偏った態度なのか、はたまた単なる変態か(笑)。男と女の性別も、恋愛も、セックスも、人間が排出するアノ匂いと音と光景で語られ、ひしめき合い、混じり合うアレに人間の存在は分解され、混沌の中からパズルのように何かが生み出されるまったく新しいタイプの物語。
論理学者にして気鋭の小説家、三浦俊彦による待望の新連載小説!。
by 三浦俊彦
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■ 桑田康介入塾当時に「黄金小噺大賞」タイトルを保持していたのは、シリアスでもトリビアルでもコメディでもないあえて言えばメルヘン系、見ようによってはちょいホラー系の目撃談である。談・予備校英語講師国居孝信。(これはほどなくして、これも2ちゃんねる野糞スレ02/08/19 11:24~08/20 11:48に、何者かによって一部が盗用投稿された)
大学時代、駅行きのバス待ちの列がすごく長かったので歩くことにしましてね。本来ならバス通り沿いだけど、まだ2時すぎで暇なので一本奥の用水路のある道をしばらく、小学生の下校集団の後を追い越しそびれてちんたら歩いてたんですけどね。そのうち一人の女の子の様子が、ときどき忍び足気味にするみたいな変な感じで。T字路にさしかかったところで、その子一人だけ道に残って。うすむらさきのスカートとピンクのTシャツが配色絶妙の、5年生くらいのツインテールでしたが。急にピタッと立ち止まったんで俺はべつに悪いことしてないのに反射的に、木陰に隠れましてね。こういうとき困っちゃいますよね。とっさのタイミングで変な予感が働いたかのような行動をとっちゃったってやつ。気配が消えたっぽいのでそっと覗くと、女の子は直立不動、三十秒くらいもじっとしてましたが、回りをきょろきょろ見回すと、Uターンしてこっちへ小走りに向かってきて。あっと思って、俺はなんか本格的に隠れてなきゃならなくなっちゃいましてね。俺の隠れてる木の手前にカバンを投げるように置くと、スカートを背中というか肩くらいまで一気に捲って。臨戦態勢満々て感じ。黒のブルマを下ろそうとした瞬間、「がさ……」て草を蹴っちまいまして、俺。女の子は中腰からまた直立に戻って、びくっとこっち向きまして。目がアーモンド形で、も少し成長したら初ソロ写真集頃の安倍なつみみたいになりそうな癒し系顔の。こっちを確かめにかかるかと思いきや、すぐに視線をそらして下を向きました。ああ、わかった、というか以心伝心というか。向こうからはまだ俺は見えていなかったでしょうが、ちょっと首をめぐらせば見つかりそうだったんです。それをいかにも自由意思で自粛している彼女。誰かいるにせよいないにせよ、いないと決めることにしたらしいんですね、彼女。白昼の暗がり、人通りからチョイ離れた異次元みたいな木陰スポット。誰かに見られてるなんてホラーな事態を認めたくない。お腹に波が来ていて逃げられないのだから、どっちみち。ってこうなると俺としては見つかる可能性満々の隠れ方のままじゃこれ、かなりまずい感じで、とっとと立ち去れと脳は命じているのに、へたに動いて間抜けな音を立てちゃっちゃ俺の存在が気づかれたとお互いわかってしまう。「たとえ誰か覗いてるとしてもお願い気づかせないで!」健気な現実逃避をせっかく姿勢で示した彼女的切望をパアにしてしまうんで。だから身をかがめてそっと草陰を、足を上げずにズリズリ移動して女の子の真後ろに回りこんで……むしろ一段接近した形で停止しまして。草陰と言っても頼りない厚みなので、俺の移動する姿が透けて見えているのでは?と冷や冷やしましたが、女の子はもとの方向にじっと体を向けてうつむいたまま。よしよし。うまいうまい。わかってるわかってる。
ほんと、妙な共犯関係でした。女の子の真後ろからは、藪が密すぎてもはや動けない俺。ここにじっとしているしかない。ほんと白昼の暗がり。俺の姿なんかちょびっと彼女が振り向けば視界に入ってしまうスレスレの草むらなわけで。返す返すも「覗かれているかも」的可能性に耳をふさいで、なかったことにしたまま済ませることに決めた彼女の可愛い決意には助けられました。お互いにね。
もちろん彼女は潜在的覗き魔が立ち去るのを待っていたんです。しかし俺としては、あくまで始めからいなかったという希望を抱かせたまま、彼女の望みを壊したくないあまり、藪を踏む音を避けたいあまり動けなかったんです。
状況が確信できないまま、怖れと羞恥の体感だけはどうにもならないのでしょう。スカートをまくったまま腰が抜けたようにヘッピリ腰で固まっている彼女に俺は罪悪感を深めましたが、わざとこういう状況にしたわけじゃない俺としちゃどうしようもありません。と同時に立ち会ったイベントは見届けなきゃ的なわけわかんない責任感にも縛られる感じでとにかく俺はじっと草陰から覗き続けてましてね。こうなると以心伝心に賭けるしかありません。彼女もやがて硬直から解けたっぽく身じろぎをし始め、悪い可能性は無視することに改めて決めた的にスカートをさらにまくりあげ直しブルマに手をかけ、白いお尻を地面に向かって降ろしていって。
頭を低くしたままの俺の目の前にお尻がぷるぷる降りると同時に、というより降りきる前からむにいいっと目の前に、豹柄のツチノコというかなんというか。そう、縞柄というか豹柄でした、山吹色・黄土色・焦茶色の絡み合った地に、点々とゴマやキクラゲのような大小の斑の付いたほかほか棒状の豹柄肉塊が。お尻の降下より先に地面ににゅる~んと横たわったそのタイミングと質感が、重厚きわまる便意の一気解放をなんかこう、波動で伝えてくるようで、見ている俺もすんごい気持ちよかったなあ。思わず俺の尻から屁が洩れました。彼女の下腹の波動につられたんですね。気持ちよく出てよかったねと、こんなに実感として他人の快便的快感を喜ぶ経験って初めてでした。その趣味なくても、こういう後ろ系の覗きって、人間がお互いの幸福と快楽を願う気持ちを高めるのにほんと貢献しまくるんじゃないですかね。人の快感こそおのれの快感だと。臓腑の底からの幸福をお互いにね。で、吐息とともにすぐにもうひとつ同じくらい豹柄のツチノコがごろんと並んで絡み合いました。見ている俺もまたいっしょに屁が出ました。女の子は、かけっこの後のように「はあはあはあはあ、はあはあ……」と苦しそうに息をして、股間を覗き込むように、両手で両足を囲い込むように体全体を丸めこんで、思い出したように木陰に誰もいないのを何度も確認、したいのを思いとどまるふうに、ぴくぴくと下を向きつづけて、ポケットティシュでおしりを揉むように拭くと、立ち上がって。もいちど言っときますけど俺は成り行きで覗いちゃっただけですから。当時の俺はそういう物質への趣味も全然なかったですから。ましてやロリ対象の傾向なんて今でも。ほんと成り行きで巻き込まれただけですから。で女の子はカバンを手にとり、一刻もはやくこの場を去りたいのか、ほかほか湯気を立てているツチノコ姉妹を砂や草で隠すでもなく前の道をたちまち全力で走って行きました。
(よかったねよかったね、うまくやり過ごせたね……)
彼女に対するねぎらいの気持ちと温かい連帯感でいっぱいでした。俺も当然、彼女を傷つけたり怖がらせたりせずにすんでホッとしていたので。
女の子が去ってからも、俺はしばらく息を殺し続けて――テンカウント十回――彼女の足音の余韻もはっきり消えるのを待ったあと、はい、ツチノコを見に行きました。
あんなに気を遣わせたうえにここまで見届けたんだから最後まで見なきゃって、やっぱり義務感みたいのに駆り立てられまして。綺麗な豹柄も間近で確かめたかったし。ぬるぬるした粘土のような重厚なツチノコでした。鮮やかでした。しゃがんで至近距離でしばらく見とれたあと、そっち系趣味もないのに魔が差したように、というかそのときだけ体質改善されてたみたいな妙な諦めがあったというか(ええ、欲求とか衝動じゃありませんでした、体液が変わったみたいでした)、操られたように枝とかを拾ってそれの表面に刺したり、切ったりして、表面のやや干涸らび始めた茶色と内部の蛍光山吹色のコントラストを楽しみました。で、しばらく専念してフト振り返ると、なんと……
なんと……
当の女の子がですよ、紫とピンクの配色がですよ、俺が最初に居た木陰から、じっとこっちを見てるじゃないですか!
確かに道を去ってって見えなくなるほど遠ざかっていったのに、戻ってくるとはな!
だって無難にやり過ごすことに決めたんじゃなかったのか、きみは?
おいおい……
自分の産んだものをどうにかされてるところを咎めるつもりのフェイントだったのかい?
あんなに人の気配を無視する道を選んだからには、一目散に立ち去るでしょうよ、ふつう。しっかり戻ってきて事実を確かめるとはね……! カバン一つだし忘れ物の心配なしなのに。やられたよ。わけわかんないけど恐ろしい子だ。
あれほど感じた以心伝心が……
以心伝心の幻想を打ち砕かれることがこんなにもショックだとは。
これからの人生に、人との繋がりに自身を失いかねない俺というか。
……と一瞬沈んだ俺でしたけど、こっちを見ている女の子の、幽霊に出遭ったような、わら人形に釘を打たれた現場を見てしまったような、怯えきった半泣き顔の超いとおしさは――、もう誰と出会っても再現できないでしょう……。
自信喪失と罪悪感の波動が……いとおしさに脈動を与えて……。
だからそんなに怖いならわざわざ戻ってくるなよって話ですが。
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(演習問題:ここでひとしきり質疑応答がなされたが、質疑応答の発言も授賞対象となる「月間黄金小噺大賞」に輝いたのは語り手自身の次の台詞だった。授賞という評価は金妙塾的に正しかったかどうか、理由込みで考えてみていただきたい。――「結局戻ってきて覗き返したことで、彼女は形の上で「勝った」んですね。現に私が「やられた」と思ったので。「勝つことでしか癒されない」というのが人生論的真実だとしたら、覗かれた傷を癒す本能を彼女は証明したということでしょう。何事も曖昧にしたまま逃げてはいけない、という平凡な教訓に私は負けたってことです。何かと便利な曖昧さに頼り続けてきた私が」。)
金妙塾で語られたこのような数々のおろち系エピソードの数々を吟味するに、その遍在性というか日常性というか、例の袖村茂明的ビジュアル体質なるものも決して特異体質ではなく、世に散在するノーマルな尾骨の軋みや腸管の震えがたまたま統計的揺らぎに連動した結果論的現象例にすぎないと改めて感じられるだろうか?
しかし語り手が「そのときだけ体質改善されたみたいな諦め」と述べている部分に注目していただきたい。その体質改善的衝動とは、一種伝染性のただし短期持続型のサイキックパワーであるらしい。新世紀に展開を遂げたおろち学が次々に解明したところでは、金妙塾やウェブ各所で顕著なおろち系視覚経験を誠実報告した人間の優に6割以上が、経験直前にまさに袖村茂明当人と「何らかの接触(対面、隣接、同席、通信、同サイト同時接続など)」をしていることが判明しているのである。たとえば上記語り手国居孝信は、バス待ちの停留所において、彼が立ち去るほぼ同時刻に袖村が列に並び、混んだバスに無理矢理身体をねじ込んでいることが立証されているのだ。
袖村茂明や蔦崎公一のような特異体質が、広義の接触によって一般人の体質をしばし変化させ、ビジュアル体験や食体験をもたらす効果をいかに発揮したかは、今後の調査によりさらに解明され、そのメカニズムも知られることとなるだろう。おろち学の将来は、ウェブに残る記録一つ一つの地道な個別追跡作業にかかっていることがわかる。
なお言わずもがなのことであるが、戻ってきた女の子と語り手がそのあとどうしたか、またすぐに逃げられたのかそれとも会話的一片なりと交わしたのか、そこはあえて語られず、聴衆からもそこ関連の質問は出ていない。そのあたりが金妙塾スタイル固有の文化であり、おろち系アートの潮流に通底する暗黙の傾向である。
いずれにせよこうした談話仕立ての交歓が病み付きとなった桑田康介は、ほとんど毎日、金妙塾に通うようになった。
■ ついに、怪尻ゾロの顔面脱糞による死者が出た。気管に軟便を吸い込んだことによる窒息死であった。川延雅志は即座に警察に呼ばれたが――そう、警察は元祖怪尻ゾロの正体が川延であることをとうに察知しており、暴力少年層のコントロールのため泳がせておいたのだという――、証拠不十分で釈放された。証拠不十分どころか実際、被害者の顔面に硬化して張り付いていた半乾き糞から採取された血液型はO,B,ABが混在して複数の人間を指示しており、偶然にも川延の血液型Aは含まれていなかったという。そう、複数犯。警察もこの段階ではうすうす川延系模倣犯の影を疑いながら、怪尻ゾロ=ネオおろち系の身元を一人たりと突き止めていなかったようである。
しかしそういうものであろうか。周到に隠密に慎重に立ち回っていたはずの川延はいともたやすく当局に把握されていた一方で、杜撰きわまりないしかも目立ちまくった集団形態の行動に及んでいたネオおろちが一人も尻尾をつかまれていなかったとは不可解と言うべきだが……、これはどの繁華街の警察も「あの陰気な色男め派手に害虫退治やりつづけとるなあ……」的思い込みのもとで静観していたからだろうと思われる。しかし前述のように川延はしばらくヤンキー狩りを中断しており、その間も真面目なサラリーマンらの顔面受難が続いていたのだから、被害者の二層化に応じた捜査網の洗練を怠っていた警察の横着は責められねばならないだろう。川延自身はもちろん真犯人はニセ怪尻ゾロであると確信していたが、そもそもその「ニセ怪尻ゾロ」とは何物であるのかがさっぱりわかっていないのだから、UFO=未確認飛行物体のごとき空虚な呼称に過ぎず川延は事情聴取のときに「ニセ怪尻ゾロ、ニセ怪尻ゾロなんです」といった空語を繰り返すことしかできなかった自分に大いに腹を立てていた。
しかも気になったのは、顔面糞死した会社員43歳が、勃起したまま硬直死していたと刑事から聞いたことである。川延雅志がここまでにおいて、エロチシズム路線本道のおろち文化に対して併走的予定調和の道を走っていただけで、自らは純おろち路線にとどまり決してエロチ路線に参入していなかったことを想起されたい。川延が目撃し続けていた十数人の顔面糞失神男の誰一人として股間テントを呈してはいなかったはずだと川延は思い返していた(別に顔面糞失神体を発見するたびにその股間に注目していたわけではないのだが、たしかに勃起は一例もなかったはずだと確信できたのは、やはりおろち文化本道のエロス性を無意識裡に川延なりに予定感知しつつ潜在視覚が諸股間のふくらみ度をしかと記憶していた、少なくとも記憶していた自覚があったということだったかもしれない)。「勃起」という一片の情報を得たことによって、川延は自分のまいた種がひそかに独自の価値基準界へ繁茂していってしまった兆候を感じ取った。そして川延にとっての問題は警察側が、複数の血液型検出がなされたことから無軌道なスカトロホモどもの街頭乱痴気騒ぎを疑い始め、川延がなまじ美男子だったことからその馬鹿遊戯の果てに死者まで出した末期的風俗の、証拠不十分ゆえ逮捕はできぬもののこやつが黒幕というか扇動的中心人物には違いなかろうと固く推測し、いつか尻尾を捕まえて逮捕してやる泳がせといてやると真顔で川延に向かって断言したことだった。マークされるのは潔白である以上いっこうに痛痒を得なかったが、何よりも耐えがたかったのは自分が夜行性ホモの眷属だと思われていることだった。別段個人的に親密でもなんでもない警察官らによってであれ、そのような誤解のされ方は耐えがたかったのである。川延は、その容貌ゆえに思春期以降しきりにそのケある同性のアプローチを受けつづけてきたため、その同類と見なされ頷かれることに著しい危機感と恥辱を覚えていたのである。
ここで一点留意しよう。もともと川延雅志の内部では、ニセ怪尻ゾロの杜撰な劣悪便による犯行のため本家の脱糞職人芸の価値が汚された、という怒りが沸点を越えて久しかった。そこへこのプライベートに根深い古きホモフォビア衝動が塗り加わったわけだが、モーホーと思われたくないという幼稚な個的衝迫は、もともとの怪尻芸術欲に比べいかにも低次元にして原始的であり、差別的かつ無内省なほど偏見実践的である。いったんここでニセおろちへの情念が価値的に後退したことにより、川延雅志のその後の必ずしも成功裡に完成されたとはいえない中途半端なおろち人生が決定してしまったと言えるかもしれない。ともあれモーホーの濡れ衣をかなぐり捨てたい衝動と芸術的怒りとが化合して川延内憤怒は赤熱し、そう、熱といえばもちろん、未だ解けざる不愉快な謎――ニセ怪尻ゾロ糞はどんなドス黒劣等便だろうがゲソ墨ショボクリ便だろうが本家糞が持たない自己保温機能を常に失わないという、未知の奥行きを仄めかす不穏な事実――への苛立ちがまた怒りを沸騰させたのである。自らの手でニセ怪尻ゾロを捕獲せんとますます夜な夜な独自捜索を――飯布芳恵とのデートの折にも一人で街を徘徊の折にも、舗道の陰という陰に視線をこまめに走らせ探索を試みた。が、結局怪しげな動きの一つも捕捉することはできなかった。
川延視線のかくも真剣の度合に鑑みれば、そして警察の捜査もその後依然活動継続中ネオおろちの一人たりと接触できなかったところからすると、やはり難なくしかも自ら被害者化することなしに彼女らの糞射シーンを視界に収めえたあの袖村茂明のビジュアル体質ぶりが改めて浮き彫りになっていると言えよう。(なお、筋金入りの食ワサレ体質蔦崎公一が一度もネオおろち被害体験に浴していないということはおろち文化七不思議に数えられている(演習問題:他の六不思議を列挙し、内容を記述し、謎である所以を簡単に説明せよ)。
■ 辻岡鮎子との四年半の交際+三年間の結婚生活の間が、印南哲治にとっては大学院生としての業績を詰み、大学教員の職を得、講師から助教授へと昇任するといった高密度期間に相当していたわけだが、その間の自らの仕事については全く記憶が残っていなかったと伝えられる。気がついたら幾ばくかの論文と、職位と、学会・同僚・学生との繋がりが生活に浸透していて、自動操縦のように自分が環境に適合した動作を成し遂げている最中だったのだという。鮎子死後に印南脳の人格的輪郭上に残存した記憶といえる記憶は、もっぱら尻、尻、尻、尻、それも柔尻豊尻巨尻優尻痩尻硬尻汚尻傷尻痘尻、多種多様でありながら今さら見分けのつかぬ、鮎子の尻も当然中枢に含まれているはずでありながら恐ろしいほどに識別できぬ、尻尻尻尻の視覚像のみが、現実の過去だか架空の過去だか未来の予感の回想だか、眼前に乱舞する映像の洪水のみだったという。この「運命の我が妖精」であるはずの女の尻が脳裏に他の有象無象尻の波間に区別不能状態でまみれているという痛恨の心理状態は、そして本筋の学究生活が無意識自走状態任せになっているという奇怪な心霊状態は、鮎子の死という出来事により印南の心身に刻印された精神的外傷が記憶喪失的に表現されたものというべきか、それともエロス定位の生活がリアルタイムで意識のすべてを吸いとっていたと見るべきなのか、ともかく、その後印南哲治は、生涯を終えるまで、軟尺戦術発見から鮎子死去までの自らの人生の非エロス的側面を一切、自動操縦的形状記憶的無意識の受け継ぎにより何ら実生活上の不都合は生じなかったものの、一切思い出すことがなかったのである。
鮎子の死後、印南は一転して我が心身に意識を集中しはじめた。わがフニャチン妄執の妄念毒素が我が口腔から鮎子の肛門粘膜を通じて体内に浸透し、鮎子の細胞に長期間にわたって負担をかけ、病巣を作ったのかもしれないという罪悪感に苛まれた。そしてふと世俗に目覚めた。鮎子の看護中は忘れていた顎の痛み、そう、最後のあのボフウゥッッッッ、の炎一撃によってやけどをしたように爛れて火膨れというか潰瘍というかができたまま放っておいた上顎の治療に病院通いが二ヶ月になろうとしていたが、それがスイッチとなったかわが身への配慮に蝕まれ始めたのだ。生化学的悪魔の乗り移りに怯えたのだ。あれほど毎日、三年間にわたり累計推定200kgもの癌細胞だらけの粘泥を飲み込み続けたのだ。ただでさえ遺伝的運命を負ったこの身に、近々何も起こらないはずはない。
上顎の潰瘍はやがて完治したが、印南はおびえ続けた。
癌で死にたくない。
癌で死にたくない?
初期おろち史上の主要人物にしては、このおびえはあまりにも通俗である。美しい愛の思い出をご破算にする散文的な自己中心的恐怖である。には違いないが、かりに鮎子がまだ生きていたとしたら、つまり末期癌の宣告を受けながらも印南の顔面に自力で尻蓋かぶせる筋力を維持していたとしたら、印南は喜んで鮎子の痩せ褪せた尻間からどんな色の黄金であれ勇んで飲み込みつづけ、癌宣告以前にも倍する陶酔に眩み痴れたことであろう。生きた愛が波動を及ぼしている限り、黄金プレイはその輝きを失うまい。印南が妻の介護中にその褪せ尻から黄金をすくって食べることをしなかったのは、ひとえに、鮎子の肉体がすでに愛によって黄金を送り出す自由意思の余力を失っていたからに他ならない。愛の源を失ったことが、印南の散文的恐怖の源だったのである。よって鮎子死後の自己中心的散文恐怖は、生前の鮎子への愛の輝度を証明するものであったわけだ。
であればこそ、記憶の中の現実だか架空だか妄想だか、無数の美尻汚尻の乱舞の中から鮎子尻を見分けて脳裏にじっと喪に服し面影尻影を噛みしめることのできない己が不甲斐なさに歯ぎしりした。
そうして印南は、きわめて自然な発想だが、愛の喪失による黄金恐怖を、黄金愛の復活によって愛ぐるみ克服しようとしたのだ。印南は不特定女尻との黄金プレイに走った。表面上この方針は、新しい健康な黄金を補給することによって、すでに蓄積された汚染黄金の癌毒素を希釈する行為であると解釈するとわかりやすいだろう。そう、なんと希釈ときたものである。依然これは、鮎子との黄金生活に至るまでの超俗的な自己鍛錬のレベルからすれば途方もなく通俗素朴の保身的利己的プレイに過ぎなかったが、すでに生身の愛の剥奪された今となっては、印南自身の体内に残存する鮎子成分は、鮎子喪失の悲しみを快楽重ね塗りによって封じ込めようとの本能的展開を妨げる異物にしか過ぎなかったのである。
印南哲治が三十五歳の夏に一念発起、黄金陶酔の深奥を窮めんと決意したのは、このような通俗と超俗の狭間をすりむきながらねじ抜けてゆく俗世稀な意識流によるものであったのだ。印南は、鮎子細胞によって殺されるのではないかなどという恐怖におびえる自分に不甲斐ない怒りと罪悪感を覚える反動で、純愛の慣性を貫こうとした。すなわち、最愛のパートナーであった鮎子と一度もノーマルセックスをしなかったという尊い事実にこだわりつづけるようにしたのである。そしてやがてそれは本心となった。自分と鮎子の間の愛の百分の一にも及ばないかすかな好意や性欲や単なる好奇心からきょうも日本中のホテルでアパートでマンションで何百万という若者が惰性的なセックスにうつつを抜かしているかと思うと、印南は鮎子の純情を冒涜されたような苛立ちに襲われ、キリキリと胃が痛むようになった。セックスにうつつを抜かす世の風潮を憎み、『アンアン』が「セックスできれいになる」特集をするたびに車内吊り広告を破いて回り、「セックス・ダイエット」なる煽り意図剥き出しの特集号刊行時に至っては本屋からコンビニからキヨスクから二十冊単位で買い占めては特集頁で尻を拭いて茶色く染めて交差点角の目立つガードレール端にかぶせておいたり若い女性の立ち寄りそうなブティックや化粧品店の入口のカゴや傘立て等に広げてひっかけておいたり(「ダイエットするならセックスレス大量極太糞産出術で!」)するほどの神経症状に襲われるようになってきた。鮎子が結婚前から本来はノーマルなセックスを望んでおり、印南自身のいきさつから処女のまま死なせることになったことを罪悪感含みで大いに悔いていたからだ。この悔いを癒す手立てはただ一つ、ノーマルセックスなどよりも黄金プレイのほうが恍惚度がずっと高いということを証明することだった。鮎子が失ったものは与えられていたものに比べて遥かに重要でなかったことが証明できさえすればよい。そしてもう一つ、勃起の抑制と回復をめぐる物語こそ自分と鮎子との歴史であったと言えるわけなのだから、勃起の通俗的機能を超える理念を追求、さらには普及させることこそが、鮎子の霊に真実報いることになるのだと思われたのである。かくして、印南哲治による黄金プレイ装い改めおろちプレイの布教活動が始まったのである。
このプロセスは決して速やかに膨張したものではなく、布教的認識に到達したとき印南は四十一歳になっていたが、かくもじっくり熟成させた悟りのわりには、「結論の決まっている努力ほど悲劇的な予兆を孕んだものはない」という単純な事実にこの時の印南哲治は気づくよしもなかった。新しい通路への光を発見して意気揚揚と躁状態にすらなりかけていた印南の布教姿は街の少女たちにただちにかつひそかに知れ渡ることとなった。
(第18回 了)
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■ 三浦俊彦さんの本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■