世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
数
数え上げること
それが今日の仕事
壁の染みを
道路の陥没を
折れた枝を
舞う紙切れを
書き出して眺めること
それが今夜の楽しみ
4つの染みの大小が
四角い四と相似であり
染みのかたちの凹凸が
四の隙間にまぎれているのを
わたしは発見する
エウレカ
幸福に満たされ
室内を眺める
ここの壁に染みはなく
また別の納得と
満足がある
窓から見える
前の通りに陥没はなく
連なった細道
工事中の路面
一日かけて歩いたところ
2ヶ所がえぐれ
アスファルトが波打ち
人が人として
為したことの限界を見るのは
辛く同時に
喜ばしく
人は躓くだろうか
あるいは陥るだろうか
雨が降り続けば
水が溜まって
顔が映るだろうか
いつまでも見ている
底の裏にある
反対側の空を
顔を上げて歩けば
先の台風で列車が停まり
それというのも崖際の
枝が折れて電線に
それも桜ばかり
春よりほか用もなく
折れは3ヶ所
白い傷口を晒し
まだ風が強い
撮ってきた写真には
小さい子供がいる
木の幹に隠れるように
それぞれ違う横顔の
うつむいて
自分の腕を見ている
折れた手首の先を
子供の数は
1、2
3人目がいない
3つの枝の
それぞれの下にいる
子供の数は
いつも足りない
わたしは髪を搔きむしり
数えている
1と2と
なし
1と2と
0
わたしは発見する
エウレカ
希望にあふれ
達成感とともに
コピー用紙を買ってきて
山積みにする
あらゆる数を
記録するために
書かれれば存在する
子供たちのために
書かれれば開く
花々のために
書かれれば転がる
猫たちのために
わたしは数えている
世界中の
あらゆる転換点を
あらゆる急流を
あらゆるあるべき
次の展開を
そしてその可能性を
数えられれば
姿を現わす
世界の隅々に
次にひろがる美しい染みが
深くこころに穿たれる陥没が
やってくる台風の番号に
符合する普通列車と
不通の列車の本数と
折れる木の枝と
世界は数えられ
ひしめく数に満たされる
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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