偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。
by 三浦俊彦
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■ ホイス・グレイシー戦を前にした桜庭和志の記者会見での言葉が、来るべき格闘技界・バーリ・トゥード界のトレンドを図らずも予言していたことを今こそ思い起こさねばならない。何でもありの格闘技大会アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップでいきなり連覇しグレイシー柔術最強説を打ち立てたホイス・グレイシーが日本のリングに初参戦して話題を呼んだ『プライドグランプリ・トーナメント』の二回戦。ホイス―桜庭戦が実現することになったわけだが、グレイシー側が二回戦以降のルール変更を要求してきたことに対して、桜庭の見解をマスコミがせがんだわけである。ホイス―桜庭戦は戦前から異様なほどの注目を集め話題になっていた。というのも、打撃系格闘技やプロレスをころころとなぎ倒し不敗伝説を保持していたグレイシーおよびブラジリアン柔術の権威が揺らぎ始めており、その最大の立役者が、プロレスラー桜庭和志だったのである。桜庭は前回の『プライド8』で、グレイシー一族最高のテクニシャンといわれるホイラー・グレイシーを一方的な内容で下し、対グレイシー初勝利をもぎ取っていたのである。しかしグレイシー側は、ホイラーがタップしていないのにレフェリーストップで勝負をつけられたことに繰り返し不服を表明していた(しかしあのアームロック体勢からどうやって逃げられたというのだろう。明らかにグレイシーの言い分は筋が通らない。桜庭の言うとおり、ホイラーはヨガがやりたかったのか?)。レフェリーストップや時間制限のない「本物の闘い」でなければやりたくないというのがグレイシーの主張である。むろんリアル格闘的にはグレイシーの要求は正論である。しかしもともと、15分1ラウンド制の『プライドグランプリ』に契約した時点で、フェイク格闘アトラクションとしての条件を飲んでいたということではないのか。なぜ二回戦を前にしていきなりグレイシーは時間制限なし(1R15分の無制限ラウンド)を要求してきたか。一つの要因は、ひと月半前に行なわれたトーナメント一回戦で、ホイスと戦った高田延彦があまりに消極的なファイトをしたということが挙げられよう。ホイスに引き込まれて上になったはいいがホイスの道衣を掴んでじっとしがみついているだけ。関節技を警戒するあまりわずかな体重差を頼りに何もせず固まって下から殴られ放題蹴られ放題、一つも攻撃を出さぬまま、ホイスの判定圧勝となったわけだが、そのような勝ち方(というより勝たされ方)にグレイシー側は不快の念を表明し、「完全決着」で終わるルールへ変更を要求したのである。この条件を受け入れられない場合は「トーナメントに出ない」というグレイシーの言い分は明らかに契約違反であり、筋が通っていない。しかしもともと、時間無制限ラウンドなし、噛みつき・目潰し以外なんでもありという最低限ルールで頂点に立ったホイスを破る選手が現われないまま、アルティメット大会を始めとするバーリ・トゥード大会は商業的テレビ放送目指して時間制限をつけ、フィンガーグローブ着用を定め、頭突き禁止、後頭部殴打禁止、脊髄攻撃禁止、肘打ちは禁止等々反則事項を次々に定めて、本当の「何でもあり」ではなくなってしまった。ペイ・パー・ビュー放映に合わせて、放送時間内に終わらせなければならないこと、過度の流血が放送倫理に抵触すると考えられたことなどが大きいが、チャンピオンに挑戦するという観点からすれば、ホイスが頂点を極めたのと同じルール、つまり本当の何でもありで戦うのでなければ理屈に合わないだろう。格闘技業界の方こそチャンピオンを無視して契約違反を犯していたわけで、グレイシーの言い分にこそ理があるといわざるをえない。グレイシーのスポークスマン、ホリオン・グレイシーは時間制限に反対してこう語る。「サハラ砂漠のような所に人をバッと置いて、その人を一人にしてしまったら、その人の頭の中はパニックが起こってしまうでしょう。でも彼に「明日迎えに来るよ」と言ったら、彼の頭の中にパニックはなくなるでしょう。……闘いもまったく同じです。時間制限がないということで初めてその人のマインドをテストすることができるんだと思います」(『SRSDX』No.19,p.23)。この言葉は確かにまったく筋が通っている。契約違反を犯しても正論をゴリ押しする、これぞ「何でもあり」の頂点を極めたグレイシーらしい態度。賠償覚悟の申し入れだったというのだからグレイシーの正論ぶりはまことに際立っている。
さて問題の桜庭の記者会見での反応である。以下、これも格闘技専門誌『SRSDX』No.19から引用する(p.30)。
桜庭 僕はべつにこのルールでも構わないって言ったんで。……べつにぶつぶつ言うヤツとやんなくてもいいですけど、でも、やっぱり見たい人もいるだろうし。彼らのルールで、その中でやっつければ、なんの文句もないじゃないですかね。なんか文句が多すぎるので。
――ホイス選手の要求を受け入れることによって、試合時間が長くなったりする可能性もあると思うんですけど。
桜庭 はい。だから1週間くらいひっぱりますよ(笑)。
――膠着とか多くなって、1週間くらいひっぱる?
桜庭 しょうがないですよね。どっちが先にトイレに行きたくなるかですね(笑)。
――向こうがトイレタイムも要求してくるかもしれないですね(笑)。
桜庭 ハハハ。1時間くらいでトイレタイム一回あるとか(笑)。
――この条件を呑んだことによって、桜庭選手にとっては、有利ですか、不利ですか?
桜庭 どっちもどっちじゃないですかね。僕もトイレ近いから、僕に不利かもしんないですね(笑)。トイレ近いんですよ。……あっ、でもオムツかなんかしていけば(笑)。ファールカップの下にオムツを入れておけば(笑)。
――トイレに行かせないと。
桜庭 ええ。きったない試合になるでしょうね(笑)。
記事の最後のカラー写真では、桜庭が右手を挙げて問いかけに応じている。吹出し「お客様の中で、グレイシーと1週間闘える方はいらっしゃいますか?」「あっ、ハイ! オムツがあれば……」「オオォ~!」むろん桜庭の姿は、トレパンの上からオムツをつけた格好である。
時間制限がないと試合が長引くかどうかという点に関しては、「絶対時間」はともかく「相対時間」すなわち格闘展開あたりの時間に関しては、短縮される可能性もあった。ホリオンは「(時間制限なしという)このルールでやることによってファイターたちはすぐに決着を付けようという方向に必ず向くはずです」(『SRSDX』No.19,p.26)と言っており、実際、時間無制限だった初期バーリ・トゥードはたいてい1、2分程度で決着がついている。始まったと思うやいなや戦慄のサッカーボールキックから顔面流血パンチで決着した第1回UFCジェラルド・ゴルドーvs高見州なんか気ッ持ちよかったですよね! 膠着状態が目立つようになったのは時間制限のついた頃からである。ただ、膠着状態の原因はルールではなく、全選手がグレイシー柔術を始めとするブラジリアン柔術を学び始めて全体のレベルが上がったということにも起因しているだろう。ならばなおさら、膠着したまま曖昧な判定で終わらせるよりも完全決着までやろうぜとのグレイシー案は、その発起の経緯はともかく内容自体、すべての格闘家の賛同を得て然るべき大正論ということになるだろう。
プロレス界最大の論客ターザン山本も同誌で言う。「もうペイ・パー・ビューもフジテレビも東京ドームもクソもないんだよぉ。朝までやりゃあいいんだよぉ! ……グレイシーと完全決着を付けるためには、彼らの流儀を聞き入れてどうなるかを見なきゃいかんっ! ……これは贅沢な闘いとゆーか、これに付き合わずして何があるんだと言いたいよぉ。……ペイ・パー・ビューで見るということと、生で見ることを考えれば、現場に参加するほうが特権が与えられるわけでしょ。その差別感もいいよなぁ。……ホイスvs桜庭は我々観客も覚悟を決めなきゃいけない。ドスを突き付けられたとゆー感じだよねぇ」(p.40-41)。
しかしひとり、「時間が長引くかどうか」を一切気にしない格闘家がいた。インディープロレス団体「ギガバイト」の前座でもある彼は、長引くことを前提した上で、何ができるか、をひたすら考えたのである。彼の結論は、桜庭和志が冗談のつもりで述べたことと奇しくも一致していた。いや、奇しくもというか格闘家として彼も桜庭のコメントは聞き知っていたのだが、それ以前から、膠着状態での奇襲戦法を模索する中で、そのものずばりの今や「逆オムツ戦法」として知られた技を心に抱いていたのである。そのアイディアの萌芽は、興行で愛媛県宇和島市を訪れたとき見物した「牛相撲」だった。負けた牛はしばしば、相手に背を向けて柵に凭れ、舌をべろんと出してぼたぼたと脱糞するのである。これは無防備の体勢をさらして負けの意思を明示すると同時に、牛に汚いとか無様だとかの感覚があるのかどうか己れの敗者臭不吉臭により相手を遠ざける効果も持つようだった。意思による行為か反射による現象かは研究中だそうだが、これを白旗としてではなく決め技として逆用できないかと閃いたのである。そこへ桜庭のコメントが飛び込んできて、これは冗談で済まされるアイディアではない、と真剣に取り組み始めたのである。
研究の結果ようやく開発した技の実験にはプロレス興行にはふさわしくないと、彼はバーリ・トゥードに出陣したのだった。
彼というのは他でもない、金妙塾を自然退会した精神的宙ぶらり状態をギャラは五回に一度出れば上出来の格闘アルバイトで紛らわしていた佐古寛司だったのだが、5月1日東京ドームを観戦し、ほんとに尿瓶を持ち込んでいる観客はちらほら見受けられつつもあいにく観客総失禁の壮観図は実現しなかったとはいえ、桜庭vsホイスの試合中に、いくつか己の閃きの現実味を確信させる構図が登場したのを見逃さなかった。とりわけ猪木・アリ状態から桜庭がホイスの道衣をつかんでぐるっとでんぐり返す「恥かし系まんぐり固め」が実行されたとき、おっ、と思わず立ち上がったほどだった。あの瞬間こそホイスの勝機だったのではないか。下穿をズラして噴射すれば、ほどよい下痢であったりすれば――つまり十分な噴出速度を得られる液状度と密着窒息効果を得るに足る固形粘着度とをバランスよく兼ね備えた下痢であったりすれば――ちょうど桜庭の顔面を直撃できる角度ではないか。プライドグランプリ関連のいかなる観戦記を今見てもこの点に言及している記事が皆無であったことからしても、脱糞技に思い当たっていたのは佐古寛司ただ一人であった可能性が高い。
逆に言えば、桜庭のオムツ発言および柔術技仕様のまんぐり固めを知らなかったはずはないグレイシーサイドがこの二つを「必殺の顔面直撃技」として用意できなかったことが、この試合のホイス敗因であったと言えるだろう。
佐古寛司は密かに練習を重ね、意思による随時意図的脱糞、水様度-固形度最適値実現のすべをマスターし、満を持してアメリカのUFC予選に出場したのである。これはバタフライ系と内臓系を架橋する記念すべき出来事となった。案の定「口中脱糞攻撃」は格闘家の戦意を根こそぎにし、佐古は優勝した。脱糞を人間の文化活動にふさわしく勝利の手段として活用するコンセプトだったのである。セコンドにはもちろん川延雅志がついていた。主催者側は直ちに次回より股割れパンツ着用禁止をルールに定めたが、佐古は通常パンツの布面を破って放射する技を開拓して次回も優勝をさらった。太平洋の彼方でのこととはいえ、創成期UFCにおけるホイス・グレイシーの連覇にも匹敵するこの方法論的快挙が格闘王国日本で十分認知・評価されていない現状は憂うべきだろう。
想定外の連覇に遭って主催側は、脱糞・放屁・放尿・耳に唾、唾つぶて(訃霞)・痰つぶて(訃霰)・吐瀉(ポンプ宇野直伝)・射精を全面禁止したが、吐瀉をめぐっては、ボディにパンチを受けた瞬間相手の顔面に少量の吐瀉物をかけてしまったレスラーが反則負けとなって抗告ラッシュが生じて以来、難しい解釈問題が生じた。さらには、相手のツボを刺激して即時脱糞させることにより反則勝ちを収める格闘家も現われ(「おろちの祟り」との関連がしばし追及された)、この「糞ツボ攻撃」も禁止された(「糞ツボ」は、印南哲治が街の少女たちにおろち布教をしていた頃に用いた指圧ダイエットの「つぼ」に由来するということが最近明らかになりつつある。ネオおろち第1期生浜宿麻衣子がJWP女子プロレスに入門し、デビル雅美、ダイナマイト・関西、美咲華菜らに稽古をつけてもらっている最中印南直伝のツボ押しを実行し、練習場をパニックに陥れて破門されている。その後JWPからこの秘技の噂が男子格闘技界に伝わったらしい)。そうすると逆に、糞ツボを突かれたかのように装って脱糞し、反則勝ちを狙う輩も続出した。この「偽装糞ツボ被害」戦術も禁止されたが、今度はこの禁じ手を利用して相手が「偽装糞ツボ被害」戦術を講じたかのように糞ツボ突きを行なう高度な技術も開発されてしまった。この無限後退いたちごっこはどこまでも続いた(発覚例の中で最深のものとしては偽装「偽装・偽装・偽装・偽装・偽装糞ツボ被害・被害・被害・被害・被害」被害戦術が二例報告されている)。こうして解釈問題がとめどもなく紛糾し、紛糾の原因がおろち技への無用の偏見にあると悟った主催側は、ついに、曖昧な解釈による妨げを防止するために、一切の汚物発射技・糞ツボ攻撃技を「解禁!」とせねばならなくなったのである。
肝心の――おろちワザの創始者たる佐古寛司が満を持して予選連覇後も毎回本戦出場を辞退しつづけていたため、UFC主催側も警戒しつつ多少寛容を保ちえたという事情が格闘界でのおろち文化保存を助けたのだった。ともあれ上述のルール的騒動に観られるごとく佐古の技術的影響は業界にて当初より小ならざるものがあったのである。
出遅れた格闘大国日本では、金妙塾主催により当然のように、おろち技以外は全部禁止という「ネオアルティメット大会(略称NUFC)」が世界初開催された。NUFCでは、なにせパンチキックからつかみに至るまでが反則となり、放射技のみが有効とあっては、互いに尻を向けて四つん這いになりながらササササッと相手の顔側に回りこむべく時計の針のようにぐるぐる回りつづける独特異様なる対峙ばかりが見られることとなった。どの試合も例外なく、忍耐と注意力に勝る片方が相手の逆をついて顔面に尻を持ってゆくことに成功し、その瞬間噴射して窒息状態に持ち込み、倒れた相手の顔面に尻で蓋をしてとどめを刺す、という曲線軌跡美的パターンで終結した。いずれにせよこの種の大会では胃腸内の物量と硬軟度を微調整しうる食餌戦略が重要たることがわかり、全生活習慣を動員した超健康系スカトロ格闘家の切磋琢磨が始まったのだ。浣腸、下剤のたぐいは厳しく禁止されてそれ系ドーピング検査が史上初めての発達を遂げた。【ネオアルティメット大会史DVDBOX初回限定版 アンコール・プレス・ヴァージョン 解説文より】
(第19回 了)
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