いけのりは耳年増である。たぶんご本人は「耳だけじゃなくて年増そのもの」と応えるに相違ないが、まだまだ30代半ば、しかし耳年増、それも史上最強の類いだ。さもなければ人生相談などできるものではなかろうが。それも「いい加減」とくれば、本来なら相当に図々しくなったババアの特権ではなかろうか。
図々しいババアからお株を奪うとは、いかなる図太い神経の持ち主かというと、読めばわかるが極めて繊細である。もっと図太くないと、さぞ疲れることだろうと心配になるくらいだ。もちろん、そのぐらい神経の行き届いたお人に相談なんかは持ちかけたいものではある。言ってること矛盾してるが。
そういうわけで、なんでわざわざ「いい加減」、「適当」と銘打ってるかというと、そのいい加減を売り物にしている開き直り感の裏で、結論の出なさ加減をちょっぴり気に病んでいるいけのりがいるように思う。もちろん人生相談で結論なんか出るなら、誰も苦労はしない。聞いてもらい、なんか言ってもらえれば少しばかり前進する。ときには後退することもある。全般的にそんなものである。人生そのものも。っていうか、どうせ後退なんぞせず、時はどんどん経ってゆく。だからまあ、たいていのことは済ませられる。
とはいえこの書物は、いけのりが全力でもって知力と耳年増の年輪を傾けた回答の結晶なので、そこらの煮崩れたオバハンの放言とはひと味もふた味も違う。何よりまず提示された事象への驚きがある。それは結構、純真な感じもして、ちょっとおっかなびっくりのところもある。が、しかし(いけのりふうには「すかす」)「畏れを知る」ことこそ真っ当で、大事なことではないか。
この人生相談本の見どころは笑いと、何よりこのフレッシュ感だろう。訳知り顏に解決してほしいとは、おそらく誰も思ってない。それは悩みが深くないからだ、と決めつけるわけではない。むしろ悩んで堂々巡りしたあげく、えい、とばかりに新鮮な反応を求め、いけのりへ放られたボールのようだ。回答ではなく一緒に悩んで、あるいは気を動転させてもらうために。
しかし(すかす)、いけのりはここで抵抗をも試みる。そう簡単には問題に巻き込まれまいとするのである。本題に入る前の世間話は、神秘的とは言わないが、そこで開陳される知識のバックグラウンドはまさに年齢不詳。いったい、あんたなんでそんなこと知ってんの。耳年増も生年すらわからないとなると、なかなか占い師っぽくもある。
ただ一方で、それが現代の「若さ」のあり方なのかもしれない(いけのりふうには「カモ鴨長明」)。今の社会は文化的には成熟(もしくは停滞)し、新しい未知のコンテンツへの夢いっぱいな期待感はない。若い人たちにはムダな覇気がなく、過去コンテンツに対する情報処理能力が知性ということになる。過去へのレファレンス、それはまさしく「人生相談」であり「予知」ではないか。
そしていけのりは、いうまでもなく極めて知的だ。あまりその点、強調すると営業妨害になりそうだが。知性に学歴は関係ないけれど(と、言いつつ)実は一橋大学卒業、多忙なビジネスウーマンでもある。「損益分岐点的な背の君(彼氏)」という表現に、それがそこはかとなく(いや、思い切っきり)漂う。
「損益分岐点的な背の君」には思わず吹き出したが、それはまあ、結婚式に招かれた独身女たちが新郎を評し、陰で言いそうなセリフではある。もし結婚した女友達に面と向かって言う度胸があるなら、少し前に流行った「マウンティング」というやつだろうか。ただ、そんな光景は今に始まったことではない。感心するのはむしろ、それに対するいけのりのロジカルで、なおかつ鷹揚な達観だ。
「死に物狂いで婚活し、さらに死に物狂いで妊活して産休に入る友達に、ものすごいドヤ顔で『女は結婚して子供産んで一人前』、『少子化の原因作っちゃダメよ~』と言われた。結婚も出産もしてない私は1/3人前か」というお悩み(愚痴?)に、同じく独身のいけのりが、それなら「美輪明宏氏もピーター氏もマツコデラックス氏も皆、1/3人前になってすまう。マツコ氏なんて三人前はあるので、おかしなことになります」と応える。「えッ? そもそも三人とも性別が違う? 三人とも気持ちはオトメですよ、差別しないでください」と。
差別しないでください、と訴えるポイントのズレ方があまりにも可笑しいが、いけのり本人は何を言われても「そうですね~早く結婚して子供産まねば~」と馬耳東風だという。それも「皆、個々の生命体。それぞれ自分の考え・生き方が、『正』と思って生き、ときにその価値観を周囲と共有すたくなる」だけだから、そんな物言いは「How are you?」といった挨拶と同じレベルのものだと。
なんというクリアで、なおかつ人を安堵させる答えだろう。いけのりはむしろ、相談者のこの友人に対する嫌悪感の方を憂う。「憎しみからは何も生まれねぇッ」。確かに挨拶に過ぎないなら、それが相手の本質だ、とばかりに切り捨てるほどのことはない。この人は今、達成感で盛り上がってんだなあ、というだけだ。(そのうち亭主の浮気が発覚したり、子供がグレて警察に捕まったりすれば、1/3人前なのがよほどいいと思うでしょう… それを期待するというのも、また違うけど。)
そういういけのりは、ずいぶんと苦労人じゃないかと思わせるところがある。そんなはずはなくて秋田の旅館のお嬢さんなのだけど、旅館というのも従業員の人間模様が入り乱れていそうで、耳年増には拍車がかかるカモ鴨長明。若い人扱いしたけれど、ウェブで毎日のように見られるいけのりの人生相談やコメントには、時折ずいぶん癒される。
記憶にあるのは「苦手な人からは逃げていい」と。そんなふうにキッパリ書かれていると、そうか~と納得する。相手が悪いのではなく、ただ自分とは合わない、と認識することは、問題をひどく簡単にする。苦手なことを認めないのは、自分の完全性にこだわるからカモ鴨長明。それゆえ逃げたくなると、相手の欠点をあげつらう。そうじゃなくて自分の限界がそうさせるのだ、と考えるには、自身への諦念が必要だ。
この若い彼女には、どこかそんな深い諦念が備わっている。占い師いけのりの回答は「適当」だそうだが、その鋭敏で優しい感性は、常に人に適し、当を得ている。楽しく読むのにも、まさしく「よい加減」の一冊である。
小原眞紀子
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