世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
球
師宣はく
総量は定まっている
成城学園前のちょっと先に
川が流れている
その脇の橋のたもとに
僕が立ち小便したら
それは土に染み込んで
川の水とともに
一部は海へ
一部は空へ
いずれにしても
いつか戻ってくる
水道局の浄水所へ
嫌かもしれないけど
成城学園前の自宅で
僕はその水を飲む
それからおしっこする
するとそれは下水道を流れて
姉弟子は言う
嫌なことなど
その水で
わたしたちは目覚め
清められ
智恵をさずかる
やっぱやだなと感じて
移住する
租税回避地
シンガポールへ
お呼びがあれば
戻りますから
師宣はく
総量は定まっている
豊かに潤う地あれば
水位の低い土地もある
そしていずれ
高いところから低いところへ
流れるものは
文化と水
そして欲動
中心を担う者らが
円を描く
海の中で
我々は距離に対し
敏感でなくてはならない
愚かな者たちが
ときおり円環の縁で
水しぶきをあげる
それは高く
高くあがってすぐ落ちる
一本の細い
細い線を引いて
兄弟子は言う
師と自分の距離は遠く
あまりにも遠く
自分もまた
この砂場の縁に
中心から離れて
座っている
いつまでも
そうもしていられず
立ち上がる
細い一本の
糸を登る
雲の上には師が
自分だけの
別の師が両腕をひろげ
迎えてくれる
ぷつんと糸が切れ
NYの交差点に落ちる
中心街
そんなところで
タクシーの運転手になる
距離はいつだって
メーターが示す
師宣はく
半年が過ぎると去ってゆく
中心を担う者らが
向かう先は知れている
高いところから
低いところへ
だが中心を担う者らの
中心は空虚であり
彼らはそれぞれに
周縁でもある
家に帰れば
妻が不機嫌で
気もそぞろになる
彼女の誕生日には
五番街で買い物を
その前に利確する
高いところから
低いところへ
誰かが動けば
それに従う
糸のような愚かしさが
ふと風にそよぐ
一本
また一本と
やがて中心へと誘う
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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