな服を取り扱ったショップがあった。ラッパー風の服を探して自分で組み合わせようと思ったけど、既にマネキンが着ていた。帽子とサングラスとトレーナーとズボン。ネックレスにサンダル。全てを買っても五千円だった。気が済んだら、部屋着にすればいい。
試着室で着替える前に、Beforeの写真を撮った。殻を脱ぎ捨てて別人になろうとしている私。送信して見せられるように、顔はスマホで隠して撮影した。狭い空間での着替えは不便だったけど、見事にラッパー風になることができた。普段着ていた服と一緒に、自分まるごと着替えられたような気分になった。記念に、Afterもスマホに収める。レジでお金を払い、外に出る。サングラスとニットの帽子のおかげで他人のように振る舞うことができた。バッグは今着ているものに合わなかったので、もともと着ていた服と一緒にショップの袋に入れた。ダボダボの服は息がしやすかった。原宿では個性的な服装をしている人なんていくらでもいるから、ジロジロ見る人はいなかった。この服装はいまの自分の気分を反映していて、心は乱れるどころか落ち着いていた。しっくりくる、と言えるかもしれない。小学生くらいの子供が「YO !」と言ってポーズをとったので、私も同じようにしてあげた。
ラフォーレの前を通り過ぎようとすると、地面に座ってスルメを食べている集団に足止めされた。背中にギターを背負っている人がいるので、バンドらしい。
「これ、非常食じゃなくて主食なんだよね」
全身黒を着た女子が、スルメを食いちぎりながら言う。メッシュ素材の目が荒いキャミソールと細身のパンツ。黒いブラが透けているけど、わざとだろう。
「ラップできるなら参加してくれない?」
服装だけなことを謝罪して、また歩きはじめる。一緒に記念撮影した。お互いに知らない人なのに、なぜか笑い合っていた。
「なんちゃってかよ。気が向いたらその画像、バンドのメールアドレス宛に送って。未だにガラケーで、Air Drop使えないんだよね。逆にすごくない?」
フライヤーを渡される。大勢の前でラッパーに化けられたことに満足して、もう帰ることにした。再びショップの試着室を借りて、普段の服装に戻る。
家に帰ると、ママが紅茶を淹れていた。居間でずっとテレビを観ながら待っていたらしい。
「今日、どうだった?」
「普通」
もらったプリントを渡す。部屋の中で、もうスマホの中にしかいない自分を眺めていた。Beforeと何度も見比べてみる。最後に、集合写真を見た。服装が変わると、声をかけてくる人も変わることを実感して、ただひたすら面白かった。することがないので、いつも使っているアプリを適当にはしごしてみた。エリアさんからメッセージと、タカヒロからの着信履歴。
|グルドって、彼氏いるんだっけ?
私は、いないよと打って送信した。すぐに返信が返ってきた。
土曜日の午後、グルドと同い年くらいの男の子と一緒に飲むから来ない? 全然付き合うとか前提じゃなくていいし、友達が欲しいだけみたいだから(^ν^)(ˆνˆ)ノンアルコールがある店、予約しておいたから来てくれたらハッピーなり。あと、もう一人女の子を連れてくるね。
罪悪感はあった。けど、友達がほしいだけという言葉がそれを緩和した。タカヒロからの連絡はずっと放置していたけど、どうせ出かけるならと思い午前はラグビーの試合を観て午後は飲みに行くことにした。
タカヒロにはバイトと言って別れた。タカヒロはお弁当のお礼もなくて男友達と肩を組んでふざけ合いながらずっと喋っていた。もういい。私には他の場所があるから、タカヒロにもその友達にも優しく接することができる。電車のドアが閉まり、動き出すと私はドアに思い切り寄りかかった。
飲み会前の「作戦タイム」に、エリアさんに質問してみた。
「エリアさんは彼氏いるの?」
「いない」
マスカラを塗りながらそっけなく答える。
「意外。寂しくないの?」
そう聞いておきながら、今の私はさみしかった。さみしいと思われないために、タカヒロと付き合っているのかもしれなかった。
「つき合ってってわざわざ言わなければ人間関係は続くし。別れることもないし」
「そういうもの?」
「グルド、このサークルのこと、学校の友達とかに話してる?」
「全然」
「それと同じだと思う。周りに公認されてないからって、絶縁してるわけじゃないし。知られてないから気楽って部分もあるし」
私は曖昧に首を縦に振った。紹介された男の子は背が高かった。一緒にプリクラを撮ろうと提案すると、エリアさんから「私も何度も撮ろうって言ってるんだけど、自信がないらしいんだ」と言って断られた。内気らしい。
もう一人の女の子も、あまりしゃべらなかった。切れ長の目に、ショートカットからのぞく白い首すじ。聞いてますよ、ということを示すためにときおり小さめの声で相槌を打っている。鈴のような声だった。ニックネームを聞いたけど、名乗るほどではないという感じで曖昧な笑みを浮かべられてしまった。こんなことを思ってしまうのは良くないけど、ちょっと暗そうでなにを考えているか想像がつかない。女の子はエリアさんのリズムのいい会話にも乗らずにマイペースだ。けど、口数が少ないなりに、神戸出身で、春から東京の大学に通うために一人暮らしするということはわかった。男子の方は青森から来ていて、今は物件探しに忙しいとのこと。
「あの男子、服装はもさったいけど結構かっこいいでしょ?」
帰り道でエリアさんが言う。私も内心そう思っていた。別になにがあったわけではないけど、他人を裏切るのはしんどい。タカヒロから電話があったら、今度はいないふりをするのはやめようと思った。けど、それだけだった。
(第05回 了)
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