金井純さんのBOOKレビュー『絵のある本のはなし』『No.011 リンゴ畑のマーティン・ピピン』をアップしましたぁ。エリナー・ファージョンの代表作の一つ、『リンゴ畑のマーティン・ピピン』を取り上げておられます。日本語版でも600ページ弱ある大著です。旅の歌い手マーティン・ピピンが、恋煩いで泣き暮らす男を助けてやるといふお話です。男は自分の恋人が、恋に興味のない6人の乳しぼり娘に監視されて井戸屋形に閉じ込められていると嘆きます。ピピンは井戸屋形に行き、6つの恋のお話をして6人の娘から屋形の鍵を取り上げ、囚われの娘を男の元に送り出してやります。言うまでもなく、ピピンが語る恋物語がメインの本です。
ピピン昼間は様々な遊びを考え出して娘たちと遊び、寝る前に物語を語って聞かせます。6晩をかけて6つの恋物語が語られることは、6人の娘それぞれに異なる形の恋があることを示しています。娘たちは自分が気に入った恋物語を聞くと、そっとピピンに井戸屋形の鍵を渡していくわけです。しかし鍵が揃っても井戸屋形のドアは開かない。ピピンは結局、ブランコの揺れを利用して井戸屋形の塀を乗り越え、囚われの娘を救います。このあたりも象徴的ですね。恋に鍵など役に立たないといふことです。
『マーティン・ピピン』の最後で、実は父親が、6人の娘に自分の娘を監視(幽閉)させていたことが明かされます。父親は自分の娘とその恋人の農夫が、喧嘩ばかりして恋に正直になれない姿を見かねて、あえて二人を引き離したのです。だから娘が男の元に行ったと聞くと、『やれやれ、やっと行ったか』と言うわけです。ピピンは父親に頼まれて娘たちに恋物語をしたんですね。だから囚われの娘だけでなく、6人の娘も最後にはそれぞれの恋人のところに去って行く。
金井さんが書いておられるやうに、『『リンゴ畑のマーティン・ピピン』の恋物語は当初は子供向けではなく、第一次世界大戦の戦地に赴く三十歳の兵士のために書かれたもの』です。20世紀初頭の若い兵士たちがこの物語を読んでいたのかぁと考えると、ちょっと切ないですね。囚われの娘は恋人の所に行きますが、男は娘を得ても相変わらず泣いてばかりいる。ピピンが来ると、最後のお願いだと言って、どうぞ娘にふさわしい男を見つけてくださいと頼む。その男はもちろん井戸屋形の塀を乗り越えたピピンです。ヨーロッパ史上最悪の白兵戦を闘った若い兵士たちは、ピピンを夢見たでしょうね。
■ 金井純 BOOKレビュー『絵のある本のはなし』『No.011 リンゴ畑のマーティン・ピピン』 ■