辻原登氏が「『つつくら』のような端正な俳句は久しぶりに読んだ気がする。連作俳句になるとどこかに隙があるものだが、それも見当たらなかった」と評した俳人の文学金魚新人賞受賞作。詩では文学金魚新人賞初の受賞作です。
by 文学金魚編集部
生国の月日短し麦の秋
夏めくや水のすること多くなり
青田波やうやう道の高さまで
蹲や戯れにおく蕗一枚
九相をはやむ卯の花腐しかな
白日傘さしてこころの雨ざらし
日蝕の谷蛍のさかり翔ぶ
石文を埋めて夏草らしくなり
一握の思ひ切れざる雲の峰
風鈴の音によりそふて触れられず
胸先に最果てを置く夕端居
家衰ふころを蘇鉄の盛りかな
新盆や昭和の家に百科事典
流燈会見えざるものを映すみづ
千鳥足星の流るる方へゆく
西新宿どのビルとなく月舫ひ
規制線狗尾草の揺れ止まず
遠吠えをつつむ静けさ野分来る
鎌倉に十の井月ありしころ
一石の日和に秋の縞蜥蜴
ため息の目の置き場なく秋の暮
中秋の月の大きく見ゆる寺
糸尻の水切つて盛る今年米
秋思より食思の妻に安んじる
リンデン散る並木通りの画廊前
交譲の風呂吹冷めてしまいけり
だれかになにか伝へたき十二月
枯芝の空遠くなる大の字に
大方は紙碑ともならず日記果つ
鬼火来よ吾が胸郭に雷管に
まなぶたをあけるともなく初明り
鈴緒の房豊かなる初社
ひとりゐの夜は榾火の騒ぎける
冬籠削れば尖るいのちかな
日向ぼこして半券のごとくあり
をんなにはあるしあはせのしぐさ春隣
下積みの一冊となり春を待つ
秒針を動かす力鳥雲に
七島の霞にかぞふ五六島
断崖を墜ちゆく椿椿なら
汀線をゆるりと鶴の引きゆけり
水草生ふ水の中にも風のあり
棺巻をひときは濡らす春の雪
地下足袋の春泥乾ききつて落つ
體内の六割に足す春の水
鍵束の四半世紀を解く春日
欽定訳聖書読みさす春の雷
つつくらを溜めて潮吹く浅蜊かな
あれこれと外れ遅日のきのふけふ
春愁を捨てる銀紙が見当たらぬ
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
■ 金魚屋の本 ■