歴史秘話ヒストリア
NHK
水曜 22:00~
ドラマ仕立ての部分が多いため、それも一つの物語かな、と思って終わってしまうこともある。もちろん天下の NHK 様が、そんなに極端な仮説を主張することもないというわけで、さらっと抜けてしまう。
古い時代になればなるほど、「秘話」は解釈を混じえたフィクションに過ぎなくなる。どんな魅力的な解釈であれ、今まで「秘話」であった以上、証拠が乏しいだろうから、あとは魅力の度合いを競うことになる。「秘話」でないものはオフィシャルな歴史、「正史」ということになろうか。これは後の政権の都合で書かれているもので、間違いや捏造も多いと言われている。結局のところ立場の数だけ、また想像力の許すかぎりの歴史があるというわけだ。事実の認識と同じに。
そんな中では、時代が新しいテーマであれば「秘話」もまた見つかりやすいと言える。富岡製糸場については注目が集まっているにもかかわらず、知らないことが多かった。どうも「女工哀史」のイメージが強く、しかしそれは富岡製糸場を真似た民間の工場の話だそうだ。富岡製糸場は極めて近代的、一日の労働時間は 8 時間以下で日曜は休み、女工たちは士族の娘たちでキャリアウーマンの先駆けだったという。
ドラマ仕立てのこの番組では、一日に絹糸 4 束を紡ぐ一級女工を目指すという若い女性の物語があった。高給で、赤い襷の別の着物を許されるという「一級」に向けて研鑽を積む姿は、まさに「近代」である。ドラマの主人公はその日々を日記に書き綴っていた女性で、工場での扱いの不公平に激怒してトップの部屋に怒鳴り込む場面が描かれていた。まさに近代的女性の出現である。
それは、明治新政府で功労のあった長州藩の新入りが見習いを免除されたことに対する抗議であった。トップは度胆を抜かれたろうが、訴えは認められたという。抗議した側も入って間もない見習いだから、人を近代的意識に駆り立てるのに、そう時間はかからないということだ。すなわち近代的システムの中で必死に競争しはじめれば、女も子供もその瞬間、近代人になるのだ。
そしてだが、その絹糸をとる作業の難しさ。糸を継ぐ繊細な動きを映像で見れば、なぜ若い女性たちを募ったのかが納得できる。それは貧しい女の子を騙して搾取するシステムではなく、明治政府が彼女たちの細い指先に賭けた大投資だった。
やがて戦争の時代に突入すると、富岡製糸場はパラシュートを作る軍備工場となる。意識が近代化された少女たちを主人公とする、そんな時代の流れはまさに朝の連ドラだ。世界遺産に登録され、さらに脚光を浴びた半期の NHK 朝ドラはこれに決まりではないか。
「秘話」とは、すなわち個々の物語ということだ。それは多く日記に記され、生活の道具などで裏打ちされる。そこから見返したとき、確かに「正史」は何らかのずれを露呈する瞬間がある。それを無視するも、取り上げるも、それぞれの都合であると言えばそれまでだが。ただ「秘話」であるはずのものは生活の痕跡として、今の暮らしに露わに残っている、ということもあるのだ。
田山了一
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■