世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
軀
出来事はたいてい
二つに一つ
その集積でできている
白と黒の
あるいは斑らの
積み木の町を
あなたは歩きまわり
隙間から覗いたり
物陰に隠れたり
わたしはあなたを
見知っている気がするが
振り返るといない
目を逸らすと忘れる
あなたの模像を
広場で造ろうとする
ときに金色に光る
オレンジの敷布を
まずは土台に
あなたの姿を求めて
人々はさまよい
その上下を行き来する
あなたはどこに
わたしたちはここに
このつまらぬ娑婆を
見下ろしたり見上げたり
出来事の記憶は
紫の帳に閉ざされて
あなたは眠る
自分が何者か
思い出すまで
出来事が始まろうと
思い立つまで
そう、それは
いつもふと起きる
幼な子のあくびのように
機嫌が悪くて
いやいやする
何を見ても
たった一つの
好きな人形のほかは
生まれる前に
青い紐で結ばれたもののほかは
あなたは手繰り寄せる
今はまだ灰色の
あなたの軀を
光る敷布が盛り上がる
海辺のように
笑い声と叫び声が響き
あなたが現前する
わたしたちは問う
あなたの本意を
誰がなんと言おうと
為し遂げるだろう
あなたの本懐を
緑の眼差しが
見つめる先を
わたしたちも眺める
掌を庇にして
爪先立ちして
その姿勢は保てない
ひとりでなければ
筋力は孤独によって
つちかわれる
何も思わない
広々とした地平
あるとき若葉が芽吹き
光に向かう
そう、それも
ふと起きる
さみどりの感情とともに
わたしたちと他者と
おしゃべりをはじめる
彼我の間に黒い線を引き
それで何かが
くっきりわかる
わかった気分になる
あとは売り言葉
わたしたちが考える
世間はせいぜい四、五人で
わたしたちが知っている
過去はせいぜい四、五日なのだが
確信ありげに
赤ペンで直してゆく
だから買い言葉
わたしたちの肉体は
確信をひっくり返す
何度でも
わたしたちの指先は
紙の上をこすり
ピンクに染まる
五日前に確信した
文字は読めなくなって
三日間にわたって
見つめるしかない
あなたの在り処を
あなたの軀を
そこではひとり
わたしはひとり
時の端緒に寄り添う者
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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