〝よし、その売れていない、秘法を使った旅のプランに、僕たちが最初の顧客になってやろうじゃないか。僕は何でも初めてが好きなんだ。初めてを求めるとき、僕は誰よりもカッコよくなれる・・・〟この旅はわたしたちをどこに連れていってくれるのか。青山YURI子の新しい小説の旅、第二弾!
by 青山YURI子
僕たちは子供の頃から乗馬を習っていたから、この話に都合の悪いことなんて一つもなかった。もう3時間以上も宿泊所とビーチから歩いてきて、好奇心に引きずられるようにここまで来たものの、今こうして休んでいると初めて、両足がペラペラになっている疲労感を感じた。足首は黄色く染まっている。さらに背中には、15キロはあるバックパックを背負ってきていた。ここからは馬に乗りながら、子供時代の気分に戻って、隣に可愛い少女の面影が付与されたアンヘラを伴いながら旅をするなんて、夢のようだ。1の国の旅は忙しかったが、確かに僕たちの旅は今、浪漫的な悠長さを帯びてきているのかもしれない。それに僕の期待していたのは、馬の上に乗りながら彼女が何度も山や、大地、すれ違った動物や人に叫ぶ姿だ。「Yahoo!」、または「アルパカさ~ん!」山を見つければ「アルツール!」とこだまを試す。「おじいさーーーん」絵本から叫び出すように。そして、大人びて気取ったリアルな女性のアンヘラが、力強く、声を蹄と共に高鳴らしながら通りすがりの人に道を聞くのを想像すると、僕の旅の絶頂が予想された。
そして実際、その通りの旅がなされた。
僕たちは、馬に乗り、無事、街のホテルまで辿り着いた。旅の途中、実際にアンヘラは「もっと早く歩きなさぁぁああああい」と馬を叱り、「Oh My Dear !」と、カシオの〝キス〟を落とした時には、何者かに状況が巻き戻されることを懇願し、目的地の街を発見した際には「Here We Gオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!」と叫んだ。僕にはそれがサッカー試合中継の「ゴール」に聞こえ、彼女の後ろにざわめき立つ何千もの観衆の叫び声が想定され、共に届いた。彼女の声は、見えぬ群衆に胴上げをされて、いち早くその町まで届けられるように思われた。
旅の途中には、有名なサンタバーバラ教会やガンダン・テクツェンリン寺を見たこともここに付け加えておこう。時間がくれば全て海の中に隠れる、海の中の町にいると思うと、不思議な気持ちがした。神秘的な行程だった。
さてそこは、すっかりベネズエラのスペイン統治時代の面影を色濃く残す田舎〝街〟だった。田舎街と書くのは、とても面積が狭かったからだ。しかしそこには仕事があり、雑多な人がおり、金持ちの移住区、庶民的な商店街があった。もちろん、貧民街もあるらしく、街を構成する要素はすべて揃っている。街の向こう側には、また草原が続くのが見えた。だから街にはいくつも馬小屋があって、僕たちは馬を貸してくれた友人の小屋を見つけるのに苦労した。
韓国族の住む土地だと聞いていたけれど、ここにはバロック建築もかなりの割合で建っていて、ラテン独特の哀愁が漂っている。街を歩く人々にも、感情を隠さずに身にまとっている感じ、考えを簡単に読まれてしまいそうな、人間味のある顔が多い。それは、アジア人っぽい顔の人も、ラテンっぽい顔の人も同じだった。よく考えてみれば、僕も自国の隣の国際都市に住んでいた間、出会ったアジア人の中で、韓国人は他のアジア人より人懐こく、感情を隠さず、人間味を漂わせる人が多かった気がする。知らない人にも気兼ねなく話しかけるかどうか、世話を焼くところがあるかどうか、が、日本人と韓国人の見分け方だとスギウラは言っていた。ーあいつはスウェーデンで今頃何をしているだろう。ー僕も一度スペインに行った時、お腹が空いて倒れそうになりうずくまっていると、通りがかりの人がクロワッサンとコーラを買って持ってきてくれたことがあった。それを話すとスギウラは、日本ではありえないが、韓国では道に迷っていると察して人が寄ってくる、と言っていた。もしかしたら韓国人とラテン人は通じるところがあるのかもしれない。
狭い〝街〟の土地には、心電図の中で心音が急に高くなるように人を驚かせるいくつかの背の高い高層ビルが建っていた。二階建て、カラフルなコロニアル様式の家が建ち並ぶ中、200階建てのビルが4つある。コラージュの国の韓国人、いや、韓国族は、そう、確かにものすごい技術力を持った人々らしい。夜にはきれいに星空が広がっていたのでーあいかわらず高原の空だったービルは星まで辿るための梯子かと思った。その一本一本はまるでジェンガの木の棒を、全て使って縦に積み重ねられたほど細長く、もちろんあらゆる現代の技術を使って、不可能に挑戦して建てられたのだと誰もが想像できるものだった。
昨日、ハンモックに登ってアンヘラが見たものはこのビルだったのだ。そしてその〝紐〟が、これから僕たちが泊まるホテルだったのだ。「僕たちは紐に泊まるんだね」仄めかしたけど、彼女は何も覚えていなかった。
そこは韓国系のホテルだった。4つ星が表札には付いており、玄関から絨毯が敷かれている。〝ロッテ〟と書いてある。どの従業員も、噂通りの礼儀正しさがある。お辞儀も見ることができた。200階建ての、中腹に位置する部屋で、この目が回るような奇妙なイメージの連続の旅でも、僕たちの故郷の暮らしに通じる、近代的で清潔な部屋に辿り着くと、ここも僕たちと同じような人々が住む町であることを実感を持って感じられ、落ち着くことができた。僕たちの世界と、コラージュの世界との共通のポイント、〝のりしろ〟の部分であるようにも感じられた。この、全く慣れのある近代的なホテル。ユニットバスのある洗面室で手を洗いながら、サービスの歯ブラシやきれいに折りたたんである、硬そうな手触りの手洗いタオルを見つめていると、このポイントを介して、そのまま僕たちの国へ戻ることができてしまうような感覚に陥って、目眩がした。少し涙が出た。目眩が収まると、鏡には日焼けした顔が映った。ガラス張りのシャワー室で体を洗った。韓国製の石鹸は薬草のいい香りがした。壁には石鹸の説明が、薬草の写真と共に英語で記されており、ペナン族が昔から重宝してきた全能薬です、とか、ペナン族が香水として使ってきた草です、とか、いろいろ書いてあった。お互いに褒めあってるな、仲良くやってるんだな、と思った。石鹸は、今日、半日かけて渡ってきた原っぱと同じ匂いがした。けっこう大変だった記憶が蘇ってうんざりしてきた。でも、よく考えると、もうすでに昨日のことのようだった。シャワーを止めた。
ここまで来たのが嘘のよう。昨日のビーチも、マーブル海の美も、コテージも、たった三日前のルート88だって。コラージュの旅は嘘と戯言をくぐり抜ける旅であるのか。それも猛スピードで。嘘と戯言をくぐり抜けた先には何が待っているのか。今夜はイメージを整理したい、と思った。4日間の間に積もり溜まったあまりにも多くのイメージで、頭も胸も高鳴り、掻き鳴らされていた。夜中、日中、踊り続けているあまりにも多くのイメージに手足を取られ、僕の中のイメージはとにかく騒々しく興奮していて、体はあちこちに引っ張られ、貼り付けになったガリバーさながらの気分だった。押さえつけられ身動きの取れぬままに考えてみると、一見、偶然の産物に思えるそれらも、各地で出会ったイメージたちはある同じ法則を元にして立ち上がるようにも思われた。これらのどこかしらにヤドカリ女のメッセージが隠されているのかしら。地図帳での元の国のイメージを捨て、今旅している国を、3つの国の複合ではなく、ありのままに新しい一つの国として見つめると、これが初めからあるべき姿であったような気もする。3つの国が入ってると思うとまた目眩が襲い、入ってないと思うと、目眩は引いた。韓国という国があって、韓国が含まれた(2の国)というものがある。どちらも韓国を含んでいるけれど、二つの独立した国がある。スペインと南米の国々のように。
同じようなことを普通の旅をしていても思うことがあった。人には、それぞれにオリジナルに作りあげられた一日、一日がある。それと同じように国にも、その人にとって違った一国、一国がある。その国ですること、見ること、感じるもの、聞くもの、食べるものは違うし、ある一つの場所を訪れる〝時〟も人それぞれだから、時の数だけ印象がある。どの方向から街に入ったかもそれぞれに違うし、ある夏に、大勢でその国へ大挙していっても、恋人と訪れるか、家族と訪れるか、友達と、もしくは一人で…。分かる言語を聞いた時の『その国』、分からない言語を聞くときの『その国』、言葉が分かるようになって再訪した国は、もう前とは全くパーソナリティも外観も違ってきて、別の国にいるようだ。
…同じ国を基として作られた、それぞれ別の国に、みんなだって旅するんじゃないのか。
人の記憶の中には、別々のその国に関する記憶があって、予備知識があって、偏見があって、見るものを見てきて帰ってくる。あるいは、新しく何か発見して。その人にぴったりなものを。もともと持っていた考えに寄り添うものを、また、裏切るものを。どこかで期待していたものを。違った名前が付けられていてもいいほどに、ある人にとっての国と、別の人にとっての国は、かけ離れている場合もあるのではないか。というより、一人の人間がある国へ入っていくと、それは必然的にコラージュの国を旅していることにはならないか。それぞれに、それまでの人生や、そのときの考え事からなる、異なった要素から構成された”コラージュされた国”に、みんな旅しに行っているのではないか。
シャワーから出てテレビを付けると、韓国のチャンネル、ベネズエラのチャンネル、モンゴルのチャンネルがあった。アンヘラは疲れてすでに眠りに付いている。音量を小さくして色々といじっていると、それぞれのチャンネルに、残りの二か国の字幕、音声切り替えができるようになっているのを発見した。でも公用語は? 国をまとめるニュースは何語で? 政治はどうして行っているのだろう。でも、面倒な事を考えるのはやめた。今日、僕たちはあまりにも疲れ過ぎていた。冷蔵庫からシャンパンを取り出して、口を付けた。ありとあらゆる、その日の出来事が頭の中で泳ぐのを眺めるうちに、眠りに付いてしまった。
Image © Luis Dourado
(第15回 了)
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* 『コラージュの国』は毎月15日にアップされます。
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