「世に健康法はあまたあれど、これにまさるものなし!」真田寿福は物語の効用を説く。金にも名誉にも直結しないけれど、人々を健康にし、今と未来を生きる活力を生み出す物語の効用を説く。物語は人間存在にとって一番重要な営為であり、そこからまた無限に新たな物語が生まれてゆく。物語こそ人間存在にとって最も大切な宝物・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、かつてない物語る物語小説!
by 遠藤徹
6.首語り(下編)
「それから、君たちの吃音にはもうひとつの重要な意味もあるんだ」
そんな風に辰浪は語った。
「言葉を操るものは、常に控えめでなくてはならない。疎まれさげすまれるくらいがちょうどいい、そういう戒めであるとも言われているわけさ」
嘲られ、踏みつけにされる者の苦しみを知ることで、謙虚謙譲を旨として生きることができるようになる。己が能力を、他人を嘲り、踏みつけにするために使おうとは思わなくなる。そうした精神修養のための行なのだということだった。
だが、高山邦夫はそれを拒んだ。
どこまでが高山自身の選択で、どこからが山田への反発に起因するものだったのか、その境目は高山にもわからない。いずれにせよ、彼は己の力を己のために使うことを選んだ。言霊の力ですべてをねじ伏せることを選択した。
高校三年になった高山は山田とは別のクラスになった。能力に目覚めると同時に吃音も克服していた高山は、その力でクラスを支配した。試みに口にした言葉が、クラスメイトの心をみごとに縛り付けた。人を操ることの快感を高山は実感することができた。己が言霊の力をはっきりと意識できた。教員までもが彼のいいなりになった。笑いの絶えない山田のクラスとは違い、高山のクラスは彼の性格を反映して重々しい空気に包まれていた。
高校卒業後大学に進んだ高山は、在学中に作家デビューした。
彼のつづる言葉は中毒性のある美文と称賛された。実のところは、言霊が宿る彼の言葉が、人々を魅了したのである。国家の官吏たちは、公の場から姿を消していた言霊師が戻ってきたことを歓迎した。高山の祖父は、自分たちの記憶を消したつもりだった。だが、高山を訪ねてきたあの辰浪のように、言霊に耐性を持つ体質の者らは、彼らのことを忘れてはいなかったのである。
「先生、あなたの力が必要なんです」
そういいながら頭を垂れた男は高級なスーツに身を包み、高山が嗅いだことがないようなオードトワレの匂いを放っていた。
「この国を救うために、ね」
男は、そう付け加えてにやりと笑った。
「なるほど、それはよきことですね」
己が力を己がために使うことを是とする高山は快諾した。秘書として使って欲しいと紹介されたのは、あの辰浪の息子だった。言霊の力を再び国家のために使うこと。権力の側に立つこと。それは高山にとって悦び以外の何ものでもなかった。それを背信だとなじる同業者たちにはためらいなく制裁をくだした。
高山は、大衆的な人気を博する作家となっていた山田を蹴落として、文壇で確固たる地位を築いた。そんなとき、彼は山田がすでにかつての恋人海野楓花を病気で失っていることを知った。それが、彼がずっと結婚しないままでいる理由だという噂も耳にした。生涯続く喪に服しているのだと。
それを聞いて高山は呵呵大笑したといわれている。腹の底から勝利の、あるいは歓喜の声を上げたのだと。なぜか? 彼には死者をも呼び戻す力があったからだった。言霊師の世界でも禁断の技とされている御霊移しの術を用いて、己が飼い猫に死んだ海野楓花の霊魂を呼び寄せた。そう、山田の恋人だった女を、自分の飼い猫に宿らせたのだ。その技が禁断とされているのは、この技を使ったものは、呼び戻した霊魂が去るときに、いっしょに連れ去られるからだった。それでいいと、高山は思っていた。復讐が遂げられれば、もはや望むものは何もないのだから。
ただ、高山は気付いていなかった。楓花の霊魂が呼び寄せられたのとちょうど同じ時に鉾の会のメンバーに首を斬られて命を失った少女がいたことを。およそ一年前に、鉾の会が襲った『憂国詩人の会』を中心としたヘイトスピーチに反対する集団の中に、その少女はいた。首を切り落とされた瞬間に、楓花の霊魂は、まずその少女を蘇生させた。切った若者は、確かに切り落としたはずの首が元通りついているのを見て戸惑い、それから恐怖して逃げた。少女は、最初海野楓花の人格で微笑み、それから元の少女の自我へと回帰した。つまり、楓花は自ら避難所を作っておいたのだ。そうしておいてから、猫のなかへと入った。少女の両親は、襲われたと聞かされていた娘が無事で戻ったことを、手放しで喜んだ。
だが、すべては今終わる。少女は本来居るべき場所に帰る。同時に猫も眠ったまま息を引き取る。そして、御霊移しの秘技を行った者もまた、いっしょに連れさられることになる。そう、いまこの瞬間に』」
「楓花!」
呼ぶ声がした。真田が駆けつけた。少女の首を拾い上げて抱きしめた。少女の首は、真田を見てももうほほ笑むこともなかった。
「いや、・・・もういないのか。誰も」
真田は、自嘲の笑みを浮かべた。
(『物語健康法 入門編』より抜粋(その④)
(第四章より)
第四章 応用編
第五節 ワン・オン・ワン物語合戦
いよいよ応用編もこれで最後です。ここでは、ちょっと楽しいゲームをご紹介するとしましょう。いってみれば、物語によるストリートバトルです。ラップではよく見られるあれを、なんと物語でやってしまおうというわけです。Hey!Yo!なんちって。
やり方はほんと簡単、お互いに物語を披露し合って、まわりのギャラリーがどっちの勝ちかを判定するだけ。同じテーマで物語を出し合うもよし、三題噺的にキーワードを決めてやるもよし、まったく自由に好きに物語を出し合うもよしです。
たとえば、先行のAさんが、こんな物語を語ったとしましょう。
「 こびと族の友人ぽぽから誕生会の招待状をもらったので、米粒アートをプレゼントにぽぽの家を訪ねた。米粒に絵を描くアーティストの友人に頼んで、ぽぽの肖像を描いてもらっておいたのだ。招待状の地図を頼りに、山中に分け入った。こびと族は、なにしろこびとだから、人目を忍んで山中に潜んでいるのだ、と以前ぽぽに教えてもらったことがあった。
ぽぽとの出会いはほんの偶然だった。初夏に河原の木陰で昼寝をしようと寝転んでいたとき、不意に野良猫が飛びかかってきたのだ。訳もわからず撃退したのだったが、その直後に「ありがとう」という声が耳元で聞こえてぎょっとした。
顔を曲げて自分の肩を見ると、豆粒ほどのこびとがほほ笑んでいた。なんでも、どんぐりを取りに来て仲間と木に登ったが、足を滑らせて落ちたらしい。落ちたところがわたしの胸の上で、つまりは胸がマットになって彼を墜落死から救った。次いで、こびと族の天敵の一つである猫が、ちょっとしたスナックを食べる感覚でぽぽを食べようとしたのを、撃退したから、併せて二度彼を救ったことになるのだと、ぽぽは笑った。お礼にと、こびと族の彫刻品をもらったが、あんまり小さすぎてすぐになくしてしまったのだった。
誕生会の知らせは、カブトムシが運んできた。戻ろうとしたカブトムシは、息子に捕らえられてあわれ虫かごの虜となった。放してあげるよう説得したが息子は応じず、さらに哀れなことにカブトムシは、三日後に死んでしまった。虫ゼリーを与えたのにと、息子はひとりでぷりぷり怒っていた。もしかしたら、こびと族に仕えているカブトムシの場合、食性が違うということなのかもしれないと思ったが、こびと族の存在については誰にも言わないよう念をおされていたので、息子にも黙っておいた。
なにしろ、山中の草木が目印なので、地図とはいえなかなかわかりにくかった。やっとのことで、三本松の根っこの下に生えている大きな松茸の下に、ぽぽの家をみつけた。そこでハタと気づいたことがあった。ぽぽの家は瀟洒な作りの洋館ではあったが、なにせサイズが大きな松ぼっくりほどしかなかったのだ。どう転んだって入れないということにそのときやっと気づいた次第であった。大きな音を立てて驚かせてはいけないと、家の前に米粒アートを置いて帰ろうとしたところ、おそらくはその米粒を狙ったのであろう野良猫の不意打ちを受けた。思わずひるんで後ずさったとき、靴の裏でなにかがぐしゃりと潰れる感覚があった。ちょうどまつぼっくりくらいの大きさのなにかが靴の下で潰れた。
あまりのことに、後ろを振り返る勇気もなくその場を逃げるように去った」
これはなかなか堪えますね。きついです。でも、こういう経験誰にもあるような気がします。このどうしようもない取り返しのつかなさ。ほんとやりきれないですよね。
で、それを聞いた後攻のBさんは、こんな話をしたとしましょう。
「「ついに完成しました」
政府お抱えの軍事施設で究極兵器の開発を強制されていた科学者が報告した。戦争で荒廃した国から亡命してきたその科学者は、戦争反対を訴え、世界平和を推進する活動をしていた。けれども、皮肉なことにその能力を見抜かれ、家族の命を盾に、兵器の開発を強制されていたのだった。
「ほんとうか?」
科学者の過去の活動を知っている上官は最初疑いの眼を向けた。
「ほんとうですとも。これは白痴化爆弾と呼ばれるものです。わたしの思想を反映して、敵国民をいっさい殺しません。ただその知性だけを奪ってしまうのです」
「そんなことが可能なのか」
「では、試しに一発撃ってみましょう」
科学者は何のためらいもなく、発射ボタンを押した。ミサイルは一番敵対していた国に打ち込まれ、上空で爆発すると巨大なキノコ雲を巻き上げた。
「さあ、侵略なさってください」
軍隊が派遣されたが、もはやその必要のないことは明白だった。敵国民は全員痴呆化し、なんの抵抗もしめさぬばかりか、どんな理不尽な要求にも易々と従ったのだった。
「これはいい」
政府は大喜びだった。
「さあ、じゃんじゃん撃ちましょう」
科学者はそういって、ボタンを押しまくった。まずは、敵対していた国、それから少し仲が悪かった国、最後には関係性がよかった国にまで痴呆化爆弾が投下された。
少しやりすぎだと懸念した政府だったが、結局すべては自国にとって有利な結果につながるわけだから、最終的には肯定的な反応を示した。大義のない攻撃は、倫理的に許せないと反対していた国民も、世界の富が自分の国になだれ込んでくると押し黙ってしまい、最後にはにんまりと微笑むのをやめることはできなかった。
「どうです。これこそ、世界平和です。戦争のない世界。それが平和なのですから」
科学者は得意げに語り、政府高官たちも、
「なるほど、逆説的なかたちで博士は理想を実現されたというわけですな。結構結構」
などと高笑いをした。
「それでは、仕上げと参りましょう」
博士がまだボタンを押そうとするので、政府首脳は首をかしげた。
「まだ、攻めることで我が国に利益となる国が残っているのですか」
「ええ、我が国にとってだけではありません。全人類にとって益となることです」
博士はためらいなくボタンを押した。
彼らの頭上にキノコ雲が立ち昇った」
さてどうでしょう。先攻後攻ともに、なかなかの物語を送り込んできましたよ。これらはいずれも、皆さんから寄せられた物語からわたしが無作為に抽出したものです。たまたまというか、図らずもというか、なかなかの接戦であるようにも思われます。
さて、皆さんの判定はいかに?
とまあこんな風に、皆で寄り合って物語を出し合って楽しむわけです。ほんとうは勝敗を付ける必要は無いんですけど、いちおう勝ち負けを決めるというルールにした方が、話し手も感情を込めて語るし、聞き手も真剣に聞くということが経験的にわかっているのでこういうかたちにしてあるのです。
日常的ないざこざはこんな物語バトルで決着をつけるようにすると、世の中は平和になるんじゃないでしょうか。ちょっと想像してみてください。あのアメリカ合衆国大統領と、中国のあの主席とが対峙し合い、世界が注目するなかで物語を出し合う様を。イスラエルの戦争大臣とアラブの将軍が眉をひそめて物語を醸しあう様を。そうなったら、いつもは退屈なニュースも様変わり、なんとも楽しい政治、楽しめる外交となることでしょうにね。
(第19回 了)
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