「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに その意味を理解したため」
by 小原眞紀子
果
誰もが夢見ることではあるが
見上げた木の上によじ登り
ぶら下がって暮らしたい
頭の上にはいつも空
行き過ぎる人を見下ろして
揉めごとにはコメント
嬉しいことは先を見透し
すずしく揺れている
君の言葉は
それでも僕を突き刺すのさ
なぜなら肉がある
湿気と光をぞんぶんに吸い込んだ
ふっくらと黄金に輝く肉が
僕を幻想じゃなくする
ただ日課として
夢のような夕陽に涙して
風が吹くたび乾かされ
じょじょに象徴と化す
宙ぶらりんの
それなりの実りの
食い繋ぐ希望を繋ぎに繋ぐ
現世の生りもの
君の手に落ち
薄く皮を剥かれたら
芯を割ってみせよう
君の舌に溶ける
心意気こそを
果報者とひとはささやく
ぶら下がる夢である
靴
覚えている気がするのは
立ち上がった日
大きな笑顔に囲まれて
僕は足もとを見た
膝がゆらゆらして
足指が涙のかたちに広がる
歩くというのはそういうことだと
誰かが言った
生まれてきた日からの
透明な涙とは違う
かなしいと
うれしいと
ふた色の涙を流しながら
左右にゆらゆら揺れて歩く
暮らすというのはそういうことだと
でも僕は知っていた
足は立ち止まるためにあり
靴は立ち止まった場所の印だと
脱ぎ捨てて
足指を干せば
陽が降りそそぎ涙も乾く
立ち上がるときに
小さくなった靴は置いていく
新しい靴は足に合わないけれど
痛くてまた涙が出るのだけれど
誰かが遠くに立っているのがみえる
手に持っているのは絆創膏だろうか
立ち止まるときを夢みて
あそこまで行かなくてはならない
球
男の子は球を追っかけ
転がる方向で考える
ばかだからだと
女の子は言う
そうかもしれない
身体の外に脳みそがあって
球が転がると
あっ、と走っていく
行ったり来たり
球といっしょに目線がゆれて
日が暮れる
夜は寝る
空に黄色い球がかかると
起きてくる
じぐざぐに
大きな球の上を歩いて
小さな球を掴もうとする
その意味もない痕跡を
誰かが見つめ、記録していると
わけもなく信じ、たいてい玉砕する
女の子はいつもノートを開いているのに
男の子は砕け散ると地にまみれ
自分の身体で記すしかない
球を掴んだと思ったことを
手からこぼれて転がったことを
女の子って球と似ている
真芯で捉えて打ったと思うと
空の果てに消えてゆく
やっぱり読めない文字みたいに
写真 星隆弘
* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月05日に更新されます。
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