世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
互
君と僕
そう言ったとたん
罅がきらめく
美しいガラスである
世界の空気に
なお輝かしく
分断はめぐる
線路のように
延びてゆく
連れていかれる
君と僕
国境を挟んで
見つめ合う
あるはずのないものを
ないのにあるものを
そして気づく
それぞれを包む
繭のようなものに
そのときどきに
乗った列車の
道行を引きずり
まるめては
わすれている
君と僕
出会う瞬間まで
罅に覆われた
鏡のなかに
互いを見るまで
君と僕
なぜそうなるのか
考えている
少なくとも僕は
わかった気がして
糸の端をつかんで
引っ張ってみた
細く透きとおった
誰かの声のような
もしかすると
聞いたことのない
君の声のように
ときにかすれる
僕の時間が
僕を包んで
世界の始まりも
終わりも
端緒と端末によって
開いている
もしくは閉じている
ぐるぐる巻きの
毛糸玉として
僕はここにいる
白いセーターを着て
編んでくれた母とは
多くの時間を過ごした
それとも多くなかったろうか
とぎれとぎれの
記憶が編み込まれている
君は光沢のある
黄色い繭のようだ
絹糸にみえる
君の時間
僕のよりもするすると
流れてみえる
君と僕は、と僕は言う
君と僕は、と君も言う
互いに互いを
君と呼ぶ
それは一致ではなく
むしろずれである
そのことを僕は
わかった気がして
僕は特に
君と違いはしない
僕の母もおそらく
君の母と違いはしない
互いに言うほどには
物ごとは何も違わない
ただ見つめ合い
笑みを交わして
お互いに、と呟けば
ずれがある
なにひとつ
同じでないと気づく
おそらくは君も
時間がすべてを
ぐるぐる巻きにする
世界を
君を
僕を
ときに太く
かすれながら
染められたり
絡まったり
わかった気がする
すべてを拒む
ということが
わかった気がする
互いに見た瞬間に
ずれている
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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