「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに その意味を理解したため」
by 小原眞紀子
陽
出たり入ったりする
陽ざしのなかへ
あるいは外へ
それを避けて
慕いつづける
ピーターパンのように
影がはがれ落ちると
急いで縫いつけたり
白雪姫のように
キスされてやっと
陽の目を見たりする
生きているかぎり
出たり入ったり
我らの身体を陽はめぐる
我らの身体を影がめぐる
そうやって我らは
我らの身体をながめる
二つにわけて
見あげる上よりも
根をはる下のほうに
深い影がたゆたう
バーミリオンが入りこみ
我らは立っている
ひいた肩よりも
さし出す細い腕の
輪郭がかき消えるほどに
身体は陽にくずれる
ホワイトもきかない
我らの豊穣な傷
声
君の声だけを聞いていたい
七色にかわるその声で
僕の時間は満たされる
すべてを教えてくれるから
ほかは忘れることができる
これまで耳をふさいできたこと
これから黙認すべきことなど
他人がなんと言おうと
君の声にしたがう
なぜならそれでじゅうぶん
時間をつぶしていける
正しいか
間違っているか
悩むことなく
つねに一筋の線があり
いつも和音が鳴り響く
ドはどいつもこいつも
レは連帯しやがって
ミんなくそったれ
ファシストどもめが
ソラにかかるのは
うつくしい階段
君の声がつくる
僕はひとり昇ってゆく
螺旋を描きながら
いくつもの雲が足下に
君の音程はシが抜けてるね
僕は死ねないんじゃないか
あるいはもう死んだのかな
朱
まがごとはつねに昔におこり
ままごとはいつも先をみる
まがごとの主は死者であり
ままごとの主は子供である
我々の目に
まがごとは輝かしく怖れに縁どられ
ままごとは傷ましい郷愁をさそう
日々の暮らしは
まがごとでもなく
ままごとでもない
凡庸な出来事と
低劣な感情の繰り返しで
我々はそれらを
一本ずつ塗りつぶす
あたかもまがごとであるかのごとく
まるでままごとであるかのように
立ちならんだ朱の柱は
魔をはらわれてそこにある
凡庸な過去の証しとして
絶望とともに朽ち果てるまで
我々は見とどける
それこそが禊ぎ
それこそが祝福
悲劇のみが輝き
世界は開闢以来、幸福である
なぜならそうでないものは
朱に塗りこめてある
意味ありげな目くばせとともに
子供がつくる粘土の皿も。
写真 星隆弘
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* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月09日に更新されます。
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