「僕が泣くのは痛みのためでなく / たった一人で生まれたため / 今まさに その意味を理解したため」
by 小原眞紀子
装
君は布でできている
一枚か数葉か
縫われているのか重なっているのか
それをただ気にするだけだし
互い違いに色を変えるけど
ようは布でできている
君の気分も
君の言葉も
だからいつも軽くて
僕もいっしょに舞う
くるくると
あちら側とこちら側にはためく
君がいるとき
僕はいなくて
僕がいるとき
君はいなくていい
冬から春へ
紐がほどけて
四分の一ほどずり落ちる
スカートの裾をたくし上げたら
風がそよいでいる
君のいたところに
スミレとたんぽぽが咲いている
花模様のギャザーが寄った
野辺の小道を僕はゆく
ニットのような日の温もりに
シルクのような川のせせらぎ
店に着いても誰もいない
幸福な空っぽの君が待つばかり
輝
この星には陽が射す
何億年も前から
地は白く晒されて
すべてを剥ぎとられ
僕は目を細める
水平線にはためく帆のような
洗濯物を遠方にみとめ
おーいと呼ぶ
その家はどんな船
どこへ向かっている
人々は指さしてわらう
キだ
キの印が浮かぶ
きいろい顔が輝き
手足をばたつかせる
脳が焼きつくと
窓ガラスがくだけ散る
空いっぱいに輝き
降りそそぐ
枯枝の先で
歳月は墓碑銘を刻み
僕は脇目もふらず
壁を叩いている
船に乗るために
陽のあたる桟橋は僕のために
僕を地の果てに連れてゆくために
僕は叫んでいる
輝きながら
キの形に貼りついて
猫
猫はだいたい丸でできている
耳だけが尖っている
丸でできているのは
転がるためであるが
消えるためでもある
まずは中心を見つめ
目玉を寄せてゆく
輪郭があやふやになって
耳のとんがりがぎざぎざする
ふちが点線になると
自分で自分を切り抜くみたいに
猫型の穴になる
塀の上に
残っているのは僕の顔
にたにた笑って
穴に肩まで突っ込んで
猫を探す
僕の猫 君の猫 貴殿の猫 手前の猫
先の猫 右の猫 足元の猫 宙に浮く猫
なべて猫だらけ
なべて◯だらけ
見つめて目が合うと
どちらかが消える
僕か猫が点滅しはじめて
にたにたする
曇り空の下
地面の上と塀の上に
点線でなぞられた
存在が二つある
写真 星隆弘
* 連作詩篇『ここから月まで』は毎月05日に更新されます。
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