「世に健康法はあまたあれど、これにまさるものなし!」真田寿福は物語の効用を説く。金にも名誉にも直結しないけれど、人々を健康にし、今と未来を生きる活力を生み出す物語の効用を説く。物語は人間存在にとって一番重要な営為であり、そこからまた無限に新たな物語が生まれてゆく。物語こそ人間存在にとって最も大切な宝物・・・。
希代のストーリーテラーであり〝物語思想家〟でもある遠藤徹による、かつてない物語る物語小説!
by 遠藤徹
会場から拍手が起こった。ブラボー!という声も上がる。
「すばらしいですね。第一作で、これほどのものをお書きになるとは」
「いえいえ、とんでもない。シロウトの戯言ですよ。とはいえ、私自身この物語に愛着はあります。なにしろ、最初に書いたものですからね。ある意味で、たくさんの人を押しのけてのし上がってきた自分が、無意識に蓄積していた罪悪感のようなものが、これで禊がれたような気がしました。
この掌編を皮切りとしてわたしは、どんどん物語を綴り始めました。ノートに書くこともありましたし、手元に筆記用具がない場合には、懐にいつも忍ばせている録音機に吹き込んでおいて後で書くといったようなことをしていました。いつの間にか、書くことがわたしの生きがいになっていったのでした。
仕事は仕事でこなしつつ、空いた時間には物語を醸し出して書き綴る。わたしはなにかがしっかり補われたような感覚を持ちました。これまでの人生で、なにかが足りない、なにかが欠けているという感覚がずっとあったのですが、そこがすっと満たされたように思われたのでした。しかもですよ、それまで抱えていた胃の痛みまでが、徐々にではありますが薄れていったのです。奇跡は起こりました」
「ほお、奇跡ですか?」
「ええ、そうなんです。えーと、これですね。忘れもしませんよ。この物語を書いた日のことでしたからね。もちろんたいしたものではありませんけど。はばかりながら、読ませていただきます。
『
「おい、そこのカメ!」
「ヒッ! な、なんでしょうか」
「いじめてやろうか?」
「あ、いや、遠慮しときます。あの、わたし急いでるんで失礼します」
「待てよ、こら。お前の速度で俺から逃げられると思ってんのか」
「堪忍してください。行かしてください」
「テメエ、むかつくなあ。そういう態度取るならこうだ!」
「うわ、ちょっ、やめ・・・」
「くそ重いなテメエ、よっこら」
「あれえええっ、ご無体なああああっ」
「はは、どうだ、いい格好だぞ。ヒレぱたぱたしちゃって、かわいいぜ。ひっくり返った気分はどうだ」
「お願いだから、戻してくださいよ」
「ははは、じたばたやってみっともねえなあ。無様そのものじゃねえか。今日は暑くなるってよ。夏日ってやつだそうだ。このままじゃあ干上がっちまうなあ」
「ああ、暑い。苦しい、つらい、死む死む、死んでしまうううっ」
「助けて欲しいか?」
「はい、そりゃもう。あなた様のお力は存分に理解しました、了解しましたから」
「じゃあ、連れてくか?」
「へ、どこへ」
「決まってんだろ」
「いやしかし、それは」
「いいから、連れてけよ」
「だって、あれは、こういうイジメから助けてくれた方のための」
「ほう?」
「え、な、なんですか」
「ほら、ぐるんと回してやるからよく見てみな。どうだ、ぐるん、ぐるーん」
「うわ、目が回る、速い、速いですよ」
「わかったか。この浜辺は現在無人だ」
「つまり助けは来ないと」
「そういうこと、なんでかわかるか?」
「さあ、なんででしょう?」
「これだよ、これ」
「ああ、拳銃。それ、拳銃ですね」
「ああ、やらかしちまったんだよ。もうすぐ追っ手が来ちまう。そしたら、俺は当分臭い飯食わにゃあならない。下手したら一生出られねえ」
「だ、だからって」
「ばか、だからだよ! だから、行くっきゃねえんだ」
「しかし、あれですよ」
「なんだ」
「あちらの一日はこちらの一年にあたります。戻ってきた頃世界はもう変わってしまってるんですよ」
「願ってもない。十五日滞在すりゃあ、こっちじゃ時効成立ってわけじゃねえか。こんな都合のいい話はねえよ。無罪になるためなら人生の十五年やそこらくれてやるわ」
「いや、そういうお考えはいかがなものかと」
「いいから、連れてけ。なんなら一生戻らなくてもいいんだ。いや、その方がいいな。こっち帰ったってどうせいいことはないしな。乙姫とやら侍らせて、楽しくやるか」
「あ、でも、乙姫様は、実のところは巨大ミズダコですが」
「はあ、なんだと? でも、聞いた話じゃ」
「ですから、あれはかなり脚色されてるわけでして。出る料理も海藻ばかりですよ。そりゃ色とりどりではありますがね。あっちじゃ基本肉食は禁止ですんで。酒もあるにはあるけど、かなり塩分濃度が高くってね、なんせ海水で作ってますんで」
「なんだよ、全然話がちがうじゃねえか。まあいい、それなら十五日だけがまんしてあっちに居て戻るとするさ。お宝たんまりいただいてな」
「お宝、お宝ってなんですか?」
「そりゃああんだろ。一応は宮殿なんだからよ」
「まあ、あれですかねえ。基本、人間が捨てたものを拾って、お宝って称してるんですけどねえ。ゴムタイヤとか、錆びた鉄釘とか、大昔のコインとか」
「ほら出た、それだよ。そのコインだよ。そいつを売れば結構な金になるんだ」
「ところがですね」
「なんだよ」
「たいていのはもう劣化が激しくて、ぼろぼろなんですよ。地上に揚げたらきっと崩れてなくなる感じですね」
「ほんとかよ。シケてんな。まあいいよ。とにかくそこで我慢するよ。タコの脚でもちぎって食らいながらな。十五日我慢すりゃいいんだから」
「我慢できるかなあ」
「するさ、だから、連れてけって」
「いや、しかし」
「じれったいな。どうすんだよ。このままカメの干物になるのか? それとも、後悔抱えつつも生きることを選ぶのか、究極の二択だ。選べ」
「じゃ、じゃあ」
「よし、決まりだな。この銃がありゃあ、あっちの世界は俺のもんだ。思う存分楽しむぜ。よし載せろ」
「いえ、違うんです。このままでかまいません。ほっといてください」
「なんだと? どういうことだ」
「決めたんです、干物になるって」
「何い? テメエ気は確かか?」
「いいんです。わたし一人の命のために、皆を不幸にするわけには行きませんから」
「あのなあ、そういうことなら聞かせてやるよ。なんで俺がこうなったか」
「いえ、別に聞きたくないですけど」
「でも、お前はひっくり返ったままだ。だから、聞くしかない。そうだろ」
「まあ、現状そうですかね」
「あのな、俺にはな、アケミって名前の婚約者がいたんだよ。だけど、そのアケミが殺されちまったんだ。物盗り目的のけちな野郎にな」
「そうなんですか、それは・・・」
「で、俺は復讐を誓ったわけさ。交番を襲って警官を殴り倒し、銃を奪った。そして、護送途中の殺人犯を、『復讐するは俺にありぃ!』ってこの手で葬った。そういうことさ。わかるだろ。つまり、俺にはもうこっちの世界で生きてく意味は何も残っちゃいないんだよ」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
「わかってくれるか」
「うーん、わかりました。そういうご事情でしたら、まずはその銃を捨ててください。そうしたら、わたしはあなたをお連れしましょう。実のところは、豪華絢爛たるあの宮殿へ。美酒美食美女三拍子そろった夢の園へ」
「なんだ、やっぱり噂はほんとなんじゃねえか。わかったよ。捨てるよ。この通りだ」
「いいでしょう。じゃあ、わたしを元に戻してください」
「よっしゃ。そうこなくちゃ。よっこら、しょっと」
「では、背中に乗って」
「こうか?」
「ええ、出発しますよ」
「いえーい、あばよ、憂き世のみんなあ!」
「さあ、浸水です」
「ちょい待ち、息は、呼吸はできるんだろうな?」
「大丈夫です。わたしの甲羅の上には、酸素で満たされた結界が張られますから」
「あっちはどうなんだ? 海の底なんだろ」
「同様です。基本地上の楽園イメージをかたちにしたテーマパークみたいなもんなんで。あそこに入るときは、海の者らもみんな人の形をとるんです。だから、空気も満たしてあって、エラ呼吸から肺呼吸に切り替える仕組みなんです」
「なるほど、テーマパーク的なあれだったんだな。つまり、人間界がモデルってわけか」
「まあ、そうなりますね」
「うふふ、楽しみだ。あ、来た。追っ手どもが来やがった。くそ、こんなところで捕まってたまるか。出てくれ。いますぐ潜ってくれ!」
「じゃあ、出発です」
「おう、頼むぜ。あばよポリ公ども。うわ、沈んでく、沈んでく」
「はい、着きました」
「え、もう?」
「はい、ワープしたんで、一瞬です。っていうか、宮殿にはワープでしか行けないんですよ」
「ありがと、これが門だな。開けていいのか」
「ええ、どうぞ、ようこそ」
「ほう、みごとなもんじゃねえか」
「お気に召されましたか」
「ああ、気に入ったぜ。さあ、みんな手を上げろ!」
「ひっ、な、なんで、さっき捨てたはずじゃ」
「バカだなお前、銃を一丁しか持ってないって、俺がいつ言ったよ。ちなみに、交番荒らしの常習犯で、金目当てで女襲って撃っちまったこそ泥ってのが実のところは俺なんだ。つまりは、昨日までのこそ泥が、いまは立派な殺人犯ってわけさ」
「じゃあ、さっきの話は」
「もちろん嘘に決まってんだろ。悪いのはお前だぜ」
「なんで、わたしが悪いんで」
「だまされたからさ。だまされるのが悪いんだよ。さあ、いいか、お前ら、これからは俺がここの主だ。宴会の準備をしろ。俺様の歓迎会、俺様の支配の始まりを告げる祝賀会だ。お酌させるから、姫とやらをすぐにここに連れて来い!」
「残念です」
「そうだろうな、悔しいだろ」
「いえ、あなたのことが残念だと申し上げたんです」
「へ、どういう意味だ」
「テーマパークですから、異常事態があったら、即閉園なんです」
「へ、閉園」
「ええ、空気が抜けて」
「抜ける?」
「そのまま浸水します」
「うわっ、なんだこりゃ洪水じゃねえか」
「もう結界も張れませんよ。ご愁傷様」
「てめえ、撃ち殺す。カメ撃っても犯罪にはならないからな」
「無駄ですよ。水中じゃあ、弾丸はほとんど進みませんからね」
「くそっ、だずげで、だずげ、ぶあっ、げぼっ・・・」
「ああ、姫様」
「どう、首尾は」
「お待たせしました。ご所望だったヒトの肝、なんとか準備できました」
「吟味はしたろうね」
「ええ、さすがに罪のない人間を連れてくるのははばかられましたので、かなり吟味に時間をかけました。これは間違いない、一級品のクソ野郎です」
「でかしたよ、カメ。わたしは満足です」』
(第06回 了)
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