「ちいさな魚を木箱に入れて
おおきな魚も木箱に入れて」
石畳の上にスカートを広げ
女の子が歌っている
ひっきりなしに白い腕が上下し
手が魚の尻尾をつかむけど
魚の姿は見えない
僕は通り過ぎる者
リゾートホテルはこの世で一番無意味な場所だから
一人でフーコックのリゾートホテルに一週間滞在した
朝起きるとビュッフェ形式の朝食をとり
ベッドの上で読書する
ビーチに面した側には爽やかな青空と海が広がるが
エントランスから歩いてゆくと
すぐに粗末な建物が現れる
店先にマンゴーやバナナが積み上がり
その場でフレッシュジュースを作ってくれる
土産物屋には陶器や木製の小物がいっぱい
真空を嫌うように隙間なく並べられている
手の届く限りの空間を埋め尽くしている
どれを選んでもいいように
どれを選んでも同じだというように
服屋にはハンガーに掛かったカラフルなワンピースやバミューダパンツ
歩道から店の奥までぎっしり詰まっている
毎日水平線に太陽が沈むけど
東南アジアは日本と同じ平面だ
アメーバーのような
未消化の吐瀉物のような色とりどりで雑然とした街が
どこまでも続いている
秘密の場所は家の暗がりにある
聖なる場所は路地の片隅にある
僕は歩き疲れた
嫌というほど歩き回った
もう快適なホテルから出ない
ホテルと空港をタクシーで移動するだけ
二十年以上前にスペインを旅行した
フィリピンの聖像サントに夢中になっていた頃で
その源流を古い教会に辿った
東京で知り合ったマルチリンガルの
アメリカ人イコノロジー研究者といっしょだった
西ヨーロッパには
信じられないほどの富の痕跡が残っている
イベリア半島から始まった大航海時代が
蕩尽し尽くせないほどの富をもたらした
だが僕らはその最高の瞬間を知らない
目も眩むような高みを知らない
「神巨なる鯨を創造りたまえり
さっさと天辺まで高い主檣を登れ
僕の国では鯨がすべての始まりで
それが目も眩むような摩天楼になったのさ」
マドリードのバルでビールを飲みながら
アメリカ人研究者が快活に笑った
塔はいつか崩れる
もうもうと塵が舞い上がる
世界中どの都市に行っても
大小のビルがキノコのように林立している
太陽が傾き始めた昼過ぎに
ホテルのインフィニティプールに行く
年配の夫婦がビーチチェアに寝そべり
ポツポツと会話しながら
モヒートやジントニックを口に運んでいる
ハネムーンのカップルがじゃれ合い
内緒話をして
顔を見合わせ無言で幸せそうに笑う
顔も体つきもよく似た中年の姉妹だけが
ビーチチェアに腰かけずっと話している
男同士はあんなに話すことがない
老夫婦も
幸福なカップルだって
何を話しているのだろう
何を
ときおり啜り泣きと
小さな笑い声が聞こえる
あふあふ
あ
強い太陽の光に照らされて
溺れないように口で息をする
救ってください
この静かな悲惨から
眠くなる
新しい塔が崩れて
塵になる
彼女たちの声が
魚のいない静かなプールの上を
どこまでも広がってゆく
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