世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
人
人は線で描く
太さと細さは
混じりすぎず
だが共存して
人となる
人となったら
すぐ歩き出す
じっとしたまま
ペンを重ねると
そこで腐る
あるいは枯れる
よい加減で
さっさと出かける
ハンドバッグも書き足す
中くらいの線で
肩紐は細く
丸いボタンを付けて
人は人に会う
定規を使ったり
使わなかったり
いずれ単純な線で
区切られたテーブルを挟み
縁が丸かったり
奥がかすれたり
のの字のように
無造作に並べた皿の前で
おしゃべりする
人は音でもある
声は姿よりも
長く記憶され
だが忘れられ
ふいによみがえる
血筋のごとく
あるいは時間そのものとして
太い声も
細い声も
同じ重みをもち
空間を切り分ける
テーブルごとに
ざわめきはひろがる
砂に水がにじむように
色彩がかわる
ラデッシュがころがる
フォークを逃れ
皿の縁をこえて
美しい線を描く
アスパラガスは指でつまんで
食べてよい
緑の指のように
どちらがどちらか
見分けがつかない
テーブルの向こうからは
透きとおるグラスを
どう描くか
悩むことはない
ただ線だけ
世界との境界だけ
満たされたものに
かすかな煌めき
満たされた人びとは
輪郭がゆらぐ
太い線が細く
袖がもちあがる
細い線がよじれ
目蓋の端がさがる
部屋の隅の人は
一本の線と化す
凸凹の味わいのある
一筆書きの帽子の
料理人がやってくる
ワゴンの上にケーキ
ケーキの上にケーキ
ケーキの上に砂糖菓子
誰も食べはしない
世界が傾ぎ
美しい線を描く
外へ
あるいは上か下へ
人びとは束となって
美しい線を描く
頭があり
腕が長く
足が地に触れて
それぞれの欲望も
美しい線を描く
他者と絡みあい
その線の終わりを
とらえて繋げ
反対向きに始まる
テーブルの中央の
花瓶にかくれて
人の顔は見えず
大きく息を吐けば
花びらが散る
白いクロスに
紅い点が
美しい線を描く
人の輪郭と
時の流れをなぞる
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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