世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
頭
掌があり、握る
ガラガラを握る
鉛筆を握る
ハンドルを握る
袖の下を握る
足があり、立つ
絨毯の上に立つ
階段の上に立つ
三十にして立つ
必要に応じて歩く
胸をひろげ、息する
胸をたたき、引き受け
胸をかりて、戦う
そこで見つけた
この世の秘密を
胸にしまい、運ぶ
墓場まで
石畳の脇の
ベンチに腰かける
花を供える人々は
腰を落とし、拝む
婆の腰痛が治るように
腰抜けの婿が
家業に腰を据えるように
日暮れて
帰っていく人々の
輪郭を描く
粗目のコットマンに
ペンを走らせて
誰にでも
腰の上に腹があり
腹の上に胸がある
胸の上に肩と腕と
頭が載っている
コットマンの中の
僕の世界では
人々は頭を取りはずし
小脇に抱えていく
ときどきは上に載せるけれど
水汲みの桶みたいに
重くてふらふらする
傾けると
中身がこぼれる
愚にもつかない
知識の欠片
ハンカチで包んだ
自慢話
だから耳から耳に
紐を結んで手に下げる
パーティー・バッグみたいに
ビーズで飾って
さわやかな風が渡る
首をくすぐり
肩の上を
どこか懐かしい
昔の人の香りがする
頭を胸に抱え
その胸いっぱいに吸い込み
頭は胸で考える
僕は誰だったか
どこから来て
どこへ行くのか
疲れてうたた寝すると
頭は腹にずり落ちている
起きだして排便し
飯を食うと気分が落ちつく
息を吸ったり吐いたり
腹にものを入れたり出したり
人生はそれに尽きる
胸まで腹に落ち込んで
人間が裏返りそう
表だと信じていたのが
裏だったとしても
だからなんだと言うのか
ますます楽しく
気分は軽く
重力にしたがい
頭を落っことす
足と足の間で
てん、と跳ね返り
掌で受けとめる
もう一度
てん、と跳ね返り
草原に転がっていく
地面の上で
頭は考える
どこにあっても
頭は頭だが
僕からはなれると
そのぶん利口になる
僕の背中を眺め
そこが僕の
もっとも愚かしくない部分だと
誰のものでもない
美しいラインがあると
まんざらでもなく
コットマンに描こうとする
肩から背中、腰までを
掌がないことに気づく
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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