十月号の特集は「源義と春樹~角川源義と春樹 受け継がれる魂と修羅の歌」である。春樹氏は俳句界の版元である文学の森から何冊か本を出しておられるが、正直言ってなんとも批評しにくい特集である。源義氏は角川書店創業者で、俳句界さんには申し訳ないが、現在でも実質的に俳壇・歌壇のセンター商業雑誌である角川俳句・短歌を創刊したお方である。春樹氏は角川書店にエンタメ路線を導入し、全盛期を築いた出版人である。一九九三年にコカイン密輸事件で逮捕され、角川書店社長を退任したことはよく知られている。ただ出所後に角川春樹事務所を設立して、現在も旺盛に出版活動や映画制作を手がけておられる。
つまり源義氏も春樹氏も、俳人であると同時に大きな現世的力を持つ実業家である。源義氏は物故されたが春樹氏の方は現在進行形だ。現実世界で大きな力を持っていても、政治家が俳句を詠んだなら「畑違いだよ」と、なんのためらいもなくフラットに批評できる。しかしお二人とも角川俳句・短歌のさらに上におられた方である。なかなか物が言いにくい。それに僕のような、まず絶対に角川書店からも春樹事務所からも「本を出しませんか」といった声がかからないとわかっている書き手でも多少自意識過剰なところがある。万が一そんな僥倖が降って湧いた時に、春樹氏について余計なことを書いたりしていたらマズイだろう。まあ褒めておくに越したことはない。
ただこれは僕だけではなく、ほぼすべての俳人や作家が抱いているためらいだと思う。源義氏の作品については、その出版人としての功績とセットで語られることが多い。春樹氏の俳句は、はっきり言えば、おざなりの褒め言葉に終始する場合がほとんどだ。賞賛するにしても批判するにしても、誰だって余計な火の粉が身に降りかかることは避けたい。それに春樹さん、けっこう怖い。生まれながらのボンボンで帝王の雰囲気がある。実際に春樹さんに接したことがない我々には、なにが彼の逆鱗に触れるのかわからない。口を開かなければならなくなっても、実質的に何も言わない方が無難である。しかしそうも言っていられない。ちゃんと作品を読んでみましょう。
かなかなや少年の日は神のごとし
曼珠沙華赤衣の僧のすくと佇つ
敗戦の日や向日葵すらも陽にそむき
しはぶきの野中に消えゆる時雨かな
日あるうち光蓄めおけ冬苺
俳諧の御師のひとりの寒さかな
夏服や棄てかねしものなぞ多き
大寒や子持ち鰈のさくら色
神の井やあかねにけぶる冬木の芽
婚と葬家にかさなる聖五月
秋風の石ひとつ積む吾子のため
墓洗ふ汝のとなりは父の座ぞ
八雲立つ出雲は雷のおびただし
蓑虫や句を晩年の計として
秋風のかがやきを云ひ見舞客
角川源義
源義氏の俳句は穏当な有季定型俳句だが、写生一辺倒というわけではない。「かなかなや少年の日は神のごとし」「神の井やあかねにけぶる冬木の芽」などに典型的だが、強い観念的指向を秘めている。実景を元にそこに作家の心象を加えるにしても、〝立つ〟イメージが目立つ。「曼珠沙華赤衣の僧のすくと佇つ」「敗戦の日や向日葵すらも陽にそむき」などが端的にそれを表しており垂直性への指向が見られる。最晩年の病中吟である「秋風のかがやきを云ひ見舞客」にしても、光の中に消えゆくような一つの観念を追い求めた気配がある。
源義氏については春樹氏が『わが闘争』を書いており、矛盾多く一筋縄ではいかない人だったことがよくわかる。ただ俳句で表現されたような、抽象レベルに抜けるような高い観念が源義氏の生の原理になっていただろう。晩年の源義氏は「かるみ(軽味)」ということをしきりに言ったが、様々な矛盾を軽々と超えてゆく表現の地平を目指してのことではないかと思う。そういう意味で「大寒や子持ち鰈のさくら色」は、なんということはないが秀句である。表は茶色っぽいが、子持ちカレイの腹側はさくら色だ。それは大寒の対局としての春をも示唆している。写生のみで相反するベクトルが一句で表現されている。
火はわが胸中にあり寒椿
裏山の骨の一樹は鷹の座ぞ
瞑れば紅梅墨を滴らす
藤の花雨の匂ひの客迎ふ
米飾るわが血脈は無頼なり
歳晩やかりがね色の仏たち
補陀落やかなた明るき鰤起し
睡りても大音響の桜かな
わが生は阿修羅に似たり曼珠沙華
健次なき路地に芙蓉の咲きにけり
鱈汁や海鳴り瞑き父のくに
もはや何も急ぐにあらぬ根深汁
年ゆくや天につながるいのちの緒
にんげんの生くる限りは流さるる
熱燗や淋しき父に到りつく
祭来る天秤棒の角川家
にんげんに辺境ありて火を焚けり
春の山大悲の水の流れけり
蒼茫の夜空を渡る雁の数
つちふるや一九六〇年の遠きデモ
角川春樹
「米飾るわが血脈は無頼なり」「わが生は阿修羅に似たり曼珠沙華」にあるように、春樹氏の句は俳人には珍しい益荒男振りである。ただ好き勝手に句を詠んでいるわけではない。源義氏の高い観念性は春樹氏にも確実に受け継がれている。「瞑れば紅梅墨を滴らす」「睡りても大音響の桜かな」などの句には、源義氏の句に内在していた矛盾の統合がさらに露わな形で表現されている。テニオハ的技巧ではなく、こういった観念の俳句血脈の継承もあっていい。
また「もはや何も急ぐにあらぬ根深汁」を詠んだ頃から、春樹氏の句が老成といった形で成熟し始めているのが読み取れるだろう。この生まれながらの帝王はやはり孤独である。「にんげんに辺境ありて火を焚けり」と詠っている。もちろん結社誌「河」を引っ張る主宰であるが、門弟たちの不動のお手本になるような句は書いていない。変化し続けることが春樹氏の俳句の意志のようだ。それは現状維持を是とする俳壇の大勢より遙かに面白い。
春樹氏は特集のインタビューで「俳句らしい俳句は裸ではない。今の俳壇がそうだよ。俳句らしい俳句はあくまで俳壇だけの狭い世界しか存在し得ないね」と語っている。こういった発言は結社での出世争いから脱落した俳人がしょっちゅう口にするが、春樹氏の立ち位置はちょっと違う。彼は実際に俳壇に衝撃を与え得るような力を持っている。だからこそ多くの有力俳人たちが、腫れ物に触るように春樹氏を遠巻きにしている。
ただ冒頭に書いたように春樹氏が現実的力を持つ人である以上、春樹氏の作品を読む際の一種の色眼鏡といったフィルターは今後も消えることはないだろう。ただ近刊の『健次はまだか』は良い句集だった。歌壇では福島泰樹氏が挽歌の名手として知られているが、俳句界でそのような試みを行ったのは春樹氏が初めてだ。おおむね凪のような停滞にある俳句界において、春樹氏という貴種がさまざまな面で貴重なのは確かである。ちょっと無責任な言い方になるが、もっと暴れていただきたいものだ。春樹氏が本当にもう何も怖いもののない作家であるのは確かなのだから。
岡野隆
■ 角川源義、角川春樹氏の本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■