池田浩さんの文芸誌時評 『No.011 すばる 2013年06月号』 をアップしましたぁ。小川洋子さんと平松洋子さんの対談 『少女時代の本を読む喜び』 を取り上げて、児童文学から 〝雰囲気小説 (アトモスフィア小説)〟 までを論じておられます。『子供にとって世界が神秘的なのは (中略) 全能の他者によって与えられた世界のアトモスフィアを感じ取ることしかできない』 からだと池田さんが書いておられるとおり、児童文学と雰囲気小説には接点があります。
結局は不可知に終わるだろう世界の核心に向けて興味や探究の手を伸ばすのが雰囲気小説の一つの定義にということになるのでしょうが、不肖・石川にとっては小川洋子さんの 『薬指の標本』 がその代表であります。あ、あくまで個人的な印象ですからぁ。この小説は事故で欠損した薬指を持つ女性が、不思議な男と知り合って、それを回復・奪還するために、男と一緒に部屋に消えていくまでを描いた中篇です。
女性読者にはすんごく好評な作品ですが、最初に読んだとき、石川は 『んんん?』 と思いました。たるいんですね、小説の流れが。不必要と思われるような風景描写なんかが延々と続いたりします。でも、不思議なことに、それがこの小説の魅力でもあるんだなぁ。なにかが遅延されている。その遅延が深まれば深まるほど、欠損・欠落の闇が深まっていく感じです。このような書き方も、典型的な女性的エクリチュールの一つだと思います。
意味的に読解すれば、薬指の欠損は単なる事故に過ぎないわけです。でもその欠損は何かの隠喩になっている。ただこの隠喩は現実と一対一対応しているわけではない。世界には、人間には最初から欠損・欠落がある。それは回復しようと試みられるべきだけど、必ずしも回復される必要はない。欠損に向けて歩き出したとき、そこに異性が付き添ってくれていればいいといいますか (笑)。サラリとした小説ですが、けっこうエロチックで淫靡な作品であります。
■ 池田浩 文芸誌時評 『No.011 すばる 2013年06月号』 ■