宋(ソン)美雨(メイユー)は民主派雑誌を刊行する両親に育てられた。祖国の民主化に貢献するため民主派のサラブレッドとして日本に留学するはずだった。しかし母親は美雨を空港ではなく高い壁に囲まれた学校に連れていった。そこには美雨と同じ顔をしたクローン少女たちがいた。両親は当局のスパイだったのか、クローンスクールを運営する当局の目的は何か。人間の個性と自由を問いかける問題作!
by 金魚屋編集部
8
C班事務局へのタレコミは、美雨が依頼を受けると決断したあとも送られてきた。より具体的な内容を含んだものだ。街の名前はもちろん、幹線道路から一本奥に入った小路の描写さえ伝えられていた。
人口は百万程度だろうか。予行練習用の街より規模は小さく、大通りの幅こそ立派だが、長さは主要都市と比べようもなかった。林立する商業ビルのあいだを覗けば廃棄物を隠すためのビニールテントがいくつも折り重ねられてある。この地域から出ている政治家の非力さが、人々の生活に影を落としているのだ。衛星都市のひとつだとはいうものの、数年もすれば地図から消されてしまうのでないかと思うほどの枯れ方だった。
目抜き通りを抜けると、交差点を境にして、異界へ迷いこんだように錯覚した。商業ビルで営業する店の看板は古めかしかったが、死に物狂いで流行に食らいつこうとする気概が感じられた。それに比べ、交差点の向こうに広がるのは、息吹を感じさせない景色だった。幹線道路沿いに五階建ての共同住宅が伸びている。緩やかにカーブし、終点まで確認できない。白亜だったはずの外壁には風雨が滲みこみ、ネズミの体毛を思い出させた。いまにも崩れてしまいそうなベランダに干されている洗濯物だけが唯一の色彩だ。夜の帳は降りたというのに、取りこまれていない衣服がいくつも揺れている。洗濯物も灯りもない部屋はもっと多かった。
「ここは、三十キロほど先にある炭田で働く人たちのために建てたそうよ」
1―41が「白亜」を撫でた。
「事故のせいで炭田は閉鎖されたみたい。その直後に駅やビルをつくって、ここら辺を市街地に変えた。当時は華やかだったらしいわ」
街の発展に不可欠なものだとして、もともとあった住宅を生き長らえさせ、その存在価値を転換させた。居住者の頭から大惨事の記憶を削り取るために。あとは街一面にスローガンを貼れば、新衛星都市の完成というわけだ。目論見どおりには進まなかったようだが。
ふたりは小路へ入った。情報によれば、いま見上げている棟の外れに1―30が住んでいる。最上階、南の角部屋だ。どうしてここを選んだのか。身を潜めるには大都市のほうが適している。もちろん、都会に住むならカネが要る。それなりの場所を望むならコネも不可欠だ。逃亡した1―30にはどちらもなかっただろう。都市圏に出られたとしても地下経済の恩恵を受けなければ暮らせない。鼻持ちならない培養組にそれができたかどうかは疑問符がつく。そう考えれば寂れた街を選ぶのは最良だったとも思えてくる。ただ、ここに居を構えるとしても地方政府の窓口に足を運ばなければならないのだ。
交差点の手前に事務所があった。共同住宅よりも新しい建物だ。炭田事故後にいまの場所に移されたのだろう。交差点を境にした新旧の住民とのあいだを取り持てるように。
身分証を持たない少女が窓口に顔を出し、見事に空き部屋を確保した? どんなマジックを使って。
1―41がエレベーター乗り場に足を向けた。一階で止まっていて、すぐに開いた。しかし、見えない壁にぶつかったように体が動かなくなった。つぎに鼻が反応した。原因を目で確かめたときには、胃のなかが逆流した。
自分の部屋は小奇麗にしても、それ以外のスペースは共用だろうと公用だろうとお構いなしだ。無断で使用するか汚物塗れにするか、その両方か。エレベーターのなかは、一度も掃除されていない檻のようだった。足を踏み入れられたとしても、ドアを閉じる勇気が湧くとは思えなかった。仕方なく階段を選んだ。
一段一段に役割が与えられていた。すべての段に何かしらの物が置かれ、捨てられ、腐った状態で放置されているのだ。ふたりは、手すりに縋りながらなんとか踊り場まで到達した。ここが一番酷かった。サドルの破損した三輪車や錆びついたガスレンジ、何を入れているのかわからない袋などが山積し、人ひとりが通れるかどうかという隙間しかない。この先、さらに嘆かわしい悪路が続くのは容易に想像できた。
美雨は、1―41の真後ろをついていった。
道中、1―41がハンドルを握った。美雨は助手席に座り、互いの生い立ちについて話すことができた。1―41は三位で卒業していた。四位とは僅差だったと謙遜していたが、第一世代の外組では彼女だけが卒業資格を得ている。頭抜けていたのだ。育ちを訊くと、両親とも教師だという。躾は厳しく、甘えを許さない親だったようだ。話はそこで詰まった。顔から表情が消えたからだ。しかし、どうしても訊いておきたいことがあった。
表情を検められない、いまなら。彼女の背中に訊いた。
「卒業後、ご両親とは」
1―41が足を緩めた。不意を突かれ、思案する気配があった。
ややあって首を振った。一度も会っていないという。それどころか、在学中も不通を貫いていた。王の方針では、両親との連絡は自由だったはずだが。
「どうして育てようと思ったのか、訊きたいと思いませんでしたか」
足が止まった。
「――わたし、両親が笑ったところを見たことがないの。感情を押し殺していたのか、あれが本心なのか、訊けば答えてくれるでしょう。でも、どちらかの事実を知ることになる」
党の方針を斟酌して育てられたはずだ。それでも、愛情だったと信じている。彼女は自分を説得するように言った。
「信じなきゃ、これからの人生を歩いていけない。せっかく使命も与えられるわけだし」
日陰で生きることを強いられる。胡はそう話していたが。
「使命ってなんですか」
「順位によって違うらしいわ。問題は大前提があるってこと」
「大前提?」
「まず結婚して子供を儲ける」
それができて、初めて使命が通達されるという。
「なんてことはないと思ったけど、意外に難しいものよ」溜息が割って入った。「卒業後は新しい過去と名前をもらうことになる。両親は他界したことになっていて、兄弟姉妹もいないという設定なの。そんな女を迎え入れてくれる家は多くないから」
自分がどこの誰で何者なのか。周囲はいつだって遠慮なく問う。法的に、形式的に、あるいは日常会話のなかにさえ忍ばせる。残虐だ。そのたびに向き合わされ、思い知らされるのだ。もともとこの世に存在しなかったという決定的な真実に。
五階に着いた。すべての階を覗いたが、似たようなものだ。部屋のまえは物置場同然で、横歩きしなければ抜けられない通路もある。荷物の多くがゴミ袋と入り切れないゴミだ。
南の角部屋まで辿り着くのは骨が折れた。隣屋にある袋が破られ、嫌がらせのように生ゴミが散らされてあった。虫やネズミもいたが、人を恐れる気配はない。居住権が発給されたのは自分たちのほうだという顔で食欲を満たしている。
1―41がドアに耳を押し当てた。呼び鈴を鳴らしても反応はないようだ。二十一時を回ったばかりだが、小路は闇に近い。若い女性がひとりで外出するには危険だろう。眠りに就くにしても早すぎる。この時間の訪問には無視を決めこんでいるのか。
1―41が目を閉じ、さらに集中力を高めている。最終結論は、不在、だった。納得した顔でバッグから金具を取り出しはじめた。
「あなたも後期の授業で教わるわ。もっと難解な開錠方法も」
金具は1―41の指先と同化して見えた。当時の優秀さを見せつけるように手際がいい。
室内へ入った。悪臭とは無縁の世界だ。香のにおいが立ちこめていた。玄関は狭く、サンダルと擦り切れたスニーカーだけが置かれてあった。水回りもきれいだ。垢や錆が擦り取られ、水滴は布巾で拭き取られてある。潔癖症を疑わせるほどの手入れのよさだ。生ゴミを入れた袋を覗いてみたが、においが漏れ出さないよう二重に閉じられていた。トイレの手前にある棚の下に置かれ、目立たない工夫も施されている。教化の賜物か。
トイレは共用ではない。各部屋に備わり、ユニットバスを真似たつくりだ。建設された当時は住みやすさを売りにした物件だったに違いない。使い古された影響は消せないものの、どこを切っても清潔さが感じられた。トイレットペーパー入れのカバーは洗濯されたもので、便器も黄ばんでいない。必死に磨く姿が想像できるほどだ。
美雨は塵ひとつ見当たらない廊下で足を止めた。1―30はパートナーを出し抜き、見事に逃亡してみせた。どんな奥の手を使ったのかは不明だが、この住まいを手に入れ、いまに至る。金銭面での苦労はいつもついて回るだろう。仕事を見つけるなら、身分を証明する必要のない下層でのハードワークしかない。周囲の住民から怪しまれない工夫も必要だ。目立たず、争わず、嫌われず、住んでいることさえ忘れられる存在でいることを課した。しかし、部屋から不幸の気配は漂ってこない。特別な何かを望めるわけではないのに。
ならば、ここを離れる理由はない。何より愛着が感じられる。それでも城壁のような疑問が立ちはだかるのだ。彼女が逃亡した理由だ。学園から逃げるということは、培養組にとって、教化された自分を捨てることと同義だろう。
居間は想像した以上に物がない。木箱に布を巻いてテーブル代わりにしてある。若い女性が望む娯楽の影を見つけられなかった。寝室はさらに簡素で贅沢品といえば鏡台だけだ。
1―41は鏡台から離れなかった。自分の顔を見詰めている。やがて、引き出しの取っ手に指を置いた。滑りが悪く、半分ほどしか開かない。
何かが転がる音がした。1―41が掴み出したのは漆黒の小物だった。リップスティック。培養組はノーメイク組でもある。口紅を使う生徒は皆無で、だからこそ美雨よりも「原型」に近かった。これを所有していたとすれば、教化は効果を失ったことになる。しかし、部屋の様子を見る限り、教化が保たれていることはあきらかではないか。
1―41が自分の唇に紅を引いた。やけに艶が強い。血を食した直後のようだ。
美雨は魅せられた。目のまえにあるのは、1―30と同じ顔なのだ。鏡に映せば、彼女もきっとこんな感じになる。女の自分さえ胸の奥にざわつきを覚えるほどだった。彼女たちは、第三世代よりも艶めかしく、妖しく変われる。
「男ね。部屋を手配したのは」
その人物は多くを与えなかった。リップスティック以外のメイク道具はない。与えすぎれば歯止めが利かなくなる。培養組の心を繋ぎ止めるには、教化された脳を効率よく利用することだと確信していたのだ。相手は学園関係者だ。
今夜のエレベーターは闖入者を追い払うレベルを超えている。最上階に住んでいる者への嫌がらせにしか思えないほどだった。
階段を使うのは気が遠くなる作業だ。幅寄せする荷物が行く手を阻む。足で除けようとすると、音を聞きつけた持ち主が凄まじい剣幕で怒鳴りつけてくる。ほかの住民なら喧嘩を買う。こちらはそうもいかない。存在を消して過ごさなければならないのだから。
すべてが乱雑で、清潔と整頓に行き当たることはない。が、毎日眺めているうちに、僅かな変化でも気づくようなる。強烈なにおいでさえ日によって濃淡が感じられた。
自分の部屋が見える場所まで来て、1―30は足を止めた。隣には中年の夫婦と二十歳くらいの息子が暮らしている。巨漢の息子は滅多に出てくることがない。意欲も勇気も萎えてしまったのだろう。共働きの両親が留守にしているとき、ドアを開けてゴミを捨てるのが関の山だ。決まってビスケットの缶だった。ドアの周辺に積まれていても、両親はいっこうに片づけようとしなかった。それどころか、増えていくのを喜んでいる節がある。外に出るためのリハビリだと思っているのか。
その缶の位置がズレていた。
部屋に入るには、缶が邪魔だった。段ボールの群れをかわし、缶に足を取られないように気を配る必要があった。二十センチほど動かせば楽になるのだが、隣と「関係する」ことは望んでいなかった。存在を消し去るよう言いつけられていた。それなのに。
何者かが動かしたとしか考えられない。隣の夫婦がそんなことをするはずはなく、まして息子が自分でやるはずもない。
追っ手か。
そっとドアを開けた。脱ぎ揃えられた靴がふたつあった。自分が履いている革靴よりも新しいが、一足は学園の配給部で手に入る型にそっくりだ。
ハンターがついに探り当てた。
いや。考えられない。ここは絶対にバレない。あの人がそう断言していたのだから疑いようもない。事実、追っ手の影は感じられなかった。だからこそ、彼とはうまくやっていけたし、安心して会えたではないか。
しかし、現に見つかった。それもまた事実だ。
考えられることはひとつしかない。彼が裏切った。
このひと月、彼とは会っていない。定期的に連絡は来ていたが、その日程が狂いに狂っていた。忙しいからだろう、と勝手に忖度してきた。
違った。彼は売ったのだ。何度も愛していると囁いた、その同じ口でタレこんだ。
居間を調べる横顔が現れた。見たことのない少女だ。世代違いのハンターだろう。培養組かと思ったが、薄いピンクのリップを確認できた。個性を競い合っていた外組は華美な格好を望んだ。この少女は例外に近い。そのうしろから自分と同じ顔が出てきた。追ってきたのなら1―41に違いない。かつては髪を脱色していたが、面影すらない。使命のせいか、生活に染まってしまったからか、地毛にもどしてあった。彼女の性格を写したように「お団子」のかたちは完璧だ。メイクも薄い。少女の姉、と言われても信じてしまいそうだ。なるほど。この辺りを怪しまれずに歩くなら地味な者が相応しい。姉妹に見えるならなおいいはずだ。暮らしているという雰囲気を醸し出せる。
自分も大して変わらない。培養組の典型的な姿のままだ。ある一点を除いては。
彼に求められたのだ。紅を引いて待っていてほしいと。
おカネを渡され、駅近くの店で買った。初めて手にしたときの容器の冷たさが指に残っている。鏡台のまえで躊躇い、震える指で紅を当ててみた。悪寒が走った。自分でなくなった気がした。見事な出来栄えの水墨画に、子供がクレヨンで悪戯したような不細工に見えた。教化された者にとって、変わることへの抵抗感がいかに凄まじいものか。身をもって証明する羽目になった。そのまま卒倒してしまったのだ。気がつくと鏡台のまえで横になっていた。薄目の向こうにいる女性がしっとりと起き上がった。水墨画を穢す悪戯書きには見えなかった。乱れた後れ毛、はだけた胸元、けだるさの残る肢体。すべてが赤い唇という姫を引き立ていた。悪寒は消え、代わりに、下腹部の底から湧き出る落ち着きのなさを感じ取った。会いたくて堪らない。待っているのが嫌で仕方なかった。悪いことをしているという感覚は残っていたが、培養組が絶対にやらないこと欲している自分を見つけた。おまえは特別だから、という言葉が実感できた。彼を疑うことは考えられなかった。
それなのに今日も連絡はない。口紅を塗り、落とし、また塗る時間だけが過ぎた。鬱々としているうちに思い立った。新しい口紅を買いに行こうと。思いを届かせるには彼のために何かをすることだと言い聞かせた。新色を見つけた。より魅力的に見せられる確信があった。彼のため、と唱えて帰途に就いた。それなのに。
「中庭の向こうにいますから。あとはコレで」と少女が懐中電灯を明滅させた。そうやって合図するという意味か。外で張りこむつもりなのだろう。
1―30はエレベーター乗り場付近の段ボールに身を隠した。慣れた自分でさえ避けたのだ。彼女たちも階段を使ったはずだ。
思ったとおり、少女は足元に注意しながら階段を下っていく。部屋には1―41が残った。こんな再会は想定しなかった。しかし、最悪の状態のなかで見つけられた一光でもあった。彼女とは何度も手合わせした。そのときのデータはいまも頭のなかにあるのだ。
もうすぐ日が替わる。薄いカーテンの隙間を覗くと、城壁から校舎に照射されているライトの灯りが見えた。いまは薄緑色だが、逃亡者が出れば濃密なブルーに変わる。興奮を鎮めるためだろうか。
宿直の看護師がドアを開けて入ってきた。医務室で休んでいるのは三名。いつもは唯を含めても二名だけで、ほかは足音を消して寮へ帰っていた。今夜は87が眠りに就いている。治療を施された姿を横目で見たが、重度の火傷を負ったかのように包帯が巻かれていた。叫ぶような寝言も頻繁だった。そのたびに医師が飛んできて状態を確認した。強めの鎮静剤を点滴されたらしく、ようやく落ち着いたようだ。医師も帰り、あとは控室に看護師がひとり残っているだけだ。その彼女が巡回に訪れた。今夜はこれで三度目だが、いまも施錠した気配はない。サンダルを響かせ、こちらへ歩み寄ってくる。退屈を紛らわせるような足取りだった。細い指がカーテンを開け、顔を差し入れた。一番若い看護師で、ダイエットマニアの本が書けそうなほど痩せている。彼女の同僚には、ふくよかさこそが男心を擽る秘訣だと信じ切っているような者が多かった。彼らなりに医師を挑発しているのだろうが、望んだ結果は出ていないようだ。
この看護師は「様子」が違った。生徒に対する接し方が過剰で、手が空けば訓練の様子を覗きに来る。同性を見る目とは思えなかった。話題に飢えている外組の生徒は特に騒ぎ立てた。ここで働くことを望んだのも、あわよくば、という下心があったからだと。
噂を証明する出来事も起きた。数日前、95が医務室に来たときの反応が顕著だった。べったりと寄り添い、息がかかるほどの近さで応急処置をしていた。治療を受けにきたべつの成績優秀者が顔を顰めるほどだった。イコール、こちらには興味を示さないということだ。そのほうがいい。唯は頷いた。異状がないか、必要以上に探られることもないのだ。
運搬業務部の職員も早起きだが、集積部はその上を行く。朝摘みされた野菜や果物を選別し、箱詰めする作業があるからだ。梱包し終わると、こちらの部に送られ、待機しているドライバーが車に積みこむことになる。
四時。学舎へ出発するのは三十分後だ。中南海まではそれなりに距離があるため、担当車はすでに発っている。朝の食材は陽を吸わせないうちに、というのがこの地域の習わしだ。南部出身の彼には馴染みのない習慣だが、異論は腹に溜めてきた。いまの立場を維持するには、一にも二にも従順さを疑わせないことだ。
水平線の向こうは暗いままだが、蛍のような光の揺らぎが見えてきた。彼は結露した窓ガラスを擦った。車だ。一本道を突き進んでくる。
双眼鏡を手に取った。車は学園所有のものだ。こんな時間に出入りするのは珍しい。彼が農園に勤務するようになってからは初めてのことである。
〈何かあったんでしょうか〉
ドライバーが確認を求めてきた。シャッターの陰にいて荷物を詰めこんでいたが、猛るようなエンジン音を耳にし、それが学舎の方角へ消えたことを訝っている。
確認しようと思った。しかし、こんな時間に事務局の連中が出てきているはずもない。いるとすれば、クッキングセンターの職員と夜勤看護師だけだろう。
「学園からはなんの連絡もないよ」
そう口にしてみても、胸騒ぎは収まらなかった。
(第08回 了)
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
*『クローンスクール』は毎月15日にアップされます。
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■