ルーマニアは正教の国であり森の国であり、ちょっと神秘を感じさせる物語の国でもある。ドイナ・チェルニカ氏は作家で翻訳家、ジャーナリストだが、小説ではなく〝物語〟作家を自任しておられる。彼女の清新な物語文学を、能楽の研究者であり演劇批評家でもあるラモーナ・ツァラヌさんの本邦初翻訳でお届けします。
by ドイナ・チェルニカ Doina Cernica著
ラモーナ・ツァラヌ Ramona Taranu訳
第11章 カタツムリがカラからでて、子どもたちがなかへはいる
たいようにてらされた道が真珠色にひかっていたので、まようことはありませんでした。少女はまだよろよろとしかあるけないまますすんでいましたが、ブラックベリーのあまさや空のすずしげな色に、少し元気づけられていました。もしかすると、ふかい森にちかづいているのかもしれません。
「なにかさわやかなにおいがするね」少女をはげましたくてアイレがいいました。
「森のにおいかしら?」と少女は答え、じぶんのなかの信じるちからを見いだそうとしました。
「雨じゃなければいいんだけど」イルがぞっとた声でいいました。
「雨はまだまだとおいよ…」小さなあたまをゆらしながら、真珠色の道ぞいにさいていたスズランたちがつぶやきました。
王子とひめは耳をすまして、その小さなこえを聞きとろうとしましたが、すぐにやめました。目のまえに、まどのない、カギのかかったうずまきのようなかたちをした家があったのです。
「どこに出かけているんだろう? そしていつかえってくるのかしら…」アイレが少しがっかりしたくちょうでい言いました。
「待って。おまじないの歌がきくかもしれない。『でんでんむしむし かたつむり、おまえのあたまは どこにある。(そして少し歌のことばを変えて)おかおをだして くださいませ』」
それからもういちどみんなで歌いつづけました。「でんでんむしむし かたつむり…」
歌がおわるまえに、ドアのかんぬきがカチンとはずれました。音を出さずにドアがそとへとひらき、げんかんにカタツムリがあらわれました。赤い目をした、ゆきのように白いそのあたまには、銀色のつのがありました。たのしそうに子どもたちにほほえんでいました。
「どうしておまじないのことばを変えるの? 「つのだせ、やりだせ、あたまだせ」でいいよ。だって、じぶんの家をせなかの上にのせてはこんでいる生きものって、たにんにはばかばかしく見えるでしょ」
「たにんって?」
「虫やくさ、そして僕みたいな生きものがしあわせにくらしているお家なんかを、へいきでひづめでふみつけられる生きもののことだよ」
「それはゴン・ドラゴンのこと?」イルとアイレがたずねました。
「いや、彼じゃないよ」カタツムリが小さくわらいました。「彼はね、じぶんの〝てき〟だけをせめるんだ。〝てき〟と言っても、あらそうあいてだけだよ。だけど、たんにほかの生きものをくるしませるヤツもいるね。たとえばボズガというヤツだよ。いちばんわるい、いくさをしかけてくる生きものだね。朝のお日さまのひかりって、ただただうれしいよね。じぶんの家があると、あらしの時はかくれられるし、冬のさむさからもひなんできる。だれにもじゃまされずにゆめを見ることができるんだ。そんな楽しいまい日すごすカタツムリのような生きものがいることじたい、あいつはいやでたまらないんだ。あいつはせかいのけがれがすべてながれつく、「荒いふち」にあるブタ小屋でいつもまってるんだ。ひとすじのよろこびを感じたら、どんな手をつかっても、それをけがすまでおちつかないんだよ。ああ、ボズガについてお話するだけではきけがする。それよりとにかくお家にお入りください。ほしなどのお話をしましょう」
「カタツムリのカラに、カタツムリいがいのものがはいるって、聞いたことがないわ」少女がおどろいて言いました。
「それはね、今まで地球で生まれた人のなかで、ドアのまえでおまじないの歌を歌ってくれた人がいなかったからだよ。しかも虹の向こうからきた三人もいっしょじゃない。とにかくどうぞお入りください。少女はもうワクワクしてるでしょ」
「わたしは平気だよ」少女はちいさなこえでこたえました。
「平気じゃないでしょ」カタツムリは歌うようなくちょうでいうと、さきにお家に入りました。
アイレとイル、子うまたちと少女はもじもじとカタツムリのあとに家に入りました。木でできた白いかいだんをのぼると、とうめいなかべのまるいへやがありました。その中にしかれたあたたかい雪のようなじゅうたんの上に、気もちよくよこたわりました。
「カタツムリさん、すてきなお家だね!」少女がささやきました。「そして、とてもふしぎ! そとはかたい真珠なのに、ここははてしない空のひかり…」
「これを食べて」カタツムリがやさしく言って、ひかりのつぶが入った杯を少女にさしだしました。そして、ひとりごとのようにつけくわえました。「夜のいちばん星がおとした金のなみだなんだ」
少女はゆっくりとそのいってきをあじわいました。そしておどろいて、家のあるじにたずねました。
「なにをくれたの? かみきずのいたみも、ねつも、つかれも、すべて消えたわ! 歌っておどって、くさの中でちょうちょとあそびたい気分よ。なにをくれたの、ででむしさん?」
「アンブロシアだよ」
カタツムリはいっしゅんためらいました。ちんもくも、カタツムリのひとつの家だったからです。この生きものはすべてをあかすことはないのです。でも今回は、イルもアイレも、そしてこうきしんでみちあふれ、ただただ人をよろこばせたいとねがう少女も、空のような大きな目でかれをみつめていました。子馬たちもこうきしんで赤いたてがみをゆらし、空気をふるわせていました。
「ほんとうにアンブロシアだよ。星はね、わたしたちの世界がいとおしくて、空から地球がよくみえる夜のじかんを待ちこがれているんだ。空からわたしたちを、それからカワラマツバや森やいずみなんかをじっとみつづけても、ぜんぜんあきないんだ。この世界には荒いふちや、そのなかで生きているけものもいるよね。でも星にはすべてがとても美しくみえるみたい。そのため星たちは夕ぐれになると、自分がいちばんさいしょに空にあらわれるように、いっしゅんでも長く、わたしたちの世界をみられるようにきそっているんだ。もっと星に近いところにいれば、きっと星たちの、すずのようなかわいらしい音色が聞こえるでしょうね。夜のとびらがひらくと、一つの星が空をとんできてわたしたちをみる。その星はほかの星よりも、いっしゅんだけ長くわたしたちがみることができるから、あまりのかんどうやうれしい気もちでなみだがでて、そのなみだを地球の上におとしてゆくんだよ。そして、この世界にいるすべてのカタツムリは、かならずそのなみだを見つける。もしひとりのカタツムリが星のなみだをすべてあつめ、いっきに飲んだら、ふろうふしになれる。だけど星のなみだを見つけるのはかんたんじゃない。朝になると、つゆにまじって、すぐきえてしまうからね。それに僕らカタツムリはけっしてよくばりじゃない。ふゆをぶじにこすためには、なみだ一つか二つでじゅうぶんなんだ。そして、いのちがつきる時がきたとじぶんできめたら、アンブロシアへの道のひみつを、カタツムリいちぞくのいちばん若いメンバーに教えるんだ。じぶんが生きて、しんでゆくのはいいんだけど、いちぞくの存在は、ずっとつづいていかなくちゃならないからね」
絵 アンナ・コンスタンティネスク
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* 『少女と銀狐』は毎月11日に更新されます。
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